皆一緒に
今日も今日とて朝になって起こされた俺は、まだ覚醒しきらない頭でぼーっと床の一点を集中して見ている。
なんだかんだ昨日はいろいろあって疲れた。
眠い……。
そう、魂が抜けたような状態でずっといると。
「えいっ!」
「———いてっ!」
頭に衝撃が走った。
ふと前を見ると右手を突き出した唯の姿が。
カーキー色のTシャツに、デニムのショートパンツと動きやすい恰好をしていた。
腰まで伸びた黒い髪をいつも通り後ろでまとめてポニーテールにしている。
可愛らしい掛け声と共に繰り出された攻撃は、俺が目を覚ますのには十分だった。
「もう、いい加減シャキッとしてよね」
そう注意される。
顔を洗ってきてと促され、俺はそれに従って洗面所へと向かった。
「ふぁーー」
鏡を見て、一度大きな欠伸をする。
そうして、手に水を出すとそれで顔を洗った。
「ふぅ……少し目が覚めてきたな」
ぴょんぴょんと寝癖がついたその髪を手で直す。
「髪、伸びてきた」
右手の親指と人差し指で前髪を摘まむとそれを下に軽く引っ張ってそんな事を言った。
目の下まで伸びた髪。
耳も殆ど隠れてしまっている。
襟足もだいぶ伸びた。
そろそろ切りたいな。
元々癖のない直毛なせいで、目に髪の毛が入って鬱陶しい。
んー、俺の中では一週間くらいしか経っていないけど、唯や佐川さんにとっては一か月は経っている。
その影響が肉体的に出ているのだろうか?
伸びるのが早い気がした。
「あれも分けわからないよな……」
どうして一か月も経っていたのか。
そんなに経っているのにグールの死体は腐っていないのか。
更には、ずっと動かずにいたんだから筋肉が硬直して動けないはず。
だが、普通にこうしている。
食事だってしていないんだぞ。
こうして改めて考えてもおかしな現象である。
謎が多いな。
魔王の言っていた戦争とは、ゾンビと人間が殺し合う事なのか?
本当にそうなのか? それすら分からない。
今は生きる事に必死だ。もう少し余裕が出来たらそう言った事を調べていこう。
「あ、やっと来た」
「おはようございます~」
そうして部屋に戻ると、缶詰を食べてる二人の姿が目に入った。
待たせてしまったみたいだな。
「はい。これは宗田さんの」
そう言って、桃の缶詰を渡された。
中々ヘルシーな朝食だ。
俺はありがとうと言ってそれを受け取る。
「いただきます」
一口その桃を口に含むと甘酸っぱい味がした。
懐かしい味だ。
子供の頃を思い出すよな。
そんな昔の事を思い出しながらそれを間食した。
「宗田さん、今日は葵さんの家に行くんですよね?」
そう言えば昨日そんな話していたな。
んー、どうしようか……佐川さんの次第かな。
佐川さんへと話を振る。
「佐川さんは大丈夫そう?」
「———ほへっ! だ、大丈夫です~」
食事を終えて満足していた佐川さんは、遠い世界にトリップしていた。
急に話しかけられて現実に戻る。
そうして、変な鳴き声を上げると慌ててそう言った。
「じゃぁ、行くか。ただ……無理しないでくれよ?」
あんな状態の両親を見た彼女は精神的にかなりのダメージを負ったはずだ。
出来る限り無理をさせたくない。
「心配してくれてありがとうございます~。
でも、覚悟を決めてるんで大丈夫ですよ~」
そう言いながらグッと両手で拳を作って、大丈夫だとアピールしてくる。
「それなら早速準備に取り掛かろう」
そうして全員で準備を始める事にした。
と言っても、ポーションと食料と水を少しだけ持つ。
後は空のリュックを持って行くだけである。
もし、余裕があるなら食料も調達したい。
唯に食料が入ったリュックを持ってもらう。
俺と佐川さんは空のリュックだ。
「さて、パーティープレイと行きますか」
準備を終えた俺達は外に出た。
緊張した表情の佐川さん。
いつもと変わらない感じの唯。
本日は三人で初めての探索となった。
「それじゃあ、前衛は俺。真ん中が佐川さんで、後衛は唯。それでいいかな?」
二人のそう尋ねる。
「私は宗田さんに任せます~」
「はーい」
そう返事が帰って来る。
一応レベルの一番低い、佐川さんを真ん中にしている。
後は戦いに向いた俺が、前でゾンビをどうにかすれば大丈夫だろう。
武器は斧とサバイバルナイフ。
佐川さんには大き目のモンキーレンチ。
唯は片手用のハンマーを持っている。
防具は布の服と。
駆け出しの冒険者のような装備だ。
「なんか、ハエが多いね」
———!?。
そう言われて俺はびくりとした。
証拠隠滅にと、その辺の民家に投げ入れたゾンビの死体がハエを誘き寄せているのだろう。
臭いもかなりする。
あまりやりすぎるとバレるか? 死体の処理方法を考えねば。
殺人犯のような物騒な事を考える。
「そ、そうだな。ま、とりあえず行こう」
手でハエを払うしぐさをすると、そう言って誤魔化した。
「そうね。ここにずっと居るのもあれですもんね」
バレずに済んだか。
安堵した俺は道路に出た。
あーいるなー。
明るいからよく見える。
でも、だいぶ少なくなったな。
早速、腰から斧を取り出して構えた。
「———ひっ!」
ゾンビの姿を見た佐川さんが短く悲鳴を漏らした。
「本当に大丈夫か?」
もう一度そう聞いたが。
「大丈夫です……。私の事は気にせず行きましょう……」
震える声でそう言ってくる。
うーん……。本当かな?
もう少し進んで様子を見ようか。
まだ俺達に気付いていない様子のゾンビへと俺は駆け出した。
前方に三体。距離は二十メートルくらい。
一体目に狙いをつけて斧を振り下ろす。
どしゃりと音を立てて倒れるそいつ。
その音に気付いて残りの二体も動き出した。
だが、間髪入れずにそいつらの頭を氷の魔法で貫く。
今回は指から氷の弾丸を出した。わざわざ、球体を使うまでもないだろうとの判断だ。
あっという間に三体のゾンビを葬ると、二人の元へと戻った。
「ん? どうしたの?」
戻ると口をポカーンと開けた二人の姿が。
その姿にどうしたのかと聞くと。
「なんか、手際がいいね。って氷も使えたの?」
「宗田さん……凄すぎます……」
そう褒められた。
悪い気がしない。
「最近、氷も使えるようになったんだよね。
ただ、言おうとしてたんだけど言うタイミングが無かったんだ」
そう言って誤魔化すが……って、どういう事だ?
俺はふとした疑問が頭を過った。
「やった! これで涼しくなる!」
無邪気に喜ぶ唯。
「あ、あぁ。そうだな」
その疑問を口にせず飲み込んで、その会話を打ち切った。