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懐かしさと

 「宗君、おはよう」


 んっ、もう朝になったのか?

 俺は薄っすらと目を開ける。


 「あぁ、真奈おはよう」


 眠そうな俺の頭を愛おしそうに撫でてくる彼女。


 「昨日もゲームやってたんでしょ? もうお昼よ」


 そう言って、唇を尖らせている真奈。

 そのいつもの光景に俺は心が落ち着く。

 って、もうお昼か。

 起きないとな。


 よいしょと体を起こす。


 「んー、よく寝た……」


 グイっと体を伸ばすと、節々がぽきぽきと軽快な音を鳴らす。


 「コーヒー淹れてくるからちょっと待っててね」


 背中の真ん中くらいまで伸びた髪の毛をゆらゆらと揺らし、俺の家のキッチンの方へと姿を消した。

 少し布団の上でぼーっとしているとコーヒーのいい香りが鼻孔をくすぐる。

 その匂いにつられて俺の頭も徐々に覚醒する。


 「ふふ、まだそうしていたの? 顔洗って来てね。はい、コーヒー」


 そう言ってテーブルへとコーヒーを置いた。

 いつものコーヒーだ。

 彼女の入れてくれるそのコーヒー、インスタントなのだがとても美味しく感じられる。

 

 そのいつもの味を楽しもうと湯気の出た黒い液体を口に一口含んだ。

 インスタント特有の大雑把な味。

 苦みと酸味が混じったブラックコーヒー。

 最初に飲み始めた頃は美味しさを感じれなかったが、今ではその独特な味が癖になっている。

 朝の一杯。これをしないと調子が出ない気がするくらい体の一部になっていた。


 だから、今日もこれを飲んで一日を頑張ろうとしたんだ。

 だけど……。


 「っ———!」


 ———なんだ……これ。

 コーヒー? いや、そんなものじゃない。

 苦みとは違うおかしな味がする。確かにコーヒーなんだが……生物特有の生臭いような変な味が本来の匂いと合わせて鼻の穴を通って来た。 

 口に含んで吐き出さないようにと我慢した。

 だけど、それを飲み込む事を体が拒絶する。

 その場で吐き出すと、テーブルと床にその液体が広がった。


 「どうしたの?」


 それを見て不思議そうに首を傾げる真奈。

 ニコニコと笑っているが何処かおかしかった。

 こんな風になったのにそれだけ……? 普通ならもっと何かしら反応してもいいんじゃないか?


 「いや……ちょっと顔を洗ってくる」


 足早に洗面所へ行くと口を急いで濯ぐ。

 どういうわけか、そのコーヒーからは鉄の味がした。

 ドロッと言う粘り感と鉄の味。それに、コーヒーの苦みが加わった酷い味である。

 吐き出したコーヒーで顎まで汚れる。

 それを水を使って何度も洗い落とす。


 「これって、血じゃないよな———」


 ふと、鏡越しに自分のTシャツを見ると色が赤黒く変わっていた。

 白色のそれに栄えるその色。

 だが、コーヒーにしては少し色味がおかしい。

 汚れた服を気にするよりも、今思った事の方が気になって汚れた部分を指で挟んで引っ張るとそれが本当にコーヒーなのか確かめる。

 その行為に集中していた俺は彼女が近づいていた事に気付かなかった。


 「———宗君」


 真奈が後ろからぎゅっと抱きしめてくる。

 カップルの微笑ましい光景なのだろうが、俺にはそれが恐ろしい者に感じられた。 


 「宗君、好きよ……」


 そう言われて少しだけ安心した。

 いつものように甘えてくる彼女が可愛い。

 さっき俺が飲んだ物はいつもと分量が違ったのだろう。だから少し味が変で驚いたのだ。

 そう無理矢理納得させる。


 「あぁ、俺も好きだよ」


 今はこんなに愛おしく抱きしめてくる彼女が可愛くてしょうがない。

 変に疑った事に罪悪感が生まれる。

 あぁ、こんなに好きなのになんて酷い事を思ったんだろう……ごめんね。


 「ふふ、宗君は優しいのね……」


 優しく微笑む真奈。

 後ろから抱きしめられているため、顔が見えなかったがきっと優しく微笑んでいるのだろうと想像する。

 穏やかで大人な女性。そして、甘えん坊。

 いつも俺に優しくしてくれた彼女の存在を思い出した。(・・・・・)


 「どうしたんだ? 今日はやけに甘えてくるな」


 ただいつも以上に甘えてくる彼女に不思議に思いそう聞くと。


 「ええ、たまにはそんな日もあるんだよ」


 そう返事が返って来る。

 そうか。最近はゲームばっかりで真奈の事そっちのけだったからな。

 寂しかったのだろう。

 そう納得した。

 

 「ねぇ、宗君は私の何が好きなの?」


 不意にそう問いかけられた。

 本当に今日は甘えて来るな。全然嫌じゃないけどどうしたのだろうか?

 ただ、そう聞かれて答えない彼氏はいない。

 俺は彼女の好きな部分を口に出す。


 「そうだなー。優しい所に可愛い所。後は小さい気遣いをしてくれるところかな」


 そう。俺はそれにずっと甘えてきたんだよな。

 わがままで自分勝手な自分。休日もゲームばっかりでそっちのけ。

 それでも彼女はいいよと言ってくれた。 

 ただ、それにおんぶに抱っこ状態でいつまでも自分の行動を治そうとしなかった。

 だからこそ、それで———。


 あれ? 俺は何か重要なことを忘れてるような……。

 頭に靄がかかったように大事な事を思い出せない。


 「そうなんだ……。じゃあ、どんなになっても私の事が好き?」


 この感覚はなんだ? 俺は何を忘れてる?


 「……あぁ」


 思い出せないもどかしさが恐怖と言う色に変わる。

 自分でもなんでそうなったのか分からない。

 ただ、今背後から抱き着いているそれ(・・)がどうしても怖い。

 

 そう思うと急に彼女が抱きしめて来る力が強くなった

 付き合った当初はこんな感じの甘い生活だった。

 だけど時間が経つにつれてそれが疎ましく扱いが適当になる。

 休日は寝てて当たり前。そして、夜はゲーム。平日は仕事———じゃあ、彼女と過ごす時間はいつか。

 そうして、そんな状態で1年が経って彼女から……別れを告げられた。


 そうだ! 俺は彼女にフラれた。

 なら、今ここに居るのは誰?

 

 その事実に気付き慌てて引き離そうとするがいくら力を籠めようがそいつは剥がれない。

 無理矢理振りほどこうとするがおかしい程の力で抱きしめれている。

 全身に鳥肌が立つ寒気。

 どうにかそいつを体を引き離そうとした。


 「本当に……。じゃあ、こんな姿になっても……

 ———私の事が好きーーーーーーーー!?」


 そう言って叫んだ彼女。

 あらん限りの力を込めて無理矢理引き剥がす。

 

 ———ベりべりべり…………


 糊でこびりついた紙を剥がすような音。

 背中に何かがこびりついた感覚。

 だがどうにか真奈を引き剥がす事には成功した。


 「酷い、酷い、酷い! どうしてそう言う事するンダッーーーー!」


 叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

 そうして一通り大声を出すと、ゆっくりとその顔を上げたそれは最早人のそれを成していなかった。


 皮膚が全てむけ、筋肉の繊維が丸出し。

 瞼もなく目だけがぎょろりと俺を見ている。

 そげた鼻からは血が流れている。

 人体模型のような顔になった真奈。あの可愛らしかった姿は何処にもない。

 

 「———ひっ!」


 そのおぞましい姿に小さく悲鳴を上げる。


 「ねぇ、どんな姿になっても好きっていったよね? どうして逃げるの?」


 声は真奈。

 だが、その姿は人体模型のような姿をしていた。

 むき出しになった歯。唇のそれすら存在しない。

 俺は急いでそこから逃げようとすると。


 「———がはっ!」


 何かに足を取られて転んでしまった。

 ぬるりとした何か。

 俺はおそるおそる、足に着いたそれを引き剥がす。


 紙のような薄っぺらいそれを指でつまんで目元付近まで持って行く。

 最初はこれが何だったのか分からなかった。

 両手でそれを持つとゆっくりと広げた。

 

 ———顔の皮膚。

 顔の形をかたどったその皮膚。まるでお面のように目と口と鼻の部分に穴が開いている。

 それに俺は足を取られて転んでしまった。 


 「———うわっ!」


 咄嗟にそれを投げ捨てる。


 「しくしく……。どうしてそんなことするの」


 すると、いつの間にか彼女が後ろに立っていた。

 すすり泣く彼女。

 何が悲しいのかえんえんと泣き続ける彼女。

 だが、顔を手で覆うその隙間からは赤い液体が染み出ていた。

 俺は尻餅をついた状態で上を見上げる。

 

 するとそれが顔にボタボタと垂れてきた。

 生暖かいそれを浴びる俺は硬直して動けない。


 「宗君……どうして……」


 恐怖のあまり気を失いそうだった。


 「どうして……」


 どうしてと何度も繰り返す彼女。


 「———どうして私を見捨てたー!」


 急に顔を近づけてそう叫ぶ彼女。

 怒りの籠ったその声。

 俺が見捨てた? どういう事だ?

 何もしていないぞ。


 「いつもいつもいつもっ! 私をほったらかしにしてゲームばっかり!」


 ヒステリックに騒ぎ出す彼女。


 「———どれだけ私が我慢してきたと言うのっ!」


 半狂乱な彼女。

 頭をガシガシとかきむしる。


 「や、やめ……」


 「———私待っていたんだよ」


 彼女は延々と話し続ける。


 「世界がこんなふうになったから、きっと助けてくれるって……でも、来てくれなかった」


 「それは……」


 「———だから、こんなふうになっちゃったじゃない!」


 白目をむいてそう叫んだ彼女。

 頭皮がぼとりと落ちる。

 その姿は、ゾンビのそれのように食い散らかされた跡が体中にあった。


 「宗君も一緒にこうなろう? なってくれるよね?」


 「やめろ……く、くるな」

  

 逃げようにも逃げる場所がない。

 口を開けて近づいてくる真奈。

 

 「———止めろーっっ!」


 ——————。



 「………きて! 起きて! 宗田さん!」


 頼む。辞めてくれ。

 すまない、許してくれ!


 「——————っ!」


 「だ、大丈夫ですか? 宗田さんしっかり」


 えっ? あれ? 唯?

 俺に声をかけてくるその人物に目を向ける。


 「すごいうなされてて、心配で起こしちゃいました。ごめんなさい」


 ゆ、夢だったのか………。

 今も心臓の鼓動が激しく動いている。

 どうして今になってこんな夢をみたのやら。


 「あぁ、ありがとう。助かったよ……」


 って、朝?

 ゾンビになっていないのか?

 てかなんで唯が?


 「どうしてここに唯がいるんだ?」


 「あー、それは何となく……」


 バツが悪そうに視線を横に外す。


 「じーーーーー」


 斧も持たずに部屋にいる唯。

 もし、俺がゾンビになっていたらどうするのやら。


 「……心配……だったから」


 消え入りそうな声でそう言う。

 そう言われたら何も言えない。

 それに、夢と言えど助けてもらったもんな。


 「はぁー。まあ、なんだ……ありがとう」


 「ふふふ、どういたしまして」


 今度はそう、上機嫌に返事を返してきた。

いつも読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマークお待ちしております。


最後にまだまだ毎日更新は続きますので、ご報告させていただきます。

また、現在改稿中。

ストーリーにはまったく影響はありませんが、表現や描写がかなり変わっているかもしれません。

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