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これから

 「———っ! はぁっ!」


 呼吸が楽になり視界がクリアになり、冷えた体が再び熱を持ち息を吹き返した事を実感した。

 この感覚は――レベルアップ……だよな。

 状況を確認するためにゆっくりと体を起こすと、体の至る所で動くなと悲鳴を上げる。

 それを無視してゆっくりと立ち上がった俺は周囲の状況を確認した。


 「佐川……さん?」


 そこで真っ先視界に入り込んできたのは彼女だった。両膝を着き胸には何かを抱えた状態で肩を何度もしゃくり上げている。

 彼女が大切そうに抱えているそれが何なのかに気づくまでに数秒程時間がかかった。


 そうか止めは彼女が――


 体中が血と肉と蛆で汚れるがそれも気に止めていない様子で、泣きながら大切そうに抱きしめている。

 唯一の肉親を失う結果となってしまった。

 早く彼女の元に行かないと……。


 「――いつっ!」


 動き出そうとした時に右腕に鋭い痛みが走り、そこに目をやると食われた部分はそのまま……今も血を流して地面を濡らしていた。

 何でだ? レベルが上がったら傷は治るんじゃないのか?

 それならあの時はどうして治ったんだ?

 白い怪物と対峙した時の事を思い出す――てか、俺は一度死んだはずじゃ……?


 心臓を貫かれて――


 「――くっ!」


 頭が……


 「なん……だよ…………」


 何か大事な事を忘れているような気がするんだが……もう少しで思い出せそうで思い出せない。

 もどかしいが頭に走る激痛がそれの邪魔をする。


 ――記憶の封印。


 「あれ? 今何を考えてたんだ…………いや、そんな事より早く佐川さんの所に行かないと」


 回復した魔力でポーションを作り出すと、その緑色の液体を口に含む。

 酸味のあるそれを喉を鳴らし飲み込むと、体の内側がじんわりとしてくる。


 「完全には治らなかったか……」


 血は止まったが傷は塞がらない。だけど、体の節々の痛みは無くなり動くのには十分である。


 「——無事ですか!?」


 駆け寄ってきた唯は、顔に血の跡は残っていたがこれと言って他に支障があるようには見えず、息を吐き安堵する。


 「唯も無事でよかったよ。ただ、佐川さんが……」


 顔をそっちに向けると唯も彼女の方へと振り向く。


 「そっとしとく……訳には行かないみたいですね」


 地の底から現れる獣のようなそのうめき声は、静寂の街の中ではよく聞こえる。

 一体が吠えると、別の方からそれに呼応するように声が返ってくる。

 だんだんとその数を増し、集まり出したゾンビの数は一体や二体じゃきかなそうだ。


 「佐川さん、しっかりして」


 駆け寄り声をかける。


 「あっ、宗田さん……。お父さんとお母さん死んじゃいました……」


 焦点の合わない目でこっちを見た彼女は、愛おしそうにぐちゃぐちゃになった家族の頭を撫で回していた。

 どうみても正気には見えない彼女の姿に、強引に連れて行くべきかと唯に目配せする。


 「葵さん、ご両親は本当に残念でした。

 ただ、ここに居ては危険です。早く一緒に逃げましょう」


 事務的な言い方で、何も言えない俺の変わりに彼女に伝えてくれた。

 我に返ったように瞳に光が戻ると強くその頭を抱きしめる。

 離したくない、そんな気持ちを感じられたが徐々にその力が緩むとそっと地面に母親の頭を置いた。


 「……うっ……はい」


 差し伸べた唯の手を立ち上がる。

 

 「宗田さん、逃げましょう」


 ――回復モード起動。


 ――損傷した右腕の治療を開始します。


 ————。


 ——。








 「あー、俺の家が……」


 どうにかゾンビの大群を切り抜けた俺達は一旦自分の家へと帰って来たのだが……その惨状を見て悲痛な声を出してしまう。

 

 破壊された扉。

 散乱する食器。

 ボロボロの壁。

 部屋の窓は粉々。

 あのゾンビの皮膚も至る所にこびりついている。

 就職してからずっとお世話になっていた俺の家は無残にも人の住める状態ではなかった。

 そんな悲しげに佇む俺の肩をポンと唯が叩いて、目で元気を出してと訴えてきた。


 「あー……使えそうなの探そうか」


 食料やポーションの入ったペットボトルを回収する。

 服も持ってくか。


 「宗田さん、右腕が……」


 唯が俺の右腕を指差して驚いていた。


 「え?」


 自分の腕を確認する。

 

 「———どう言う事だ?」


 傷がない……いつの間に? どうして?ポーションの影響なのか?


 「唯、魔法をかけたか?」


 「いえ……何も」


 一応、治癒の魔法が使える彼女に聞いてみたが首を横に振って違うと言ってきた。

 佐川さんは……魔法は使えないもんな。

 黙々とリュックに必要な物を詰めている彼女はさっきから一言も発していない。

 自然に治ったにしては早すぎるし……いつ治ったのかも分からない。

 治った事に関しては悪いことじゃないのだけどどうにも腑に落ちないよな。


 「そう言えば……」 


 「どうしたんですか?」


 「逃げる時に何か聞こえたような気がしたんだよね……回復モードとか言ってたような…………。

 唯は何か聞こえなかった?」


 「いえ、特に何か聞こえたりはしませんでしたよ」


 気のせいだったのかな? 急いでたから何かの音がそう聞こえたのかもしれない。

 とりあえず声に関してはいいとして、この腕の事は分からないな……。

 とりあえず後回しにして、早く休める所を探そう。


 「よし、とりあえずこんなもんかな?」


 持てるだけリュックや鞄に詰め込むと、それのどれもがパンパンに膨れ上がっている。

 彼女達の持っている荷物も動揺で動きにくそうにしていた。

 ゾンビに見つからないで行動しないと不覚をとりそうだな……慎重に行動しなければ。

 俺は長年お世話になったこの部屋に別れを告げて外に出た。


 「ありがとうございました」


 もう戻って来る事はないだろうと、最後にチラリと部屋の方を見るともの寂しくなる。

 二人に聞こえないくらいの声量でお礼を言うと、本当に最後の別れをした。


 「二人とも、この状況で見つかるとまずいから慎重にね」

 

 頷き返事を返す二人を見て俺は歩きだした。

 それにしても考える事がたくさん出来たよな……。

 

 唯のあの魔法の件。

 佐川さんの精神状態。

 腕の傷が治ったこと。

 そして、ゾンビに噛まれた事で俺もそれに感染するのか。

 パッと思い着くだけでこれだけある。


 とりあえず今は早く次の拠点を見つけることが先決だろうと、一度胸の奥にそれを閉まってよさげな場所を探す事にした。


 「あー、ここなんてどうかな?」


 唯が立ち止まって指を指した民家は、築年数は比較的新しいが、何処にでもあるような二階建てよ家だった。

 特にメリットはないが、彼女が理由もなしにそう言うことは言わないはずだ。

 だからそれを信じて見ることにする。


 周りにもゾンビの気配もないし、入るなら今のうちか。

 鍵開いてたらいいのだが……。


 「そうだな。佐川さんもいい?」

 

 勝手に決めるのもどうかと思い、彼女にも声をかける。


 「はい……私はどこでも大丈夫です」


 いつもの間延びした言い方ではなく、普通なと言えば失礼だがそんな話し方で返事が返って来て承諾を貰えた。

 

 「鍵は開いてるな」


 荷物を置いて後はゾンビがいないかだけは見ておかないと。


 「……大丈夫です」


 「え? 何が?」


 「家の中をわざわざ見なくてもゾンビは居ないので……」


 「それはどういう——」


 そう聞き返そうとした時。


 「——後で話します。とりあえず中へ入りましょう」


 うなり声がすぐ近くで聞こえて、慌てて中へと入る。今の物音でばれてないかヒヤヒヤしたが、姿は見られてないし、静かにしていれば大丈夫だとは思う。


 「……お邪魔します」


 一応の挨拶をするが、当たり前と言うか返事は返ってくる訳はなかった。


 リビングに到着するなり荷物を床に置いて、座り込んだ。

 流石に疲れた。 


 この世界になって、死にかけたのは二度目。

 ただのゾンビだけが跋扈する世界かと思えば、それよりも恐ろしい奴らが居ると言う事が分かった。

 いろいろと聞きたい事、話したい事がたくさんあるが今日はそのどれもを後回しにしよう。

 彼女達も相当に疲れている様子で、へたり込むように座ってぐったりとしていた。

 そんな俺も今はただ休みたいのだが……でも、その前――


 「唯……これ渡しておくよ」


 「斧……。どうして…………いえ、分かりました。私が預かっておきます」


 俺がゾンビになった時は遠慮なくそれで殺してくれと、斧を渡した。

 

 「じゃあ、佐川さんのこと頼んだよ。俺はどこか開いている部屋で休むから……」


 今生の別れにならないことを願おう。

 傷は塞がったが……これがウイルスの類であれば傷の有無なんて関係ない。


 「それじゃあ、おやすみなさい。また、明日」


 「あぁ、おやすみ」


 俺は知らない民家の二階へ行くと適当な部屋へと入る。

 一応、聖水? みたいなの作って飲んでおこう。

 願わくば無事に明日を迎えられますように。

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