神崎 唯4
「——今日は厄日でしょうか?」
これは私達が佐川 葵に出会ったばかりの頃の話である。
「まさに厄日」
声には出てませんでしたが、ついつい悪態をついてしまいました。それも、そのはず。やっとの事、宗田さんが帰って来て二人きりの甘い生活をしようと思いましたのに、まさか異物を見つけてしまうとは……。
「あの~。危ない所を助けていただきありがとうございます~」
独特な話し方をする彼女は、佐川 葵と言うらしい。私も童顔と言われる方ですが、彼女は度が過ぎる程……。学生と言っても差し支えありませんね。実年齢は二十六歳。私よりも年上でしたが。
悪い人には見えませんが……優しい宗田さんの事ですから、彼女を連れて行くと言う事は間違いないでしょう。あぁ……厄日です。
「難しい顔して……どうしたんですか~?」
「いえ……なんでもありません」
ついつい顔に出てしまっていたようです。気をつけないとですね。
「あの、佐川さんはずっとここに?」
「葵でいいですよ~。そうです~。一週間……ずっとここに隠れてました~」
一週間も。それは大変だった事でしょう。私は宗田さんが居てくれたから良かったですが、一人となれば、心持ちは変わっていたと思います。
だけど……彼女、失礼ですが臭くないです。むしろ、石鹸のようないい香り。普通、この気候に密室、蒸し風呂のような状態の部屋なのですから汗の臭いくらいしてもいいのですが。何か……いや、まさか。
「あの~、先ほどの男性の方はお名前は何と言うのでしょう~?」
私の宗田さんです。
「私の……いえ、宗田さん。斎藤 宗田さんです」
思わず、心声がそのまま出そうになってしまいました。なんとか、それは飲み込み我慢しましたが、危うく私の気持ちがばれてしまうところでしたね。
「唯ちゃんは、宗田さんと仲良しなんですね~」
え? 仲良しなのは事実ですけど……そんな風な事を一言も言った記憶がありませんが。
「なんか~。宗田さんの名前を呼んだ時、ふにゃ~んと言うか、凄く優しい顔してましたよ~」
そんなに顔に出てましたか。これは油断しました。恥ずかしい限り。彼への気持ちがばれるのはいいのですが、見ず知らずの馬の骨に私が油断したのは許せないですね。
それに……唯ちゃん。馴れ馴れしいですが……まあ、我慢するとしましょうか。
「それにしても、宗田さん………にはとても失礼な事をしてしまいました~」
がっくりと肩を落とす彼女。
「大丈夫ですよ。宗田さんはとても優しいので許してくれます」
「本当ですか~? そうだといいんですが~……」
一応フォローを入れておきますが、彼女は自信なさげでした。このまま、宗田さんが怒って彼女を追い出してしまえばいいのですが……ありえないですね。宗田さんはそう言う人ではありませんし。
少しだけ、彼女と話しをして私達は外へと出ることにした。
「あの、先程はすいませんでした。とても失礼な態度を取ってしまいなんてお詫びをしていいのか……」
あれ? あの間延びした話し方はどこに行ってしまったのかしら? 真面目に話す時は普通の話し方になるの? わざとだったらあざといんですが……。
「あー、気にしなくていいよ。俺はまったく気にしてないからさ」
ほら、やっぱり宗田さんは許してしまいました。これで、私と彼の二人きりの楽園は崩壊確定です。
呆然と、自分の目論みが崩れ去り、石像のようになった私は黙って二人のやり取りを眺めていました。少しだけ、胸がズキズキとするのは嫉妬でしょうか? 凄く嫌でイライラします。
「あの、一応こんな見た目をしてますが……ちゃんと成人してますので」
年齢の話だろうか? 彼女いわく宗田さんの一つ下。小柄な私よりもさらに小さく、童顔である。左目の下にある涙ボクロが妖美さと幼さと入り混じり、男受けは良さそうな感じだ。
だからこそ、宗田さんが毒されないか心配です。なので、これはますます一緒にいないといけませんね。
それにしても……やっぱり彼女には何か違和感が。なんでしょうか? さっき感じた臭いもそうですし、服もあまり汚れていないような。それに……この状況に恐れや恐怖を感じていないような――
杞憂に終わる事を願いたいですね。
――まあ、いいでしょう。
もし、何かやましい事があるならそれはそれ、何かあった時は、私が宗田さんを――守ります。
――私の勇者は優しく
――私の勇者は強く
――私の勇者は私だけをみて
絶対に誰にも渡すものか。




