ヒーロー
「———邪魔! どいてっ!」
女性の叫び声が聞こえた。
———何処だ!?
前に駐車場で助けを求めていた男。
それを助けられなかった時の事を思い出した。
「———くぅっ! こっちもゾンビだらけ! このままじゃ剛が!」
悲痛なその叫びが夜の世界に消えていく。
立ち止まってその音を聞こうとするが、ゾンビがそれの邪魔をする。
居場所が分からない。
「邪魔だ!」
そう叫んで力の限り斧を振るった。
手加減なしに振るわれた鉄の刃は首と胴体を別れさせる。
だが、首だけとなったゾンビは口をパクパクと動かしまだ生きていた。
「クソ! このままじゃ……」
苛立ちをゾンビの頭へとぶつける。
ぐしゃりとそれを踏み潰し止めを刺すともう一度耳を澄ませる。
「———こっちか!」
微かに聞こえる戦闘音。
俺はその方向へと駆け出した。
そうしてようやくそこへと到着する。
良かった。まだ、無事だ。
ただ、ゾンビが六体。
それが女性の行く手を拒んでいた。
「———こっちは急いでいるのよ!」
綺麗な色をした金色の髪がその手に持つ得物を振るのに合わせて揺れる。
「うっ! 離せ!」
ゾンビに掴まれてそれから離れようとするが、ゾンビもがっしりと掴んでそれを離さない。
そうしている間に他のゾンビが群がって来る。
「準備オッケー」
俺は全体を見渡せるようにと屋根の上に登った。
ここからなら行けるか。
結構な距離があるが問題ない。
ここから狙撃する。
彼女に掴みかかるゾンビに慎重に狙いを定める。
距離にして三十メートルくらいか。
そこから、氷の魔法を発動した。
「……出来るはずだ」
そう自分に言い聞かせた。
ここまで百発百中。
絶対に外さない。
ゴクリと生唾を飲み込む。
頬を流れる汗を拭く余裕はない。
本当なら魔法による狙撃じゃなくて、ちゃんと傍に近づいて助けてやりたいが見つけた時には今の状態だった。
咄嗟に間に合わないと判断した俺は屋根の上からの狙撃と言う選択肢を選んだ。
彼女から見て斜め前。
そこが狙撃ポイントである。
「いくぞ! ファイアッ」
そう小さく呟く。
ちなみに掛け声は昔テレビで見た軍隊のそれを真似た。
なんか、こっちの方がしっくりくる。
そうして放たれた氷の弾。
甲高い音を少しだけ漏らすと一直線にそのゾンビへと吸い込まれて行った。
「———!?」
そうして、女性に対して掴みかかっていたゾンビを仕留める事に成功する。
突然の事に驚いた様子だったが、その場から飛びのいて距離を取ってくれた。
「———誰!」
そう叫んでいるが俺はそれに返事を返す事はしない。
残り五体。
続けざまに狙撃して葬った。
そうして全てを終えると、ふぅっと息を吐き出して暴れている心臓を落ち着かせる。
良かった。今回は間に合った。
「ちょっと聞いてる! 誰か分からないけど、仲間が危ないの! 助けて!」
仲間! そう言えばさっき誰かの名前を呼んでいたよな?
失念していた。
「仲間は何処だっ!」
姿は見せず声だけでそう言う。
「向こうよっ! 向こうでグールと戦っているわ!」
そう言ってその女性は反対の方向を指差した。
グールってなんだ? ゾンビではないだろうな……。
彼女は動く死体の事をゾンビと言っていた。ならばグールと表現したと言う事は別の何かと推測できる。
となると、変異体か?
どの道急がないと。
「分かった! 任せとけ!」
っと、その前に魔力を補充しないとな。
五百ミリのペットボトルに入れてあった魔力回復のポーションを飲む。
「ぷはぁっ」
カラカラの喉に染みわたるそれ。
水とは少し違う酸味がかった独特なあ味。
決して美味しくはないけどそれでも喉を潤すには十分である。
「待って———!」
俺が移動したのを感じ取ったのだろう。
彼女の事は今は無視しよう。
とりあえず窮地を脱したから大丈夫なはずだ。
姿を見せずに屋根伝えに高速で移動する。
せっかくもう少しでハッピーエンドだったんだ。
どうにか仲間の人も耐えててくれよ!
—————————————————————。
「ごはんごはんごはーーん」
「ぐっ! 来るなっ!」
地面に倒れるその男。
金髪の女が剛と呼んだそのガタイのいい男は窮地に陥っていた。
「ちっ! ついてねぇ!」
血だらけの体でふらふらと立ち上がる。
身長は190センチ程の調整。だが、それよりも若干大きな巨体がニタニタとその男を赤い瞳で見ていた。
「よりにもよってグールかよ……」
グールと言った白い魔物。
以前、宗田が戦ったそいつである。
それとは別の個体だが、同一種のそれが下手糞な言葉を発しながら男と対峙している。
よろよろと、立つのがやっとな剛と言う男。
気の杭を打つ時に使うような大き目の鉄のハンマーを杖代わりに立っている。
「こんな所で死んでたまるかっ!!!」
そう大声で叫ぶ。
周囲のゾンビを引き寄せるかもしれないが、それに気を使うほど余裕がなかった。
「オラッ! くたばれっ!」
高く振り上げたハンマー。
それを力の限り振り下ろす。
コンクリートのブロックであれば軽々と壊してしまう威力の籠ったその一撃を白い怪物、グールへと浴びせた。
だが———
「かゆ……」
脳天へと直撃した渾身の一撃。
木で出来た持ち手が粉砕するくらい力を込めた。
だが、この怪物の前ではそれは何の意味もなかった。
傷一つ付ける事も出来ずに、ただ虫に刺されたかのようにその頭を鋭い爪でポリポリと掻いていた。
剛の目には絶望の色が浮かぶ。
よろよろとした足取りで後ろに下がると、ドスンとその巨体の尻を地面くっつける。
最早体力の限界。
流れた血液が人間の限界。三分の一近くに及んでいる。
普通なら気を失ってもおかしくないレベルだが、それを強靭な精神で支えていた。
だが、自分の持つ最強の一撃すら通用しない。
しまいには唯一の武器まで破壊された。
そうなっては諦めざる得ないだろう。
「アリス……先に逝くわ。すまんな」
アリスとは金髪の女性の事を言っているのだろうか?
目を瞑ってそう祈りを捧げる。
「ごはーん、タベテイイ?」
じゅるりと赤黒いしたで自分の爪を舐め回すグール。
その男の思いも何も気にした様子はない。
「———イヒヒヒヒヒッッッ!」
そうしてグールがその男へと飛び掛かった。
「———させるかっっ!」
「———!?」
突然の来訪者。
それに驚き後ろへと下がるグール。
だが、その胸には切り裂かれた一筋の線が入っていた。
決して致命傷にはならなかったが、だが怯ませるには十分である。
「無事か!?」
そう生を諦めた男に問いかける。
「……お前は?」
虚ろな目でその来訪者に問いかけた。
「あー、ただの通りすがりだ」
「そうか……」
男の返答にどう思ったか分からないが、そのまま気を失って地面に倒れ伏した。
口元に布の切れ端を巻いた男。
自分の服を破ってそうしたのか、腹の一部が丸見えだった。
しまいには血で汚れてあまり清潔感がない。
そんな不格好な男が剛を守るように前へと出た。
「グールってお前かよ……トラウマだわ」
そう呟いて二回目の戦闘が始まった。