デート再び
「——暑いっ!」
太陽に吠える唯は、衰弱していた時の事を微塵も感じさせない。ポーション万能過ぎないか? だけど、唯の言う通り今日は本当に暑い。灼熱と言っても差し支えないだろう。
ギンギンに照らす太陽は、俺達をこんがり焼いて食べるのではないかと思えるくらい、地表を焼き尽くす。
「あっ! どうしよう……」
「どうしたんだ?」
横を歩いていた唯は慌てた様子で立ち止まった。
「日焼け止め……忘れた」
「え?」
「日焼け止めですよ。シミが出来ちゃう……うぅ」
何が起きたのかと思えば……。いや、女性にとっては一大事か。
「戻る?」
「いえ、大丈夫です。忘れた私が悪いですし……こんな状況なので今は一刻も早く食料を探しましょう」
「オッケー。なら、このま……ま」
と言葉を言いかけたが、最後の方はもごもごと口ごもってしまう。目が……死んでる。精気なく死んだ魚のように虚ろで、俺を見つめ返してくる。
「行きましょう」
悲壮感漂う彼女はぼそりと呟き、一人で歩き始めてしまった。がっくりと肩を落とし、元気がないのは明らか。俺は苦笑いを浮かべ、彼女の後を追いかけた。
「本当に暑いね」
「そうですねー」
「喉乾かない?」
「そうですねー」
そこまで日焼け止めって重要なんだと改めて認識する。
「少し焼けた人の方が健康的でいいのにな」
「えっ? 今なんて?」
やばっ! 心の声が漏れた。ぐいっと迫る彼女は爛々と輝く目で俺を見つめてくる。
「あー、いやー……なに、日に焼けた人の方が健康的でいいなって思うんだよね」
「本当ですか!? なら、バッチリ肌を焼きますね。こんがりと焼くんで待っててください」
突然、元気になった彼女に驚く。半袖のTシャツを肩まで捲り、今度は肌を焼こうとしている。
「えっ? なに? どうしたの?」
彼女の変貌ぶりに呆気に取られていると。
「宗田さん! 行きますよー」
さっきまでの落ち込みは何処へ行ったのやら、今はきびきびと歩き出し、俺を置いて行ってしまう。
まあ、元気になったならそれでいいかな。さてと……問題は食料が何処にあるかだ。コンビニににでも行ってみるか。近場にあるのは……「セブンブン」かな。
距離にして歩いて五分くらいの道のり。近いと言う理由と、コンビニであれば規模も小さくゾンビが潜んでいる可能性も少ないはず。駐車場も見晴らしもいいし、もし何かあってもすぐに逃げられるため、試しに行ってみる事にした。ただ、問題があるとすればホームセンターや駅があった方角。あの辺は何故かゾンビが多い。警戒しながら近づかないとまずいかもしれない。
――――
「着いた……暑すぎる。せっかくお風呂に入ったのに汗臭いよ」
慎重に行動したため、倍以上の時間をかけてコンビニに到着した。太陽の真下にいた俺達は汗だくである。駐車場には乗り捨てられた車が一大事放置され、俺達はそこから店内にゾンビが居ないか中を覗いている。
「大丈夫そうだね。行こうか」
「えっ? あ、はい」
絶対に見てなかったな。見ると自分の汗の臭いが気になるのか、少し俺から距離を置いた。見ると、Tシャツは水でも被ったように濡れ、その中が透けている。
だけど、汗臭いのは俺も一緒だ。あまりそう言う事に気を取られ、ゾンビに不意を疲れれば本末転倒。そろそろ釘を刺しておこう。
「唯、気になるのは分かるけど、あんまり油断しないでね。それと、俺から出来る限り離れないこと」
「はい! ピッタリくっつきます!」
ビシッと敬礼すると俺の後を追いかけてくる。
本当に分かっているのか? それともわざとそうしているのか? 彼女が元気なのは嬉しい事だが、テンションがどうにもおかしいのはポーションの影響だろうか。
「だいぶ酷い有り様だな」
「本当ですね……。何か食料が残ってればいいんだけど」
既に荒らされた後なのか、ガラスが割られ商品棚も全て倒れていた。ここも暴徒となった人間の餌食になったのだと思う。
「足、怪我しないように気をつけて」
床を見ると、空になったペットボトルが落ちていた。――『おいおいお茶 伊藤』
「あっ、これ」
思わず手に取ってそれを見ると、こうなる前にこのコンビニに立ち寄ってお茶を買った事を思い出した。
こうなる少し前に会話をした事を思い出す。それだけじゃない、友達や自分の家族だって無事なのか心配だ。本音は今すぐに駆け付けたい。だけど、この状況で下手に動くのは無謀過ぎるのだ。もう少し、準備を整えないと。
「みんな無事だといいな」
「……そうですね」
彼女が弱々しく反応する。
「山田さんは……大丈夫だったかな」
よくゴミを捨てる時に話しかけてくれた人の良さそうなおばちゃん。いつもニコニコと柔和な表情をして俺にお菓子だったり、息子さんの話をしてくれた旦那も単身赴任、一人息子は巣立ってしまい家には彼女が一人と聞いている。話している時は楽しそうにしてくれた彼女も、会話が終わって立ち去るその後ろ姿はこじんまりとして、物寂しそうに俺は感じていた。無事で居てほしい。
「さっ、早く探して家に帰ろう」
物思いに耽っていても始まらない。今は一刻も早く食料を見つける事が重要。我が家には食べる物が何もないんだ。自分達の生活基盤を整えない事には人探しも何もないだろう。
「うーん」
足を一歩踏み出すと、じゃりじゃりと音が鳴る。ゾンビに見つからないようにしている俺達としては、冷や汗が出る思いだ。手早く探しは、周囲を確認する。その行為は思った以上に体力を奪っていく。
ただ、目につくのは腐ったパンやドロドロに溶けたアイスに袋から飛び出た、元は冷凍食品だった物。缶詰めの類が少し転がっているが、食べれるのと言えばそれくらいしかないだろう。
後は蓋の開いていない飲み物くらいかな。あまり、収穫はないが何もないよりはいいだろう。
缶詰めを一つ手に取り、リュックに詰める。
「臭いよー。目に染みて痛いよ」
唯が弱音を吐くが、彼女の気持ちも十分に分かる。様々な食べ物が放置され、この夏の暑さに急速に腐る。店内は甘酸っぱいような嫌な臭いが充満しているが、床に顔を近づけると臭いはいっそう強烈になるのだ。ゾンビの臭いよりは遥かにマシだが、これはまた別種の臭いだ。出来れば早めに終わらせて、ここから出て行きたいのが本音である。
「だいぶ集まったな」
カップ麺や缶詰がちらほらと見つかった。それ以外は流石に厳しいか。袋の中に収まっているパンやおにぎりはあるが、賞味期限が過ぎて食べれない。後はカビの生えたパン、緑青色を更に汚くした青緑のソーセージなんて以ての外だろう。
一応、食料は見つけたし俺の方だけでも二人で二、三日は持つと思う。
「唯は見つかった?」
コンビニの飲み物コーナー付近に居る彼女に視線を移す。首を横にふり手を交差させ、バッテンを作り答えてくれた。
「あ、ここにも缶詰! ……猫ちゃんのでした」
それらしき物はあるらしいが、人が食べる物は無いらしい。
「おっ、唯食べていいぞ。猫になりたいって前に言ってたもんな」
残念そうな彼女の事をからかう。
「にゃ~お……って、そんなこと言うと、この変色した飲み物を宗田さんにぶちまけますからね!」
緑色に変色した中身を見せてきた。辞めなさい。それにしても、猫の鳴き真似上手だな。少しだけ、ふざけながらもう少しだけ店内を物色する事にしたが、これ以上の収穫は見込めそうにないため、切り上げる事にした。
「ここはこれくらいで、一旦家に帰ろうか」
次に行くとしたらスーパー辺りだろうか? あまり行きたくはないけど、しょうがないよな。流石にこれだけじゃ心許ないし。ゾンビに襲われる危険性はあるけど、少しだけ見てみよう。俺はその場から立ち上がった。
「いたたたたっ!」
「宗田さん、おじいちゃん見たいですね」
ずっと中腰で探していたため、腰が痛くなる。むりやり背筋を伸ばし、少しだけ後ろに倒して固まった筋肉を伸ばす。三十路手前で、引きこもりをやってればこんなもんだろ。
「それじゃぁ、一旦戻って、家に荷物を置いてこようか」
「そうですね。その後も食料探すんです?」
「あぁ、これだと流石に少ないからね。あまり行きたくはないけど、スーパーに行こうかと思う」
「分かりまし――」
——ガサッ!
「——ひゃっ!」
唯が返事を返そうとすると、店内から物音が聞こえた。それに驚いた彼女は短く悲鳴を漏らす。武器として持っているロープ止めを咄嗟に持って構えた。
「ゾンビか?」
音は扉の向こうから聞こえた。この先はスタッフルームだろうか? 閉まってたからわざわざ開けて中を確認していない。
「唯は後ろに下がってて」
今も中から音が聞こえる。
「誰か、誰か居るのか!?」
扉の向こうに向かって声を掛けるが反応がない。ゾンビならわざわざ中を確認しなくていいだろう。奴らは扉を開けるほどの知能は有していない。このまま閉じ込めておこうか――だけど。
どうする――生存者なら。また、俺は見捨てるのか? ホームセンターのその惨状を思い出した。
そこはゾンビで溢れ返り、生存者の姿は見えなかった。百を有に越える屍の大群を相手にする事は現状不可能だったかもしれない。あの時の出来事は自分の無力差を痛感し、数の暴力に絶望した。そして、生きている人間を見殺しにしたことが、鉛のように肩に乗っかっているのだ。この思いが、ここを開けないで帰ろうとしている俺の後ろ髪を引っ張ってくる。
ならば選択肢は一つ――
「唯、中の様子を見たいからもう少し下がってて」
「でも、ゾンビかもしれないほっとけば」
「一応ね。ゾンビでも数体くらいは大丈夫だし、すぐに逃げれるからさ。あっ、荷物よろしく」
食料の入った荷物を渡す。ごめんね。これは俺の自己満足だから……。唯を巻き込もうとしていることに、流石に後ろめたさを感じてしまうが後悔だけはしたくないんだ。仮にゾンビでも、俺が食い止めてる間に唯には逃げてもらう。
「じゃあ、開けるよ」
ロープ止めでいつでも攻撃できるように準備して、ドアノブをゆっくりと回した。
——コトッ!
すると再び中から音が聞こえる。緊張が汗となり湧き出る。乾いた喉を潤すようにゴクリと唾を飲み込んだ。
隙間から中の様子が少しだけ見える。テーブルとロッカー。それとパソコンが一台置いてある。
ゾンビは……居ないな。ならさっきの音はなんだ? ゆっくりと扉を開き、中へと入るとテーブルの奥に何かもぞもぞと動く物体を見つけた。
「……生存者か?」
生きた人間がそこには居た。少女のような小柄な女性。体を縮こませて震えるようにその場にしゃがみ込んでいた。
頭の天辺を両手で抱えて、その腕の隙間からこっちを見る彼女の瞳には恐怖の色が浮かんでいた。
「——ひっ!」
悲鳴を漏らしたその生存者が立ち上がる。その時にパイプ椅子にぶつかると勢いよく倒れて乾いた音が室内に鳴り渡った。
「おい! 大丈夫か!?」
混乱しているな……。どうする?
そう手ごまいていると唯が来てくれた。
「宗田さん?」
「唯、生存者だ。だけど、ちょっと怯えてるから手伝ってくれないか?」
こう言う時は同性に任せるべきだなと唯に彼女の事をお願いする。
「大丈夫よ、落ち着いて」
優しく諭すようにそう言うとその場にへたり込んでしまった。とりあえず大丈夫なようで安心した。俺が近づくとまた怯えてしまうかもしれないと彼女に任せて外に出た。
スタッフルームは扉がついているが急に侵入される事はないだろう。窓があったがそれは小さく人は通れない。一応は安心だ。俺は入り口の方を見張っていよう。
そして、十分くらいして扉が再び開かれた。
「宗田さん、お待たせしました」
「おっ、大丈夫そうか?」
「はい。一応は……ただ」
「あの、先程はすいませんでした。とても失礼な態度を取ってしまいなんてお詫びをしていいのか………」
ひょっこりと唯の後ろから現れた少女。そして、俺に向かって深々と頭を下げて謝罪をしてくる。さっき怯えた事を言っているのだろうか? こんな状況なんだからしょうがないだろう。
「あー、気にしなくていいよ。俺はまったく気にしてないからさ」
「そう言ってもらえると助かります。えっと、宗田さんですね。私は佐川 葵 と申します」
おおー。
最近の若い者にしてはなんと礼儀正しいのか。
ってこんな事を考えるような年になったんだな。やだなー、年だけは取りたくない。
「あの、こんな見た目をしていますが……ちゃんと成人してますんで」
えっ! どう見ても高校生でしょ。失礼な事を心で思うと、更に驚愕の事実を知る事となる。
「一応……26歳です~……」
嘘だろ?精々20歳が限度だろうよ。こんな見た目で俺の一個下とか見た目詐欺もいい所だ。
「あー、よろしく……」
なんと返事を返していいか分からず、俺はそう言う事しかできなかった。
この世には童顔と言われる人が居る。西洋人から見れば日本人はかなり若く見られるのだ。だが、同族の俺から見てもこれはおかしい。
ボロボロになったリクルートスーツ。
タイトスカートも破れスリッドが入ったようになっている。
そして、仕事に履いていくであろうヒールの足は完全に折れてしまっていた。よくよく考えたらこの時点で社会人なのは想像できるが。
——問題は顔だ。
クリっとした目。
そして、リスのような小動物のような顔立ち。
あどけなさが残る、子供特有の膨らみのある頬。
これだけでも童顔なのだが。
身長も唯よりも頭一つ分も小さい。
140cmくらいだろうか?
肩より上で切りそろえた茶色い髪。
ボブヘアーと言われるそれが余計に子供らしく見える要因ではないのだろうか? だが、俺はその見た目に完全に騙されたようだ。本人曰くれっきとした成人。あーでも、胸は大きいな。
唯がお椀型だとしたら、佐川さんはメロンだな。そのアンバランス差もさることながら、今も横に居る唯と見比べると姉妹にしか見えない。
「あの~、大丈夫でしょうか~?」
少し疲れた表情をしている彼女だが、どこかほんわかとした雰囲気をしている。たれ目で童顔で……しかも、泣きホクロがある。無敵じゃないか。
こうして佐川 葵と出会った。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
そして感想を書いていただいた方、本当にありがとうございます。
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現在言い回しがおかしな部分の修正も同時に行っています。
ストーリーには何も影響ありませんのでご了承ください。
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