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また二人きり

 「——ま、待て!」


 叫んだが彼女はこちらを見向きもせず姿を消した。クソ、逃げられた。しかも、グールのおまけ付きとか最悪としかいいようがない。

 こっちの武器は人を殴り殺せそうくらいの大きさのモンキーレンチと、唯の片手持ち用のハンマーだ。火力が足りないし、こうも至近距離となると魔法を発動するよりもグールの攻撃が届く方が早い。


 「――ふっ」


 俯いていた唯が、何か呟いた。聞き取る事はできないが、ちらりと確認すると肩が小刻みに震えている。怖いのか? グールと言う強敵の前に怯えるのかもしれない。何としても、彼女だけでも逃がさないだ。


 「唯、ここは俺に任せて――」


 「——ふざけるなっ!」


 唯が叫ぶ。


 「あー! あいつ絶対に許さないっ!」


 ガシガシと髪をかきむしり、普段の彼女からは想像も出来ないような形相をしていた。その、豹変ぶりに驚き、目を見開く。


 「ごーはんだー」


 だけど、目前の敵はそんな事を気にした様子もなく、俺達を餌と認識し襲い掛かってこようとした。


 「唯、危ないっ!」


 彼女を庇おうと前へ出ようとしたが、それよりも早く彼女が動く。


 「——邪魔よっ!」

 

 右手に持つ小さな金槌で、飛び掛かって来たグールの顔の左側面に殴りかかった。もろにそれが奴の顔面に当たる。ただ、グールの皮膚はコンクリートよりも硬いのだ、小柄な女の子が振るった一撃など蚊に刺された程度でしかないだろ。飛びかかるグールを止めるにはあまりに威力が足りなさ過ぎる。果敢に向かった唯だったが、その結末は凄惨な光景を思い浮かばせ、俺は全身から血の気が引いた。


 「――ぎひっ!」

 

 目を塞ぎたくなるような光景が俺の視界に飛び込んで来る……はずだった。体が飛び出そうとして前のめりになったまま、硬直して動けない。


 「壊れちゃったよう……」


 そう言った唯の手には、持ち手部分が中程から折れた金槌だったものがあった。それを見つめるか彼女は悲しそうに呟く。


 「唯、今の……は?」


 「え? あっと、今のは……分からないかな」


 最悪の想像をした。グールに体を引き裂かれ、血みどろの唯。そして、そのまま食われ彼女が命を散らせる所を。だけど、その結末を迎える事はなかった。むしろ、いい方。バッドエンドがハッピーエンドに変わるくらい結果として良かったのだが……。


 「えへ……へへへ……、倒せちゃった」

 

 グールはと言うと、ダンプカーに引かれたように鈍い音を立て吹っ飛ばされてしまった。しかも、民家の塀を軽々とぶち抜いて、更にその奥にあった塀に激突してようやく止まった。

 それを起こした本人は、自分の右手を開いたり閉じたりと今起きた現象が信じられない様子である。首を傾げ「な、な、なんじゃこりゃっ」と驚いている。


 「頭に血が登って、カッとなって、それで、叩いてみたらこうなりました」


 自分の髪の毛を何度も毛先まで撫でるようなしぐさで、怯えるかのような表情をして俺を見てくる。キレイにまとめ、一つ縛りのポニーテールが崩れそうになっているが彼女はそんな事よりも、今の出来事に不安を感じているようだった。


 「ところで、怪我とかはしてない?」


 「あっ、はい」

 

 彼女自身が驚いている所を見ると、これ以上は聞いてもしょうがないと思う。一旦この話しは置いといてグールの生死を確認したいと思う。


 「さっきのグールを確認しよう」


 「はい」


 彼女に怪我が無いことも分かったし、グールが飛ばされた方へと俺達は向かった。

 

 「うへー、これは流石に死んでるな」


 グールの顔は見るも無惨な状態になっていた。ベッコリと凹み歪んだ顔からは、ダラリと長い舌が飛び出している。ピクリとも動かず事切れていることは明白。


 「宗田さん、さっきから気になってたんですけど、グールってこいつの名前なんですか?」


 「んっ? そうだよ昨日の夜……思いついたんだ」


 危ない。危うく昨日の夜に勝手に外に出ていた事を言う所だった。


 「そうなんだ……。この白い、あとグール死んでますよね?」


 「あぁ、間違いなく死んでるだろ」


 体をペタペタと触るが何も反応がない。


 「良かった。でも……逃げられちゃいましたね」


 「そうだな」


 佐川 葵は異常な精神の持ち主だった。彼女の裏切りは俺の心を深く傷つけるには十分である。怪我をした訳じゃないのに胸の辺りがズキズキと痛む。


 「やっぱり……あの声の言っていた事は本当だったんだ」


 彼女がポツリと呟いた。


 「それって、いつも聞こえる声?」


 「そうだよ。彼女に出会って少しして、『あの女は危険』そう言われて警戒してたんだよね。ちゃんとその事を話さなくてごめんなさい」


 そうだったのか。謎の声は佐川 葵の正体を暴いていたと言う事か。彼女が申し訳なさそうに謝って来たが、その声に関しては懐疑的な部分が多かった。もし、それを事前に伝えられていてもその場でどうこうする事はせず、様子を見ようと言って結果は変わらなかったと思う。


 「唯は悪くないよ」


 「……はい」


 そう返事をした彼女だったが、眉をひそめ悲しそうな表情を浮かべている。


 「ただ……彼女にレベルアップと魔法と言う情報を与えてしまったのが不安だな」


 魔物を使役する力に加え、自分達が知り得る情報を与えてしまった。今はあまり力もなく、蕾のような存在かもしれないが、時間が経つにつれて彼女の力は増し危険な存在に成りうる可能性は大いにある。

 それに合わせて、彼女の異常性。秩序がない今の世界ではやりたい放題である。このまま野放しにしていたらとんでもない事を犯すはずだ。

 

 危険過ぎる――佐川 葵は


 獰猛な肉食獣を野に話したのと一緒。こうして情報を与えてしまった事は俺達の”罪”。なのに、何も出来ず逃がしてしまった事は”大罪”。

 

 「唯?」


 すると彼女に優しく抱きしめられた。


 「宗田さん、あまり一人で抱え込まないで」


 彼女も辛いであろうに、優しい言葉をかけてくる。俺は思わず彼女の事を抱きしめ返した。彼女のぬくもりはとても心地よく、凍りかけた俺の心を温め直してくれる。ずっとこのままこうしていたい、そんな甘えた心に抗う事もせずしばらくそうしていたい気分だった。


 「あっ……」


 だけど、このまま甘えているわけにはいかない。彼女とて心に傷を負っているのだ。俺は自分の欲求を我慢して彼女からそっと離れた。


 「ありがとう。もう、大丈夫だよ」


 少しだけ悲しそうな表情を浮かべた彼女を見て、もう一度だけ抱きしめたくなったが、胸の奥の奥、一番深い所に追いやる事にした。


 「そう……ですか。なら、良かった」


 はにかむ彼女の頬が少し赤らんでいる。気恥ずかしかったのか両手を胸の前でもじもじし、俺を直視出来ないようだった。甘い時間が俺と唯を包み込む。だけど、いつまでもこうしては居られないと話題を変えることにした。


 「この、グールにも魔石ってあるのかな?」


 唐突に話題を変えた事により、一瞬間が空いたが唯は「どうでしょうね」と言って事切れたグールの側による。


 「ゾンビと同じなら、心臓付近にあるはず。って、硬いっ!」


 強靭なグールの皮膚は、モンキーレンチによる打撃を簡単に弾き返してしまう。


 「あっ、少し貸してください」


 唯が右手を差し出すと、その手にモンキーレンチを渡す。


 「とりゃっ!」


 可愛いかけ声と共に、グールの胸へと振り下すと、ガラスが割れるように胸全体にひびが入った。


 「これで、取れるかな?」


 「お、おう。多分……大丈夫」


 彼女の力の強さはどこから出てくるのだろうか。細い腕に、筋肉が付いているようには見えないんだけどな。再び彼女の力の強さに驚きつつ、ひびの間へナイフを差し込み、てこの原理で皮膚を剥き始める。何度かその作業を繰り返し、左の胸辺りの皮膚を剥き終えると、中身が露わになった。


 「うへー! こうやって改めて見ると気持ち悪い!」


 唯が視線を逸らした。鮮やかなピンク色をした肉が皮膚の向こうから俺達を出迎えてくれた。俺とて直視はしたくないが、魔石があるかの確認のために我慢して胸にナイフを突き立てる。中は柔らかいのか。

 縦に一本筋を入れ、そこから手を入れると肋骨に拒まれる。手に力を込め、下半身の方へと折り曲げると胸の中を弄った。


 「あー、気持ち悪い。早く、魔石を見つけ……あっ、これかな」


 血がべっとりとこびりついた腕を引き抜く。人差し指と中指の間に小さくて硬い物体が収められていた。


 ――イメージは水流。

 

 水の魔法で汚れ腕ごと洗い流すと、青色をした石が現れた。ゾンビはエメラルド色の小石サイズくらいだったが、グールは鮮やかな青色をしてゾンビの魔石より一回りくらい大きめのサイズだった。


 「わっ、きれい!」


 「ああ、そうだな。だけど、取るまでの感触は最悪だわ。ゾンビと違って生暖かいし……」


 って、グールって死体なのになんでこんなに暖かいんだ? これじゃまるで生きてるような……。


 「うー、辞めて。聞いただけでゾワゾワするよっ」


 「いやいや、俺はそれに手を突っ込んでるけどな」


 グールと言うのは屍と言われているが、一つの生命体なのかもしれない。その証拠が体温だ。だけど、生命と言う反応が乏しく勝手な予想だが、生命体になりかけている状態なのかもしれない。


 「——ああぁぁぁぁぁああああああっっっ」


 すると塀の向こう側からゾンビの叫びが聞こえてきた。ちょうど向こうは道路である。大きな物音でゾンビが集まって来てしまったようだ。

 俺は唯と視線が合うと、無言で頷き合いその場から走りさった。

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