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首長

 「———やばいっ!」


 そう思った時には遅かった。


 ———バンッ! バンバンッ!


 扉を何度も叩く音が聞こえる。

 その音は止まる所か激しさを増す。

 そうして次の瞬間には―――


 「———いひひっ!」


 一際大きな音と共に扉が破壊されそいつが侵入しようとしてきた。

 二メートル近い首、それが引っかかり中に上手く入って来れない。


 「ああああああああーーーー! ジャマ、ジャマジャマジャマジャマ」


 苛立ったような声を上げると首を激しく左右に振り出した。 

 振り子のようになった首は廊下の狭い空間で小刻みに揺れる。

 ガンガンとその頭を壁にぶつけて八つ当たりをし、それらを破壊する。

 まるで首の長い恐竜のそれ―――ただし、肉食。

 暴れるそいつの異様な光景に身動き一つできずそれを見ているしかなかった。


 するとずっと怯えていた佐川さんが驚いた事を口走った。

 

 「……お母さん…………?」


 えっ? まさか?

 このゾンビが?

 

 「嘘だよね……そのネックレス私があげた……奴だよね?」


 呆然とする佐川さん。

 そして、その場にへたり込んだ。

 ―――まずい!


 「いだだぎまーずー」


 しゃがみこんだ首の長いゾンビは佐川さんに食らいつこうとする。


 「———危ないっ!」


 迫る顔。それに向かって蹴りを放つ。


 「———硬い」


 軌道をそらす事はできたが、ダメージらしい物を与える事は出来なかった。

 

 「佐川さん立って」


 グイっとその腕を引っ張るが中々立ち上がろうとしない。

 まさか、あの首を吊っていた人が佐川さんの両親?

 どうしてこの世界はこんなにも救いがないのか。


 絶望が絶望を生む世界。

 かつての平和だったそれは遥か昔。

 今は終わりが身近になってしまった。

 そうして絶望の沼にどっぷりと浸かってしまった佐川 葵。

 それから抜け出せずどんどんと沈んでいく。

 

 「なんで……お母さん……どうして」


 青く染まる顔。

 赤くぷっくりとしていた唇は凍えたように青く染まっていた。

 

 こんな形で出会う事になるとはだれが想像できたか。

 いや、こんな世界だからこそ覚悟をする必要がある。

 でも、ゾンビが蔓延る世界になって一か月は経過していたはずだ……それまで家に帰っていないのか?

 確かにあそこはゾンビの数が異常だったからな。

 戻れなかったが正しいのだろう。

 ただ、その悲惨な出来事に胸が痛むが、それを慰める時間は無い。

 

 「———早く立ってください!」


 俺が行動に移そうとした時、それよりも早く唯が動いた。

 無理矢理腕を引っ張り上げ佐川さんを立ち上がらせた。


 「感傷に浸るのは後にして、あなたがそうしていると私も宗田さんも危険なの!」


 そう言って唯は佐川さんを無理矢理、後ろに下がらせる。


 「すまん、助かった」


 そう唯に伝えると、俺は魔法の準備をする。

 乱暴だったと思うが今のこの状況はしょうがないだろう。

 一刻を争う時だ。

 

 指先を奴に向け魔力を込める。

 揺れる顔は狙いずらいが体ならば……。


 「———くらえっ!」


 炎弾を放つ。

 それは首の長いゾンビの胴体を捉えると体ごと大きく後ろへと弾き返した。

 勢いのついたその体は、二階の通路の手すりを乗り越えてそのまま下へと落下する。

 

 今ので仕留められ………る訳ない。

 体に当たった時弾け飛んだ所は見えたがそれだけである。

 通常ゾンビには十分だが、こう言う変異種にはあまり効果が無いようだ。

 だが逃げるには今がチャンスだ。


 「今のうちに外に出るぞっ!」


 二人にそう合図を送る。

 すると背後からガラスが割れた音が聞こえた。

 

 さっき落ちた奴か? 

 いや、それにしては早すぎる。

 もう一体の首の長いゾンビか?

 

 だが確認している暇はない。

 何かが侵入してこようとしていたが、俺達は振り返らず外に出た。


 無事に道路へと出る事が出来た俺達。

 さっきガラスを割ったもう一体のゾンビは部屋の中へと侵入しようとしている姿が見えた。

 だが、首がつっかえて身動きが取れなくなっている。

 伸びた首の先端で手足だけをバタバタしている。

 首だけで全身の体重を支えている。

 普通の人間なら苦しくて身動きなんて取れないだろうに。

 一度死んだそいつには関係ないようだ。

 

 ……今チャンスじゃないか?

 効果があるか分からないが、魔法で狙い撃ちにしてみようか。

 もう一度炎弾を放とうとした。


 「———危ないっ!」


 唯が叫んだ。

 咄嗟にそっちを見るともう一体の方が俺のすぐ傍まで迫っていた。


 「———くっ!」


 慌ててそいつに照準を合わせて放つ。

 上手い事、顔に直撃はしたが顔を大きくのけぞらせる位の効果しかなかった。

 ただ、体と首の長さがアンバランス過ぎて体ごとよろける。

 大きい隙を作る事が出来たが、決定打を打つことがきない。


 そうこうしていると、ドスンと大きな音が。

 さっきまで、俺の部屋へと侵入しようとしていた方が下へと落下した。

 立ち上がる事もかなり困難なようだ。

 変異したはいいが失敗作みたいだな。


 これなら逃げ切れるかもしれない。

 二体に挟まれた俺達、一度は死を覚悟したがその動きの鈍さから希望が見えた気がした。

 そう思ったが、その考えはすぐに打ち破られる。


 「———逃げるぞっ!」


 「は、はいっ!」


 俺達は奴らと大きく距離を取る。

 きっとこの音に気付いた他のゾンビ達も集まってくるだろう。早くこの場から逃げないと。

 そうして走って逃げる。


 ——————ここまで来れば大丈夫か?

 

 大きく距離を引き剥がす。

 道路を一直線に走る。ただ、二人に合わせて走ったため全力は出していない。

 二人に先に行けと言うと、俺は一旦足を止めた。

 様子だけでも見るか。

 そう思い片目に水の魔法でレンズを作ってそいつらの姿を視界に捉える。


 「———な、何してるんだ……?」


 その異様な光景そう言葉を漏らす。

 二人の首の長いゾンビ。

 その首を上下に小刻みに揺らしている。まるで、鶏が餌を突いているような。

 だが、その揺れがドンドン大きくなる。

 もちろんそんな事をしていたらバランスを崩して倒れるだけだ。

 だが、そんなのもお構いなしにブンブンと激しく振っている。


 「えっ———」


 そう変な声が漏れてしまった。

 ドンっと遠くで音が聞こえる。

 そう、それはあの二体のゾンビが道路へ顔を叩きつけたのである。

 だが、ただそうした訳ではない。

 その反動を利用して大きく飛んだ。

 

 それこそ、棒高跳び選手のように大きく跳躍する。

 そうして、綺麗に地面へと着地すると更にその反動を利用してこっちへと向かってきた。

 ———すぐに追いつかれる。

 奇妙な移動法ではあるが、着実に俺達との距離を詰めている。

 

 俺は急いで彼女達の元へと向かった。


 ———————————————。


 「葵さん、危ないっ!」


 「———っ!」


 神崎 唯は迫るゾンビから佐川 葵を引き剥がした。

 逃げる途中で集まって来たゾンビに襲われたのである。

 無理矢理引き剥がした事で服の一部が破けてしまったがそれは勘弁して欲しい。


 あの、首の長いゾンビがまさか彼女の両親だと思いもしなかった唯。

 だからってあの時呆けていた彼女に少し腹が立った。

 今も少しばかり思うところがあるが、感情に振り回されるわけにいかないとグッとそれを飲み込んだ。


 「———はぁっ!」


 サバイバルナイフはどうにもゾンビ相手には向いていない。

 生きた生物には効果的かもしれないが、やっぱりこう言う相手は鈍器がいいなと考えた。

 あの、斎藤 宗田が居なかった一か月ゾンビを狩っていた時に思った事だ。

 だからと言って今はサバイバルナイフのそれしかない。

 ナイフが通用しないからと、己の肉体を武器にして胴体へと蹴りを放った。


 その威力は驚愕に値する。

 宗田のそれをも凌駕する破壊力。

 普通なら女性が蹴っても少しのけぞるくらいだろうが、唯の蹴りは一味も二味も違った。

 胴体をぶち抜き内臓をまき散らせる。

 上と下が泣き別れとなったゾンビ。

 それでも強靭な生命力でまだ命の糸は途切れていない。どうにかして這いつくばって噛みつこうとするが、唯は無情にもその頭を踏み潰した。


 「ゆ、唯ちゃん………今の?」


 「あ、葵さん、これは宗田さんに黙っててくださいね?」


 口元は笑っているが、目が全く笑っていない。

 葵はその姿を見て、威圧されると無言で何度も首を縦に振った。


 地道なレベル上げは唯の得意とするところ。

 これはゲーマーとして培った能力の一つだ。

 宗田以上のゲーム好き。

 だが、彼女がゲームにここまで熱狂していると言うことは誰もしらない。

 知っててもゲームが好き、レベルで止まっている。


 彼女に取って一か月―――レベルを上げるには十分過ぎる時間だ。

 今の彼女のレベルは如何ほどか?

 恐らく宗田のそれを越えているだろう。

 

 そうして襲い来るゾンビを次々に撃退する唯は、頬を赤く濡らし宗田が来るのを待っているのだった。

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