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生存者

 「———ガガッ!」


 脳天を一突きに、小刻みに痙攣しながら崩れるゾンビ。

 噛まれたら最後、こいつらの仲間入りを果たしてしまう戦い。

 俺は神経を張り巡らせて一体一体を確実に葬る。


 「にしても多いな」


 炎天下の真下でそう呟く。

 どうにかマンションから脱出を果たした俺は、急いでその場から離れた。

 だが、あの集まってきた集団程ではないがこの辺のゾンビの数が異常に多い。


 少し遠くに視線を送るだけで蠢く人の影。

 風に運ばれる悪臭。

 ここは完全にゾンビに支配されていた。


 自宅までそこまで遠くはないがこうも景色が違う。

 今だからこうしてゾンビを相手に出来るが、世界が変わった当時にこれだけゾンビが多ければ——

 ——食料が無くなって死ぬか、ゾンビに食われる、のどちらかだと思う。

 ある意味では立地条件は良かったんだな。

 初日に目の前で人が食われた程度で済んだし……ここはゾンビもそれの死体もその辺に転がっている。

 もしかしたら死んだふりをしているゾンビかもしれないし近づかないようにはしているが、やはりこの辺に生存者でも居るのだろうか?

 自宅とは違う光景に辺りを観察しながら先に進んでいる時だった。


 「———あっ! く、来るなーっ!」


 ——人!? 生存者か!?

 誰かが襲われているのか、その叫び声には切羽詰まった物が込められていた。 

 助けに行かないと——

 その声のする方へと急ぐ。

 

 「や、辞めろっ! あーが、イダイッッッ!」


 が間に合わなかったか……。

 痛烈な叫び声。

 駐車時の中心で何かをもさぼり食うゾンビの姿。


 「だ、だれがーっ! た、た、助けて!」


 それでもすぐには死ねない男性は苦しみ藻掻いている。

 少し離れた場所から身を隠してその様子を伺うが、その男性の回りは血の海。

 そして内臓を掻きだされてそれにゾンビが群がり、かぶり付いている。 

 二十四時間営業をしているドラックストアの駐車場で広げられる惨劇に、悲痛な男の叫び声。

 あの状態で今から助けだした所で……死ぬのが伸びるだけ。

 

 今にも飛び出したくなる衝動に駆られるが、それを必死に堪える。

 見捨てる——そう決断したんだ。

 だけど……。

 ——それがこんなにもつらい物なのか。

 黙って見ず知らずの男の死を直視する。

 自然と頬を伝わり汗が流れるように涙が流れた。

 早くあの行為が終わってくれ……早く死んでくれ。

 こんなにもつらい光景は見ていたくないんだ。

  

 そうしている間も次々にゾンビがその男に覆いかぶさるように食らいつく。

 激しく顔を左右に振って肉を食いちぎり貪り食うそいつらの食欲は計り知れない。

 だが、まだ男は生きていたる。すると一体のゾンビがこっちを向いた。

 腸のように長い肉片を咥えてぐちゃぐちゃと口を動かしている。


 「———やばっ!」


 すぐに身を潜めたがばれたか?


 「見つかった……か?」


 恐る恐る顔だけ出して様子を確認したが、そいつは普通に食事を再開しているだけでこっちには気づいた様子はなかった。

 

 「はー、危なかったな……だけど……」


 結局その男は死んでいた。

 手は死はぐったりと、あんなに激しく暴れていたそれが今は人形のように項垂れて微動だにしない。

 なすがまま咀嚼される餌となった男を見て呼吸が出来なくなる程に心が締め付けられる——俺が見捨てた。

 肩にその罪とも言える重罪がのしかかって来る。

 だけど——死んでくれて良かった、これ以上あの光景を見ずに済んだ、とそう思う自分に嫌悪感を感じるが結局は——である。

 でも、だってっと言い訳をつらつらと頭の中で思い浮かべるがたいして慰めにもならない。

 より自分の罪悪感を悪化させるだけだった。


 「あぐあああああ! ががあああっ!」


 するとすぐ近くからゾンビの唸り声が聞こえる。

 いつの間に!? 完全に油断したと身構える。

 

 「———なんっ!?」


 予想外な事にそれは車の中から聞こえてきた。

 誰も乗っていないと思われたその車内には持ち主だったと思われるゾンビが潜んでいたようである。

 だけど、この状況は拙い。

 激しくドアのガラスを叩く音に他のゾンビが反応し始めた。

 静かな街にはよく響く音。

 このままでは連鎖式に集まってマンションの二の舞になってしまう。


 手が指が折れようがお構いなしに叩き続ける女のゾンビ。

 ガラス越しに血ぬらりとこびりつく。

 激しく打ち鳴らす姿は檻に入った動物のよう、口を開きガラス越しに噛みつこうとする姿は哀れにも見える。

 喉の奥の鈴が丸見えになろうが、歯が折れようがお構いなし。

 食欲——その一点だけに支配された獣は変な方向に曲がった腕でもお構いなしに叩き続けている。


 ———ぐしゃ


 その悲惨な光景を呆然と眺めていると酷く不快な音が聞こえて来た。

 叩く力に耐えれなかった腕が完全に折れて、今は皮一枚で繋がっている。

 しまいにはそれでも辞めようとせず、千切れかけた腕は完全に落ちた。

 剝き出しになった白い骨と肉の内側、赤い血管のような神経がぶら下がっている。

 それでも辞めようとしないゾンビの執念は凄まじく鬼気迫る物を感じるレベルだ。


 人間の三大欲求の一つに囚われた人間。

 それを解放してやるべきかと思い行動に移そうとした時——


 「——あぐぐっあぁぁぁ!」


 「——くっ!」


 覆いかぶさるように抱き着いてきたゾンビにバランスを崩して背中から倒れ込む。


 「——かはっ!」


 肺の空気が押し出され呼吸が止まる。

 息を吸うおうとしたが口がパクパクと動くばかりで求めていた物を得られなかった。

 覆いかぶさるように襲い掛かって来たゾンビは、胸の上で食らいつこうと歯を鳴らしながら暴れ回る。

 それをどうにか手で押しのけようとするが、肩を掴んだその手を引き離す事が出来なかった。


 なんて馬鹿力してんだよ。

 そう心で文句を言うが状況が改善されることはなく、息苦しさが限界に近づき力が入らなくなって来た。

 

 「———あがっ!」


 吠えるゾンビの頭を抑え込むがこの状況を打破する事ができない。


 「——っ! あぐっ——! はぁはぁっ! やっと息が——この! 離れろよっ!」


 やっと呼吸が出来た。水を得た魚のように口で息を吸い込む。

 目の前のゾンビの悪臭も口に入り込み、その腐った味がしているようで気持ち悪かったがそれ処ではない。

 このままだとさっきの男の二の舞に……。

 

 それだけは絶対に嫌だ! 


 押しのけるその手に魔力を込める。

 

 「ぐるあっ! ががあっ!」


 そうしている間にも食らいつこうと必死に暴れるゾンビ。

 顔に唾液なのか血液なのか分からない液体が付着し更に強烈な臭いが立ち込める。

 目が開けられない程の激臭を耐えて、涙目になりながら魔法の準備に取り掛かった。


 「———さっさと離れろっ!」


 イメージはスタンガンだっ! 手に込めた魔力を解放した。

 感電したゾンビは誤作動を起こしたロボットのようなおかしな動きをすると大きく仰け反る。

 背骨が折れるんじゃないかと思えるくらい後ろに反ったそいつを手で掴んで横に放り投げる。

 地面でピクピクと痙攣して上手く動けないさまは打ち上げられた魚。

 

 自分も感電すると思ったが特にその心配は杞憂に終わったようで助かった。

 対戦車用ライフルでは鼓膜が破れる結果になったが、この雷の魔法は俺には何の影響も与えない。

 その定義が分からないな……。


 っと、考えは後回しだ。

 そいつの頭を踏みつけようとするが。


 「———やばいっ!」


 違うゾンビも近くまで迫っていた。

 眉間に一突きロープ止めを突き刺して撃退する。


 「——くそ!」


 だが脳を破壊するまでには行かなかったのか、よろけるだけですぐに体勢を立て直してこっちに向かってくる。

 なんなんだよ……。

 濃密過ぎる一日に心の中で頭を抱えた。


 厄日だ。

 

 ロープ止めは……諦めるしかないな。

 車を囲うようにぞろぞろと集まって来たゾンビ達を見てそう判断する。

 急いで車の上を駆け上り、ゾンビの頭上を越えると一目散に走り出した。


 今のは本当に危なかったな。

 ゾンビくらいならと油断したつもりはないが、少しでも油断すればあいつらの仲間入りとなるだろう。


 そう言えばさっき食われた人間は?

 ちらりと走り去る時に確認したが姿は無くなっている。

 もうゾンビになったのか?

 

 あの蠢く集団のどこかに居たのだろうか?

 確かめるつもりはないが、ああだけはなりたくない。

 そう思うばかりだ。

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