休憩時々……
さっきは危なかった。
見知らぬ民家に身を隠して安堵の息を漏らす。
そうして組みふされた時の事をを思い出した。
「いたたたっ」
すると、肩に鋭い痛みを感じ俺は服を脱ぐ。
痛くならないように顔だけを動かしそれを確認すると。
青紫色に変色した皮膚。
それは人の手の形になっていた。
それだけの力で掴まれたって事か……。
俺を掴んだゾンビ、レベルアップした今で振り払うのがやっとだった。
もし、レベルアップしていなければと思うと……。
ゾワリと背筋に寒気を感じる。
獲物を逃がさないとする執念。
改めてゾンビの危険差を感じる。
動きは緩慢だが掴まれたらやばいな……。
痛む肩に気を使いながら服を着直す。
「あー、食料どうしよう……」
なんか、一気に疲れた。
肉体疲労よりは精神疲労が襲う。
今日だけで二度も死にそうになっていし。
あのマンションの屋上の件しかり、ここ最近は厄年とも言わんばかりに濃厚な時間を過ごしている気がする。
壁に寄りかかるように座って休憩する。
しばらく何も考えずぼーっとしていた。
そうして、暇を持て余した俺は部屋の中を観察してみる。
薄暗い家の中。
荒らされた形跡は特になく、そのうちこの家の住民が戻って来るのではないだろうかと思えるくくらい普通の状態を保っている。
しいて言えば侵入するのに俺が割ったガラスが散らばってるくらいか。
大丈夫だと思うが、一応家の中を確認しとくかて……。
俺は思い腰を持ち上げて立ち上がった。
「———一階は大丈夫だな」
下の階を一通り見まわったがゾンビが居た形跡はない。
二階も一応見ようとしたが辞めた。
少し休んだら出ていくつもりである。ならば、危険を犯す必要はないだろう。
俺は畳の敷いてある和室で休憩を取ることにする。
「落ち着く匂いだ」
畳から漂う優しい匂いに心が落ち着く。
さっきまでの事が嘘のようだ。
胡座をかいて座る俺は不意にガラスを割った時の事を思い出した。
「さっきのガラスを割った音で集まってこないだろうな?」
音でゾンビが来ないだろうか?
出来る限り音を立てないように割ったがそれが不安だ。
耳を立てて音に集中するが、物音一つしない。
大丈夫みたいだな。
そうして俺は一旦警戒を解く。
―――静かな部屋の中。
俺は水を一口飲むとただぼーっと天井を眺めている。
特に何かを考えるでもなく、ただ何も考えずに茶色い木で出来た天井の木目を見ている。
そして、また一口水の飲んで大きく息を吐きだした。
夏の暑い空気。
それよりも更に熱のこもった息を外に出す。
汗でピッタリとくっついた服が冷たくて気持ち悪い。
すぐにでもこの汗を流したいと思ったがぐっとそれを堪える。
すると。
———ぼとっ………。
上の階から何か物音が聞こえた。
俺は即座に身構える。
ゾンビが居るのか?
どうする? 確認するか?
この家からすぐにでも出ていけばいいのだろうがその物音が気になった。
もしかしたら生存者かもしれない……。
ゆっくりと二階への階段を上がる。
木で出来た階段。一段登る事にギィッと音が鳴る。
二階へ到着して異常がないか確認するが、特に問題はない。
左に扉が一つ、更にそれを奥に行くと扉が二つある。
どこから確認するべきか……。
そう悩んで、俺は近くの扉から順番に開けて中を確認する事にした。
「ここは子供の部屋か?」
男の子かな?
男が好きそうなプラモデルやゲーム機が置いてある。
ぐるりと目を動かして中を見たが特に何もなかった。
じゃあ、次だ。
そうして次の部屋も確認するが特に何もない。
と言うことは……。
そして最後の部屋。
ここに何かがある。
ゆっくりとドアノブに手をかけると、慎重に扉を開ける。
———ギィッ……。
扉が鳴る。
半分だけ開けて、顔だけを中に入れて確認すると―――。
「———うっ! こ、これは……おぇぇぇぇっ」
悪臭が鼻を漂う。
だがそれで吐いた訳ではない。
悪臭はゾンビで慣れた。
じゃぁ、何で吐いたかだが……。
部屋の中は壁一面が血だらけ、そして小さな人型の物体が壁に寄りかかって座るように事切れている。
それは、原型をほとんどとどめていないくらいボロボロで腐っていた。
そして、床に落ちている人間。
更に天井に、首にロープを巻いて吊り下げられているもう一人の人間だったものがいた。
その姿が真っ先に視界に入ってきたのである。
「———くそっ!」
何の因果か日常が急に壊されてしまった。
その現実に自分で命を絶つ事を選んだのであろう。
そうして首を吊りこの世界から脱出したのだ。
そして、吐いた原因だが。
ゾンビはもう慣れた。
見た目も臭いも、少し顔をしかめるくらいで済む。
だが、こうも人間の死体……ゾンビ以外の死体を見たのは初めてだ。
そして奪われた日常。
耐えれなかった心。
それを強く感じてしまい、吐き気に変わった。
「うぐ……酷い……な」
どうにか吐き気を耐える。
そして、もう一度それを見た。
今度は吐かない……。
ずっと吊るされていた事で首が伸びきった死体。
「このままだと、可哀相だな……」
吐き気に耐えて吊るされている男であろう死体を下ろす事にする。
全身が腐りボロボロ、蛆や蝿が大量にたかっているが気にしない。
一刻も早く下ろして楽にしてあげたいと思った。
吐き出しそうなのを堪えてロープを家から持ってきた包丁で切る。
ぼとりと音を立てて地面にそれは落ちた。
その瞬間に集まっていたハエが一斉に飛び立ち、破けた皮膚からは蛆が這いだしてくる。
こっちに向かってきたハエを手で払う。
少々乱暴だったが勘弁して欲しい。
「はぁ、どうしてこんな世界になったんだ……」
俺は一人そう愚痴る。
少し前まではこんな事はなかった。
決して裕福ではなかったが、普通に生活する分には食にもお金にも困ってはいないし……。
それに、娯楽や友人との付き合い仕事もしていた。
もちろん嫌な事はあったが、「死」とはかけ離れた生活をしていたはずである……。
だが、今はどうだ?
遂、こないだは変な化け物に殺されかけ。
さっきはゾンビの集団に襲われた。
もう、辞めてくれ……。
「もう、行こう……」
俺はその場に居る事が耐えれなくなり、三人の死体に背を向けた―――
「———あぎゃっぎゃっぎゃぎゃっ」
そう声が聞こえた瞬間に後ろを振り向いた。
まさか、ゾンビに噛まれていたのか?
慌てて後ろを振り返る。
ゆらゆらと立ち上がる、二体の人間だったもの。
長く伸びた首がぶらぶらと、猫じゃらしが風に揺れるように揺れている。
その先端には酷くボロボロな顔。
腐って目や唇が溶けて酷い有り様だ。
腐り肉が落ち、骨が見え隠れする頬がゆっくりと動いた。
ニタァ。
確かにそいつはそう笑ったのである。
伸びた首が項垂れて、バランスが取りずらそうにしている。
すると突然、激しくバタバタと体全体を揺らす。
それに合わせてどんどんと伸びる首。
それは異様な光景だった。
ただのゾンビじゃない。
俺はそれを直感で感じると、背中に寒気を感じる。
するとピタリと動きを止めたそいつら、背中までのけぞった首を胸の方に持って来る。
ゆっくりと首を俺の方に伸ばすと品定めするように上から下に、下から上にと首を動かして俺を見る。
「ウマソ……ウ」
硬直して動けない俺。
目と鼻の先にある腐った顔。
黒く穴の開いた目。そこには溶け落ちた眼球。
見えるはずのない目はしっかりと俺を見てそう呟いたのだ。
「———ッ!」
不意に我に返った俺は急いで後ろに飛びのくと扉を勢いよく閉めた。
あのゾンビはやばい。
頭がそう警告音を鳴らす。
早く逃げろ、そう訴えかけて来た。
「外に———」
玄関へと到着した俺。
鍵を開けて扉を開けようとした時だった。
上の階から何かを破壊する音が聞こえてきた。
間違いなくあのゾンビが扉を破壊したのだろう。
俺は鍵を開けると急いで外に出た。
白い怪物に首の長いゾンビ。
どうしてこうも当たりを引くのだろうか?
自分の不運加減にうんざりするな。
薄暗い家の中から照り付ける太陽の下に出ると少し落ち着く。
だが、あの異様な光景が目から離れない。
体をなんども震わせて、変化を遂げるその姿。
二メートル程に伸びた首。
そして、扉を破壊するくらいの力。
さっきまで相手をしていたゾンビとは違うそいつ。
こんな事なら見に行くべきじゃなかった。
俺は全力でその場から駆け出す。
道すがらにゾンビが俺を見つけるが、それを捉える事は出来ない。
今は奴からできる限り距離を取りたい。
あんなに不釣り合いな恰好なんだだから動きは鈍いはず。
レベルアップで得た脚力生かし、車のような速度でその場から逃げた。
いつも読んでくださりありがとうございます。
今後ともよろしくお願い致します。