壊れた心?
「あの~、この斧借りててもいいですか~」
手を血みどろに染めた彼女はそう言ってきた。
その斧もいろいろな物が付着して禍々しく色を染めている。
「あ……ああ、いいよ」
「わーい。ありがとうございます~」
そう言うと血で汚れているのを気にした様子もなくそれを大切に抱え込んだ。
あれから出会ったゾンビは佐川さんが倒していった。
最初の方こそ俺がいろいろと補助をしていたが、今では一体なら一人で倒せる程に成長している。
きっと、レベルアップしたのだろう。
ただ、笑いながらゾンビを殺すその姿は異様な光景だった。
「ただそろそろゾンビを倒すのは辞めうか」
「え~、どうしてですか? こんなに楽しいんですよ~」
それを楽しいと表現する彼女。
ここまで変貌してしまった姿に彼女と一緒にいるのは危険だと思ってしまった。
「今は佐川さんの家に行くのが最優先だからね……このままだと遅くなっちゃうからさ」
「む~、それは仕方ありませんね~」
心底残念そうにそう言った彼女。
渋々と引き下がってくれた。
そうして最初と同じように隊列を組みなおすと、先へと進む。
早く帰らないと……。
このままじゃ、また佐川さんが暴走してしまうのではないかと不安があるのだ。
「あ~、ここですよ~」
そう言って佐川邸へと到着した。
そこはやはり首の長いゾンビと出会った場所だ。
当初ならもっと早く到着する予定だったが、だいぶ時間がかかってしまった。
そうして家の様子を見ると、玄関は壊されていた。
あの佐川さんの両親、そのゾンビが出てくる時に壊したのだろう。
「中にゾンビ侵入していないよな?」
開け放たれたそれを見て俺はそう言った。
「大丈夫…………みたい」
唯がそう言った。
またあの声が教えてくれたのだろうか?
それは助かるな。
ただ、どこまで信用していいか分からないため、ある程度の警戒はするが。
「そうか……。じゃあ行こう」
「なんか自分の家なのにドキドキしますね~」
ドキドキするって。
天然……いや、にやけた口元がそれを否定する。
自分の弟かもしれない死体と出会うのに何処か楽し気にしているように見えた。
「あれ~? 二人とも行かないんですか~? 先に入りますね~」
俺達を置いて中へと入ってしまった神崎さん。
慌ててそれを追いかける。
「まずいな……」
「私もそう思う……」
俺と唯はひそひそ声でそう話す。
確実に今の彼女はおかしい。
このままにしておけばいつか危険に晒される。
むしろ、あの大胆な行動はこっちも危ない。
どうにか止めないとだな……。
「翔太は二階ですよね~?」
「そうだよ……」
なんで知っているんだ?
確かに二階の両親の寝室。そこに、弟さんと思われる死体があるのだが。
「じゃあ、行きましょう~」
またも、ずいずいと二階への階段を上り始めた。
「うわ~、扉盛大に壊されてますね~。それにかなり臭いますね~」
あのゾンビが暴れたのか、扉だけじゃなく壁も一部壊されていた。
それにまだドブの臭いに生ごみの臭いを混ぜたような、死臭がする。
「ここかな~。
———翔太みーつけた~」
かくれんぼをして、鬼が探し人を見つけたように無邪気に佐川さんはそう言った。
その声色には悲壮感は感じられない。
むしろ、ずっと探していた物が見つかって安心したような嬉しそうなそれを感じた。
「翔太……お姉ちゃん、早く迎えにこれなくてごめんね……」
そう言うと壁に持たれるようにしている、その死体へと近づいていった。
その時の彼女は何処か寂し気だった。
俺はその姿を見て安堵する。
もしかしたら、元に戻ったのか?
そう、淡い期待を抱くが……。
「あー、こんなになって……お姉ちゃんずっとずっと心配したんだよっ!
もしかしたら、ゾンビになってその辺を徘徊してるんじゃないかって!」
どんどんと語気が強くなる彼女。
右手には斧を持ち、左手で何度も頭をかきむしる。
「ちゃんとあの時、頭を破壊したかなって凄く心配したんだよ!?
もしかして、今もそうやってお姉ちゃんを騙しているのかな」
どういう事だ?
佐川さんがこの子を殺した?
ずっと家に帰れなかったはずじゃないのか……。
俺達に嘘を付いた?
「あー、もういつもそうやってお姉ちゃんに悪戯するもんね!
もう一度止めをさしてあげるねっ! 翔太が悪いんだよ! これはお仕置き!」
すると、手に持っていた斧を振り上げた。
「———お、おいっ!」
そうしてそれを真上から頭の天辺へと振り下ろす。
「えへっ! まだ足りないかな? 悪い子にはもっとお仕置きしないと———」
右手に持った斧で体中全てを切り刻む。
元々腐った死体。
ゾンビのそれとは違う。
そしてレベルが上がった彼女の力であっという間に全てを破壊してしまった。
何も出来ずにそれを見ている事しかできなかった。
そうして、興奮した様子で肩を揺らす彼女がゆっくりとこっちを向いた。
「用事は済みましたよ~」
いつものマイペースな話し方。
だが、その表情は満足したように恍惚としていた。
「さ、ゾンビを殺しながら帰りましょうか~」
そう言って鼻歌交じりで部屋を出て行った彼女。
まさか、こんな事が起きるなんて思いもしなかった。
唯は口元に手を当ててしゃがみ込んでしまう。
俺も固まって動けなかった。
彼女の目的はいったい何だったんだ?
—————————。
「あ~、やっと来ました~。遅いですよ」
しばらくそのまま動けなかった俺達は、何とか家の外へと出た。
玄関の前で何事もなかったかのようにそうしている彼女。
可愛らしく頬をぷくっと膨らませてそう訴えかけてきた。
ただ、佐川さんの周りにはさっきまでなかったゾンビの死体が。
俺達が来るまでの数分の間に彼女が倒したのだろう。
見事に頭をかち割ってゾンビが殺されている。
「さ、帰りましょう~」
まともに彼女の顔を見る事が出来ない。
するとその不自然さに気付いたのか。
「どうしたんですか~? さっきから何か変ですよ~?」
そう言ってきた。
変なのは俺じゃない、そう心で思ったが言葉にはしなかった。
もうこんな事をしないように、斧は返してもらった方がいいよな……。
でも、それを彼女に言うのも正直怖かった。
「あのさ……悪いんだけど」
「はい~? そんな改まってどうしたんでしょう~?」
不思議そうに首を傾げる佐川さん。
俺は意を決して斧を返して貰えないかそれを伝えた。
「斧ですか~? いいですよ~」
え? いいの?
そう言われて拍子抜けした。
もっとごねて、酷ければ暴れ出すんじゃないかと思っていた。
だがそんな心配も杞憂に終わり、手を伸ばしてその斧を渡してくる。
俺はほっとしてそれを受取ろうと手を伸ばした。




