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首長3

 「イイイィぃィっっっ!!!」


 長い首を更に長く高く伸ばして勝利を確信した喜びに振るえるそいつは、歓喜の雄叫びを上げるように吠えている。

 噛まれた衝撃はここまで耐えた心をいとも簡単に砕く。呆然とそれを眺める俺の周囲からは急速に色が失われ、それが他人事のように感じられた。


 「――いたっ!」


 肉を食われた腕からは、今もじゅくじゅくと熱を帯びた赤い液体を流していた。

 世界は残酷である――定期的に繰り返す痛みに現実へと引き戻され、失われた色が元に戻る。 

 

 「…………嫌だ」


 嫌だ、嫌だ、嫌だ! まだ死にたくない――


 「でも……無理か」

 

 唯に佐川さん、ごめんな――先にリタイアさせてもらうよ。

 これまでに我慢していた事が込み上げて来ると、自然と頬を涙が伝って地面を濡らした。

 ――長いようで短い人生だった。


 父と母に妹は無事で生きてるのだろか? それに真奈も……

 職場のあいつ等も生きていればいいんだがな。

 あぁ――死にたくないよ…………。


 ――精神に異常を検知。


 つい最近までの平和な生活はどこに行ったのか。彼女にフラれて落ち込んでいた事が昔の事のように感じられる。

 不気味に首を振って奇声を上げているそいつに今から食われる俺は、全てを諦めた。

 

 ――精神安定剤の注入を開始……。


 ――脅威を確認――中止。


 ――戦闘モードへ切り替え、殲滅後、精神安定剤の注入を開始します。


 ――模倣「憤怒」


 ――対象……。


 ――急速な魔力収縮を感知。


 「———私、神崎 唯が命じる———不浄なる者の動きを止めてっ!」


 叫ぶように何かを唱える声と、こっちに向かってくる足音が聞こえた気がした。


 「———イギッ!」


 体を何かに引き寄せられる感覚と共に、暖かさを感じて我に返った。

 

 「宗田さん! しっかりしてください!」


 「……唯?」


 「そうです。唯です! 迎えにきました、だから早く立ってください!」


 俺は今まで何をしていたんだ? 

 泣きそうな表情の彼女は必死に立ち上がらせようと腕をぐいぐいと引っ張り続けていた。

 

 ――対象の精神安定を確認。


 ――殲滅モードの中止。


 ――肉体の再スキャンを開始。


 ――………………肉体への損傷を確認しました。


 ――戦闘終了後、回復モードへ移行。


 なんだ……? 頭の中で声が聞こえる?

 幻聴か?

 そう言えばあいつ等はどうなったんだ?

 

 「――って、これなんだ!?」


 視線を横で腕を引っ張る彼女から、正面に向けるとゾンビの顔が目の前にあった。

 口を開いて俺に噛みつこうとする格好で止まっている。

 まるで不気味な彫刻のように、微動だにせず固まっていた。

 背後に居る、父親のゾンビも同じように動かない。


 何が……起きた?

 さっき何か唯が言っていたような――これは彼女の仕業なのか?


 「さぁ、早く———うっ!」

 

 「唯っ!」


 「だ、大丈夫です。今のうちに逃げましょう!」


 目は赤く充血して鼻血を流している彼女はそれでも俺の腕を引っ張り、その場から離そうとしている。

 本人は大丈夫と言っていたが、無理をしていることは明白であった。


 こうなったのは俺のせい…………か?

 

 生きることを諦めたはずだったが、その死の淵から救い出そうと必死にもがく彼女。

 俺はその手をようやく受け取ると立ち上がった。


 「……唯……ごめんな」


 噛まれた腕が痛むがそんなのは気にしない。


 「……宗田さん……良かった」


 優しく彼女を抱き締めると、胸に顔をうずめる。

 汗と血の匂いが混ざったそれが彼女から漂ってくるが、それすらも愛おしく感じてしまう。

 いつまでもこうしていたかったが、彼女のあの様子からはかなりの負担がかかっている事は想像出来た。

 名残惜しいが、そっと離すと斧を拾ってその場から離れる事にした。


 「……ごめんなさい」


 申し訳なさそうに目を伏せる佐川さんは、頭を下げると肩を震えさせていた。

 今の状況が自分のせいと思っているんだよな……。

 確かに動きを止めたが――二体目を忘れていたのは完全に俺の落ち度。それに関しては彼女は悪くない。

 

 それに……自分の両親とこんな形で再開したのだ。

 咎められるわけがない。むしろ、それをこれから――殺さないといけないんだから。


 「こうなった事を気にしてるなら佐川さんのせいじゃないよ」


 「でも、怪我までして……私」


 「俺の方こそごめん」


 「――え?」


 佐川さんが顔に疑問を浮かべる。


 「これから……佐川さんの両親を殺さないといけないから」


 「あっ」っと小さく声を漏らしたかと思うと、顔をしかめてしまう。

 それに対して優しい言葉をかけようとしたが辞めた。これで同情してしまったら判断を間違えてしまいそうなのだ。


 「……分かりました。お父さんとお母さんをよろしくお願いします」


 こみ上げてくる何かを耐えるように胸の前でぎゅっと手を握り、下唇噛んで肩を振るわせている。


 「あぁ、任せろ」


 小さく頷いて短く返す。


 「——くっ!」


 「大丈夫か!?」


 膝を着いて崩れた唯は、呼吸も荒く手を肩に置くとかなりの熱を持っている。

 あの魔法がそれだけ体に負担をかけているのは明白だった。

 

 「だ……大丈夫…………です」


 辛うじて開いている瞳で俺を見ると、優しく微笑んでくれたが……閉じられた片方の目から止めどなく赤い液体が流れ落ちていた。

 尋常じゃない彼女の姿に、こんなになるまで魔法を行使させてしまった罪悪感と、そんな状況にした自分に対する怒りがこみ上げて来る。

  

 「今、ポーションを出すから待って——」


 「——私はいいから……宗田さん、あいつらを倒して……ください」


 ポーションを出そうとした左手をそっと下に下げてそれを拒絶する。

 限界は当に越えてそれを気力で耐えているのだろう、俺に添えられた手にはまったく力が入っていなかった。

 

 「すぐに決着をつけるから、二人は耳を塞いでいてくれ……」


 早く唯を解放しないと——奴らを倒すならあの魔法しかない。

 動きが止まっているこの隙に一気に決着を付ける——

 

 「——うっ!」


 体がふらつき力が上手く入らない、だけどここで倒れたら全てを託してくれた唯に顔向けできない。

 きっと俺よりも彼女の方が辛いはずだ……だからここで負けるわけにはいかない!

 

 「これで……終わりにしよう」


 歯を食いしばって倒れないように踏ん張る。


 ———イメージはライフル。


 あの屋上で実験した時のように。


 ———鋼鉄の戦車を貫く黒き玉。

 

 だけどその時より濃密にイメージする。


 ———如何なる物も貫き破壊する。


 「———そ、宗田さん! 逃げてください! 動き出します!」


 奴らに時間が戻ったようだ。

 だけどもう遅い。


 ———対戦車用ライフル。


 静かにそのトリガーを引いた。

 

 「———あぐっ!」


 夜の街へと響く轟音——そして俺から音が消えた。


 一条の赤い光が夜の街を照らしそれが閃光となり二体のゾンビへと吸い込まれる。

 

 銃弾とは思えない破壊の痕跡——体が、腕が、足が……四方に飛び散り宙を舞う。

 だが、狙いにくいか頭ではなく胴体を狙った事は失敗だった。


 「……これでも生きてるのかよ」


 首だけとなったそのゾンビだったが、それでも生命活動を止めなかった。それどころか、不格好な蛇のようにこちらに向かってくる。

 

 「今度こそ止めだ……ぐっ」


 動けよ! もう少しなんだ! 言う事を聞け!

 だけど体には力が入らない、それどころか意識が遠のき視界も靄が掛かったように掠れ始めた。

 なんで……だよ。もう少しなのに。せめて体が動けば斧で倒せたのに……。

 

 すると不意に誰かの気配を感じて視線だけを向けると、その蛇のようになったゾンビに向かって歩いて向かっていく誰かの姿が見える。

 唯……じゃない。なら、佐川さん?

 手に何か持っているが恐らくは斧だろうか?

 飛び跳ねるようにして動くそのゾンビの顔を踏みつけると彼女はそれを振り下ろした。


 何度も何度もそれを振り下ろす。

 そうして母親のゾンビが動きを止める父親のゾンビにも同じように斧を振り下ろし止めをさした。

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