覚悟
「あの~、宗田さん。聞いてもいいですか~?」
「ん? 何?」
いい感じの雰囲気の中、佐川さんがそう問いかけてきた。
いつもの間延びした話し方。
どうやら少し落ち着きを取り戻したのか、ほっと胸を撫で下ろした。
「えっと、あの……ゾンビ。私の両親なんですが~。
……翔太……いえ、弟はどうなっていました?」
真剣な表情でそう聞かれた。
「えっ、あっ……それは…………」
弟と思われるそれもあの家にあった。
だが、それを伝えるべきか迷いしどろもどろになってしまう。
「あの~、大丈夫ですよ~。覚悟はできています」
そう言われても。
ジッと俺を見つめてくる佐川さん。
視線を一切外さない。
「うっ、分かったよ……」
観念した俺は渋々とあの時の事を話し出した。
「そうですか~。翔太も…………うっ……」
少し涙ぐむそれをグッと堪える。
「あの、話してくれてありがとうございます~。それでなんですけど~……」
気まずそうにもじもじとする佐川さん。
なんだろうか?
「私を一度、家に連れて行って貰えませんか~」
とそう言われた。
「そうか……。分かった」
一瞬迷ったがそう答えた。
「ただ、唯にも許可を貰ってからでいい?」
「はい~、もちろんです~」
きっと、現実をちゃんと受け止めたいのだろう。
俺から聞いた話だけじゃ、それが事実と分かっていても完全に受け入れられない自分が居るに違いない。
「そう言えば、佐川さんは家に帰らなかったの?」
「あ~、それなんですが……あの日ちょうど仕事で………」
その話を要約するとこうだ。
残業で、帰りが遅くなって夜食を買おうとコンビニに行ったらあの現象が起きたらしい。
そうして、そのままコンビニで目を覚まして一人で行動していたらしい。
ただ、家に帰ろうにも回りにゾンビが多くて近づけず。
どうにか生き延びるために、他の生存者と一緒に行動していたらしい。
ただ、そのグループゾンビの集団に襲われて散り散りになったとか。
佐川さんはどうにか、最初に目が覚めたコンビニへと逃げて俺達と出会ったとか。
でも、確かにゾンビが多いには違いないが帰れない程なのだろうか……?
ふとそんな疑問が頭の中に生じた。
まぁ、突然あんな世界になってゾンビなんかに襲われたとなるとそうなるのかな?
「でも~、私は運が良かったです~。あのままあそこに居たとなると~」
両肩を抱いて、うーっと体を揺らす。
「確かに偶然って凄いな」
時間のパラドクス。
一か月も経っていなければ。
食料が無くなっていなければ。
唯にポーションが効いていなければ。
様々な要因が重ならなければ、佐川さんに出会う事は無かっただろう。
「運命ですね~」
「ああ、そうだな」
短くそう返した。
本当にそう思ったからである。
運命とは必然と主張する人は居るが、俺はそうは思わない。
こうしてお互いが無事に出会えたから良かったと思っている。
「それにしても~。唯っちゃん起きませんね~」
ちらりと唯の方を見ると俺達に背を向けてすやすやと眠っている。
そうとう疲れているのだろう。
微動だにせず眠ったままだ。
「そうだな。もう少し寝かしておいてあげよう。ちょっと毛布持って来るよ」
あのまま寝てしまっていたらいくら夏と言えど体が冷えてしまう。
タオルケットを二階に取りに行く。
「佐川さんは何をしているんだ?」
適当な毛布を持って来ると唯にそれをかけた。
その時に、むむむむと唸る佐川さんを見てそう問いかけた。
「今、魔法の練習をしているんです~」
そう言えば魔法を教えると話していたっけ。
ただ、両手を握りしめて何か唸っているがそれは間違ってると思うぞ。
「そう言う事ね。じゃあ、唯が起きるまで手ほどきしてあげましょう」
わざと偉そうにそう言う。
「ははー、先生よろしくいお願いします~」
それに乗って来る佐川さん。
「良きかな、良きかな」
そんなやり取りをしながら、俺は魔法について教えた。
「そうだなー。俺も感覚でしかないんだけど、イメージが一番大事だと思うよ。
ほら、こんな感じ」
そう言って指先から少しだけ火を出す。
イメージはライターだ。
「わぁっ! 凄いっ! でもそれって熱くないんですか~?」
指先から出るそれを見てそう聞いてきた。
「んー、不思議と熱くないんだよね。ただ、違う手で触ると熱いんだけどさ」
「おぉ~、不思議ですね~」
そう言ってそれを色んな方向から見る。
近いんですが……。
「私も魔法使えますかね~?」
「多分使えるんじゃないかな? 自分に合った属性が見つかればだと思う」
巷で有名なラノベでは、何かの道具を使って検査が出来るが生憎とそんなものは存在しない。
自分でその可能性を見つける必要があるのだ。
「属性ですか~?」
「そうそう、佐川さんってゲームとかする?」
「いえ~、弟のを見ていたくらいですよ~」
あー、失言だったかな?
恐る恐る佐川さんを見るが気にした様子は特になかった。
「属性って言うのはね……」
一から説明するのって難しいな。
四苦八苦しながら佐川さんにそれを説明する。
「なるほど~。使える魔法の分類が決まっていると言う事なんですね~」
良かった。どうにかちゃんと理解出来たみたいだ。
「そうそう。それで、前に少しだけ教えた魔力の操作でその質が決まるんじゃないかと勝手に思っているんだ」
現に、時間があればそれを続けているが効果があるか分からない。
筋トレと一緒で、徐々にその効果が分かるんじゃないかと俺は思っている。
だから、まだ意味がないと決めつけるには早い。
「それとレベルアップですね~。私頑張ります~」
手をグッと握ると気合を込める佐川さん。
親指を内側に居れるんだな。
こうしてみると、そう言った争いごととは無縁に育ったんだなと思う。
かく言う俺もそうなんだけどな。
こうやって殺伐とした世界を生きていると、以前までの生活を忘れてしまいそうだ。
「では~、ちょっと頑張ってみます~」
そう言っていろいろと試す佐川さん。
俺はその傍らで、魔力の操作をしながらそれを見守っていた。
あ、ポーション作ろう。
今のうちに、ポーションも作っておく。
魔力回復、治癒、体力回復。
そのどれもが必要だ。
俺はそれを一つずつ作ると開いたペットボトルにそれを入れた。
「何をしているんですか~?」
「んっ、ポーションだよ」
「ポーション?」
あー、分からないよな。
「試しにこれを飲んでみて」
そう言って体力回復のポーションを渡した。
「ただの水———あっ、何これ!?」
それを飲んで驚く佐川さん。
目の下に浮かんでいた隈がみるみると消えていく。
「それは体力回復のポーションだよ。凄いでしょ」
「凄い! 凄いですっ! 力が漲ってきます!」
目を見開いてそのペットボトルの中身を見る。
三分の一程でその効果。
今度は小分けにしておこう。
「でしょー。作った自分もびっくりだよね」
ちょっと自慢気にそう言うと。
「他にも———」
「———んー、なに騒いでるの?」
少しうるさくしてしまったようだ。
唯が目を覚ました。