銀色の子供
「やあ、やあ、やあ、やあ。やっとこうして会えたね」
突然現れた謎の人物が陽気な感じで挨拶をしてきた。
———誰だ。
俺と唯は咄嗟に距離を取ると警戒する。
「まあ、まあ。僕はお兄さんたちの敵じゃないよ」
後ろ手を組みながらにっこりとした笑いかけてくるその人物は、リズムを刻むように体を小刻みに動かしていた。
機嫌よく聞いたことのない歌を口ずさむ小学生くらいの子供。
中世的で彫刻のように整った顔。
その見た目からは男なのか女なのかは判別できない。
肩くらいまで伸びている銀色の髪をリズムに合わせて上下する度に機嫌よく揺れていた。
「……誰だ?」
敵じゃないよと言われて、そうですかお茶でもどうぞなんて言う訳がない。
それに突然と部屋に現れるなんて普通の人間な訳がないのだ。
まさか、幽霊なんて事はないよな?
そう思って足元に視線を動かした。
白いローブのような服からは生きている証拠がちゃんと生えている。
「あ、まだ警戒してるの~? 二人とも心配性だなー。
あんなに助けて上げたのに……酷いよ……しくしく」
さめざめと崩れ落ち、およよよとローブの袖を手で持って口を隠す。
まるで、時代劇に出てくるお姫様とお代官様のやり取りをしているように慄き崩れ落ち涙をすする。
だが、誰が見てもそれは演技だと分かるくらい下手。
子供の演劇の方が遥かにマシだろう。
熱い視線の変わりに白けた目を向ける。
「……ちらっ。……ちらっ。……ちらっ」
かまってちゃんのその子は袖の隙間から何度も覗き見る。
いったい何なんだ?
銀髪の子供から距離を取った時に隣に移動してきた唯に視線を向けると、同じように困惑して首を傾げる。
「もぉーーー! お兄さんもお姉さんもノリが悪いよっ! 減点ねっ!
そう言う反応———ダメ! 絶対っ!」
何処までも陽気に演技をする子供の姿をした謎の人物の扱いについて考える。
誰だと問いただしたが自分の世界に入り込んだまま帰って来ない。
今も手の平を顔に対して横に小刻みに振ってダメダメと言っている。
どうするか……知り合いでもなければ見たこともない。暴挙のような騒がしさにより困惑が広がった。
得体のしれない子供。
ちらりと相棒を見ると、彼女も難しそうに眉間にシワを寄せ睨みつけるようにそいつを見ていた。
一向に進まない状況。それが更に複雑になっていく中で、糸が絡み合う前に次ぎの言葉を発しようと俺は口を開いた。
「なあ———」
「———分かった!」
喋り出そうとして突然大きな声で遮られた。
怒っているような声でもなく、喜んでいるような声でもない。
それはずっと考えていたクイズの問題が解けたように、すっきりとしたそんな風に言っているように感じられた。
現に、その声を出した張本人を見てみると、さっきまでの険しい顔から一転、問題が解けた喜びと驚きが混ざったような表情をしている。
「急に大きな声を出してどうしたんだ?」
唯は何が分かったと言うのか?
もしかしてこの子供の正体の事か?
「分かったのよっ! この子が誰だか!」
そのまさかだったようだ。
唯はそう言ったが俺は今も分からない。
俺は唯に向けていた視線をもう一度、その子供へと移した。
いつの間にか立ち上がっていたそいつは、腕を組み目を瞑って偉そうに頷いている。
「宗田さん、分からないんですか?」
唯がそう言う。
噓でしょと言った表情。なんで分からないのとそれで訴えて来た。
それに合わせるようにその子供も右手で口元を隠すと、えっ!? と言った感じで見ている。
なんだよ……。
なんだか仲間外れにされたような感じであまりいい気分はしない。
少しだけその感情が漏れていたのか、唯が慌てて。
「怒らないで……ごめんね。
えっとね。この子はきっと声よ。私達を助けてくれるあの———謎の声」
俺は目を見開いて確かめるようにその子供を見た。
まるで彼女の言葉を肯定するように腕を組み、ふんぞり返ってしたり顔をしていた。
唯とその子供を交互に視線が移る。
そうして、最後にもう一度、俺達が謎の声と言っていたそれと思われる人物を見た。
「ふんっ! お主達やったと気づきおったな」
ふんと鼻息を荒く吐き出すして、何故か偉そうな態度。
本当にあの声なのか?
唯はいつもこんな感じで会話していたの?
「でも、雰囲気が違うような……やっぱり違うかな?
あの声はもっとおとなしいような……とりあえずこんなにうるさくない」
「う……うるさい……僕が、うる……さい?」
名探偵のように人差し指と親指をVの字にしてそこに顎を乗せ、じっくりと観察して何やら首を傾げていた。
それに対して、大袈裟に床に両手をついて崩れ落ちたその「声」。名前が分からないため今は便宜上「声」と言っておく。
ただ、それが本当に声だったとすれば本当は感謝しなくてはいけない。
「うるさい……うるさいだって……」
四季折々と言った感じに、喜怒哀楽が激しく移り変わる。
騒がしい太陽のように今の世界には似つかわしくないくらい明るく、少しばかり騒がしいそいつ。
そして、店に並ぶ品物を品定めして自分の欲しい商品を探す人のように首を傾げたり、頷いたりする唯。
そう言う俺は判断に困ってしまう。
だから、仕方なしに一度場を整理する事にした。
「なぁ、本当にお前は唯が言っていた声なのか?」
項垂れるその「声」にそう聞いてみる事にする。
すると。
「うぅぅ……そうだよー。あんなに助けたのに僕の扱いが酷すぎるよー
お姉さんだけじゃなくて、お兄さんも助けた時あるんだよー」
ふむ。落ち込んでいるのはいいとして俺も助けた時がある?
唯一、言葉が聞こえる唯に助言した時の事だろうか?
「それっていつだ?」
俺の思っている事はで間違いないだろうが一応聞いておく。
それを聞いてちゃんとお礼を言おうと思った———そいつの話を聞くまでは。
「ぐすん……。お姉さんに危ないよって言ったり。お兄さんが大怪我して倒れた時とかだよー。
ゾンビが近づかないようにその空間を世界から切り離したんだよ……そうでもしないと『喰らう者』に食べられちゃうからさ。
あ、こっちの世界ではゾンビって言ったっけ? お兄さんに大けがをさせたのはグールって言ってたもんね」
そうして驚愕する。
最早どれから手を付けていいのか分からない。
唯も餌を待つ魚のように口をパクパクと動かして動揺を隠せないでいた。
「ただ、思ったより時間が過ぎちゃってごめんねー。
まだ、不完全な状態だから上手く操れないんだ……でも、こうして一杯ごはんを貰えたから少しはましになったかな?
全然足りないんだけどね」
まるで好きな食べ物だらけの食卓でどれに橋をつけていいか分からないくらいに、真実というおかずが目の前に並べられた。
空間を切り離す? こっちの世界? 不完全な状態?
ショート寸前の機械のように動作不良を起こし始めた俺は、結局振り出しに戻った。
「いったい…………何者なんだ?」