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戻れない過去

 「———っ!」


 「あれ~? 外しちゃいました~。

 流石、宗田さんですね~」


 素直に斧を渡してきた佐川さん。

 俺はそれを受取ろうと手を伸ばした時、急に俺に向かって斧を振り下ろしてきた。

 咄嗟に後ろに下がってそれを避けたが、もう少し遅ければそれが俺に直撃していた。

 

 なんの迷いもなく振るわれたそれは、俺の顔面を狙っていた。

 もし、避けるのが少しでも遅ければ死んでいただろう。

 そう佐川 葵は俺を殺そうとしてきたのだ。


 「———あ、葵さん何をしているの!?」

 

 唯が悲鳴のようにそう叫んだ。

 今のでこの辺にいたゾンビが集まってくるだろう。

 それすら忘れてそう叫ぶ唯の顔には怒りの表情が浮かんでいた。


 「え~? 何をですか~?

 だって、宗田さん……いえ~この男が私の大切な物を奪おうとするんですよ~?

 だから———当たり前ですよねっ」


 小首を傾げて、なんでそんな事を聞いて来るのと言わんばかりに彼女がそう言ってきた。


 「ふっ———ふざけないでよっ!」


 声を荒げる彼女に対して、佐川さんは涼しい顔をして笑顔を向けている。

 薄ら笑いを浮かべるその姿を挑発されたと受け取った唯が獰猛な肉食獣のように歯を剥き出しにし、今にも飛びかかりになった。

 

 「ふざけてませんよ~。だって、この男は~全然私の言う事聞いてくれないんですもん~。

 だから、邪魔するなら始末した方が早いなと思ったんです~」


 「ギリッ! どう言う事よっ!」


 一触即発な二人。

 かく言う俺は突然の出来事に頭の中で整理が追いつかなかった?


 なんで? どうして? 

 そんな言葉ばかりがつらつらと駆け巡る。

 いろいろな感情がごちゃ混ぜとなり混沌とした心。

 意識だけは別の所に置いてきてしまったような浮遊感。

 茫然と二人のやり取りを見ている事しかできなかった。


 「あらあら~。唯ちゃんは~お馬鹿なんですか~?」


 ピクリと右足が動いた。

 我慢の限界が近いのだろう。


 ――侵食率30%


 無機質な声が頭に響く。


 「なんだって……」


 ドスの効いた声で威嚇する唯。


 ――精神が不安……危険水域に上昇。


 お前は誰なんだ?

 ここに居るはずのない声が俺の異常を”俺”に伝えくる。


 「ふふふ~。好きな男が殺されそうになって、怒るなんて可愛いですね~」


 だが佐川さんは挑発を辞めなかった。


 ――侵食率35%


 生命を感じさせないそいつは淡々とその事を告げてくるが理解できなかった?

 かと言ってそれに対する答えがあるわけでなくただその事を告げるのみ。

 最早俺の精神は限界だ。

 

 「それに言う事を聞かないって、そんなの当たり前じゃない!

 宗田さんはあなたの道具でもなんでもないのよっ!」


 ――二人とも辞めてくれ。


 仲が良かったはずの二人が今はいがみ合って敵対している。

 辞めろ、辞めてくれ、お願いだ……。

 そう懇願するが、それを言葉にする事が出来ない。


 「そうなんですよね~……どうして、私の言う事をきかないんですか~?」


 不意に話を振られたが答える余裕がなかった。

 嘘だと言ってくれよ……あぁ、神様。 


 「だって~今まで、私を守ってくれた男の人たちは何でも言う事を聞きましたよ~

 あのコンビニに逃げた時も、私の代わりに死んでって言ったらそうしてくれましたし~」


 ――これ以上の行動は危険と判断。


 ――安定剤の注入を開始。


 ――…………完了。


 ――精神安定を確認。


 …………あれ?

 今何を?

 激情のように襲いかかって来ていた感情が嘘のように引いている。

 今はしっかりと地に足が着き意識もはっきりとしていた。

 さっきの声はなんだ? 

 と思ったがそんな事より目の前の彼女の暴挙が気になった。

 

 「不思議なんですよね~。

 こんな世界になってから、男の人達にお願いするとなんでも言う事を聞いてくれたんですよ~」


 話を聞くに魔法の類の何かで操っていたと言う事なのか?

 衝撃の真実に何も言えない。


 「だから~、コンビニで出会った時も上手くいくと思ったんですが~。

 宗田さんは他の人達と違ったんですよね~……」


 困ったような表情の彼女は話を続ける。


 「だから、なんで効かないんですか?」


 そうして確かめるようにもう一度聞いてきた。

 何か分からないが、魔法の類なのは間違いない。

 ただ、どうして俺にそれが通用しないかは俺も知らない。

 もしあるとすればレベルの差じゃないのだろうか?

 それか、それに対する耐性があるかだが。


 「黙っていても分かりませんよ~。早く教えてくださいよ~」


 そう言ってくるが分からないことは分からない。

 だから、俺はそう答える事にした。 


 「それは……なんでと言われても俺にも分からない」


 「そうなんですね~」


 心底残念そうに佐川さんがそう言った。


 「そんな事どうでもいいから、早くその斧を返しなさいよっ!」


 唯がそう言うが。


 「え? 嫌ですよ~。これは私の物ですから~」


 そう言って大切にその斧をぎゅっと握った。

 狂っているような佐川さんの言動。

 力尽くでそれを奪ってもいいのだが。


 「でも、いろいろと収穫があったので感謝してますよ~。

 魔法にレベルアップでしたっけ? 丁寧に教えてくれてありがとうございます~」


 深々とお辞儀をする。

 

 「それと弟にも会わせてくれてありがとうございます~。

 こうして弟がゾンビになってそれを殺したんですが~。ちゃんと止めを刺せたか不安だったんですよね~。

 お陰で、両親からは出ていけと言われましたが」


 そう言う事だったのか。

 ゾンビになった弟を佐川さんが……。

 しかもそれのせいで、両親にそう言われたのは可哀そうだと思ってしまった。


 「それと~一つ嘘を付いていた事を謝罪します~」

 

 なんだ?

 他にも何かあったのか?


 「実は世界がこうなってすぐに家に帰ったんですよ~。

 そうしたら、両親の寝室から叫び声が聞こえて……」


 そう真実が語られる。


 「急いでそこに駆け付けたら、弟が両親に噛みついていたんですよね。

 辞めてって必死に叫んだんですが、弟は一向にそれを辞めませんでした」


 だから家の中はそこまで荒れてなかったのか。

 でも、弟さんはどうやってゾンビになったんだ?

 両親は生きていて、弟さんに何があった?


 「寝巻姿の弟は、白目をむいて両親の血で体を汚していました。

 私は両親を助けようとして、近くにあった椅子で弟を何度も何度も殴りつけたんですよね~。

 それが中々しぶとくて、動かなくなるまでかなり大変でしたよ~

 あー、あの時のお父さんとお母さんの顔が今でも忘れられませんね」


 思い出話をするようにそれを語る佐川さん。

 俺も唯もそれに聞き入っていた。


 「でも、せっかく助けたのに出て行けは酷いですよね。

 もう、凄い剣幕で追い出されましたよ。

 そして、両親の無残な姿、最後に止めを刺した時は感極まって吐いてしまいましたよ」


 じゃあ、あの落ち込んでいたのは何だったんだ?

 全てが演技?

 この話を聞くと同情してしまいそうになるが、かと言って彼女がした事は許される事ではない。

 無理矢理操って、その人を犠牲にして自分だけ逃げたのだ。


 「その後は、両親を解放も出来たし後は翔太だけだなと思って、もういても立ってもいられませんでした。

 早く家に帰りたい、そればっかりを考えて誤魔化すので精一杯でしたよ。

 ちゃんと落ち込んでるように見えましたか?」


 そこまでして俺達を騙していた。

 だが、どうしてそんな事をしたんだ? 


 「……どうしてだ?」


 狂気に染められた彼女にそう言った。

 

 「どうして? なんのことですか? どうして騙したのか?

 それともどうして———殺すのを楽しんでいるのか? でしょうか?

 もちろん——————楽しいからに決まってますよ」


 ふふふと笑っている彼女。

 さもそれが当然のようにそう言った。

 そうして彼女と会話を続ける中で不意に疑問が浮かんだ。

 てか、なんでゾンビが集まって来ないんだ? 

 あんなに騒いでいたんだから、この辺にゾンビがたくさん集まって来てもおかしくないはずなんだが……。


 「きょろきょろとしてどうしたんですか? あー、そろそろ気づかれちゃいましたかね?

 ふふふっ、せっかくだから宗田さん欲しかったです~。

 初めて私からあんなにお誘いしたのに断られて、ちょっとショックだったんですよ~」


 こないだ俺に迫って来た時の事を言っているのだろうか?

 今思えば欲求を理性で払いのけて正解だったな。


 「それじゃあ、そろそろお暇しますね~。

 いろいろと本当にありがとうございました~。これなら、もっと人を殺せそうです~。

 ではでは~」


 うっとりとした表情で頬に手を当てて、別れの挨拶をしてくる。


 「逃がすわけないでしょっ!」


 唯がそう叫ぶ。


 「あ、私が操れるのは人間だけじゃないですよ~

 おいで~」


 佐川さんがそう言った時———。


 「———危ないっ!」


 唯の手を引き抱き寄せた。

 唯が居た場所、そこには白い怪物……グールが地面に手を突き刺していた。


 「今の避けるんですか~。流石ですね~。

 それじゃあ、今度こそさようなら~」


 そう言って佐川 葵は姿を消した。

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