人間給湯器
どうしたものか?
泣きじゃくる彼女のその姿を思い出していた。
自分の両親の無残な姿、そして首だけとなった両親へと止めを刺した佐川さん。
恐らくあの家に居たもう一つの死体。
それが、彼女の弟さんだろう。
俺は見つけたタオルを手に取り胸が締め付けらるような思いを感じた。
かと言ってどうもしてあげられない事に歯痒さも感じる。
「無力だな………」
どうにか二人を助ける事はできたが、ただそれだけだ。
しかもあの時、自分の生を諦めた。
唯がいなければ俺はあそこで死んでいただろう。
本当に何をやっているのだか………。
結果として、一夜明けても体に異常がない。
寝る前に飲んだ聖水? が効果あったのか、はたまた別の何かかは分からない。
でも、こうして普通に生きている。
「さて、戻るか」
思考の海に沈めていた体をそこから出して、彼女達が待っていたそこへと戻る。
扉を開けてすぐに刺激臭のようなすっぱい匂いが俺の鼻孔を刺激した。
唯が佐川さんの背中をさすっている居る。
そのさすられている本人は少しは落ち着いたのか、ただ蹲るだけだった。
俺はそんな二人へとタオルを渡した。
佐川さんの変わりに唯が受け取る。
「ちょっとお湯入れてくるよ」
吐しゃ物にまみれた二人のその姿を見て、もう一度浴室の方へと戻った。
程よい湯加減をイメージして。
この時ばかりは自分が給湯器のような存在になったと錯覚してしまう。
手の平を浴槽に掲げて魔法を行使する。
ザーと言う音と共にそこにお湯が溜まっていく。
あー、俺も入りたいな………。
血と汗、そして土に塗れたままだった事を思い出した。
お湯を溜めた後に鏡を見ると、顔の所々が茶色く汚れていた。
せめて顔だけとそれを洗ったが、一部だけすっきりしたことで不快なぶぶんが余計に際立ってしまう。
「我慢するか………」
俺はもう一度お湯が溜まった事を告げに戻ることにした。
「お湯、一応入れたけど入れそう?」
「あ、ありがとう。葵さん大丈夫ですか?」
蹲る佐川さんに向かって唯が問いかけた。
「………大丈夫です」
そうして、ふらふらとする彼女を唯が支えて浴室の方へと行ってしまった。
さて、一人になってしまったし………どうしようか。
一応、そのリビングの汚れた床をタオルで拭いてそれをビニールの袋に詰める。
勝手にこの家の物を拝借しているため、少し罪悪感もあったが慣れた。
ついでに食料が無いか探す。
新品の塩と砂糖。それと、醤油があった。
どれも調味料だが、あるに越した事はない。
ただ、どれも持っていくには重いと言うのが難点か。
後は缶詰とカップ麺。それと、インスタントラーメンなんかもあった。
どれもあるに越した事がない。
これで少しはここに引きこもる事ができるだろう。
連日のように死にかけた俺。
精神的に危ない佐川さん。
それに、唯にしたって遂最近までは同じようになっていた。
なら、今の俺達にとって必要なのは休息だろう。
生きるために必要な物資を探す。
ハンマーやドライバー、レンチ。
そう言った物も見つけた。使えそうな物をテーブルへと置いていく。
勿論、この三つは武器に使うつもりである。
そんな事をしていると二人が戻って来た。
「さっぱりしたー」
唯が首にタオルを下げながらそう言う。
その後ろに見える佐川さんの表情も少しすっきりしたように見える。
それを見て俺は少し安心した。
「宗田さん、何してるの?」
濡れた髪の毛をタオルで拭きながらそう言った。
「んっ、使えそうな物は無いか探してたんだ」
机の上に乗っているそれを指差しながらそう言った。
「おお! こんなに!」
目を輝かせてそれを見る。
とくに食料のそれをジッと見つめる。
中にはチョコレートや飴と言った甘いお菓子もあり、特にそれが気になるようだ。
「そう言えば、掃除もしてくれたんですね」
匂いもほとんどなくなったその部屋。
汚れたソファーは窓際に寄せてある。
そのぽっかりと空いた空間の床は何度も拭いたから大丈夫なはずである。
「あ、あの………本当にすいませんでした」
申し訳なさそうに目を伏せる佐川さん。
目の下には隈が出来ている。
「大丈夫だよ。もう、落ち着いた」
「はい………」
消え入りそうな声だがそう言った。
まだ、少し心配だから唯についていてもらおう。
俺は目で合図を送ると、唯は頷いた。
「じゃあ、俺もお風呂に入ってくるよ」
待ちわびたそれ。
早くお風呂に入りたい。
体の不快感は限界をとうに越えていた。
「えっ! だめ!」
そう唯は言ったが、俺は今回は折れない。
「ちゃんと、新しくお湯を入れるからさ」
俺がそう言うと、うーと唸りながら渋々了承した。
そうして、三度浴室へと来た俺。
服を脱いで中に入る。
「あ、お湯を入れ替えないと」
栓を抜くと裸のままでそれが無くなるのを待つ。
そうして、お湯をもう一度張り直す。
体をゴシゴシと洗うと、それが茶色く変色する。
血なのか泥なのか、まるでメッキが剥がされるようにそれがボロボロと落ちていく。
「あーーー! 生き返る!」
ゆっくりとお湯につかる。
体の節々がほぐれる感覚。
夏場の暑いお風呂は最高である。
もう一度、はぁーと息を吐き出す。
そうして、おとなしくそれを堪能する。
それにしても、ここ最近のエンカウント率が異常だな。
ただのゾンビならまだしも、強力な化け物まで現れた。
それこそゾンビのそれを遥かに凌駕する戦闘力を持っている。
ゾンビが軍隊なら。
あの、白い化け物と首の長い化け物はエリートと言った感じかな。
次にもう一度出会った時の対処法を考える。
んー、難しいな。
対戦車ライフル。
実物は見た時ないが、それは強力だ。
当たれば一撃。
だが、その代償は大量の魔力と音で自分の耳にダメージを負う事だろう。
音かー。
ブクブクと湯舟に沈む。
「あっ!」
そうしているとそれの対処法を思いついた。
水って音を遮断するよな?
それで覆えばいいんじゃないか?
後は、炎の玉を遠隔でもっと操作出来ればいいな。
それに大量の魔力を込めれば、その込めた魔力がなくなるまで打ち放題になる。
後は、魔力の量をどうやって増やすかだ。
レベルアップ以外にも方法はないのだろうか?
全て使い切ると少しだけ、魔力が増える可能性は?
自分の適性値が伸びたりはしないものか?
まだまだ、検証する事が増えるな。
ただ、今はゆっくりと休む事にしよう。
そうして、この癒しの時間を俺は堪能した。