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覚醒?

 勇者と言うのは危機に瀕するとパワーアップして、悪党を退治するのがセオリーだ。だけど、俺は勇者でもなんでもない。一般人。要するに――量産型日本人なのだ。

 どこにでも居る、ただの人はピンチに陥ってもただそれだけ。無力は俺は地面に這いつくばって……。

 え? 生きてる? さっきまで、あの化け物に捕まってたはずだが? 状況が読み込めないでいた。まるで、フリーズしたパソコンのように思考が停止する。

 そうして、少しして動き出した脳みそをオーバーヒート、一歩手前まで回転させ、うつ伏せに倒れていた体を起こした。


 「はぁっ! ぐぅっ! いてぇっ!」


 自分の体を確認した俺は、そのあまりの有り様に目を瞑りたくなった。服はズタボロで血だらけ、左腕に関してはひしゃげた鉄の棒。所々折れて尖った部分が飛び出していた。

 だけど生きてる、どうにか。安堵の息を漏らすが、俺をここまで追い詰めた張本人の姿が見えなかった。


 「どこに行ったんだ……。んっ? あれは? 何が……」


 あったんだ? 誰が? 遠く離れた場所にそいつはいた。ただ、最初に出会った頃と違い余裕のあった姿はなくなっていた。鋼のような肉体は傷だらけ、左腕は千切れかけ薄皮で繋がっているような状態。そいつは片膝を着き、苦しそうに、忌々しそうに、俺を睨んでいた。

 誰が……。他にこんな事ができる存在がいたのか? 周囲を確認してみるが、この屋上には俺と化物だけ。


 「それじゃあ……誰が? まさか……」


 俺がやったのか? 記憶を辿ろうとすると。


 「あぐっ……」


 頭の中をほじくられたような痛みが走る。なんだよ……これ。思い出せたらと言えば、奴に心臓を貫かれた事、それ以上は何か壁にでもぶち当たったかのように思い出せない。むりやりにでも思い出そうとした結果がこの有り様だ。


 「なんなんだ……」


 俺はどうしてしまったのか? 少なくともここには奴と俺だけ。それに、まだあいつは生きている。少なくとも、あの白い化け物を倒さない事にはおちおち考えてもいられない。

 激痛を我慢し、よろよろと奴に近づいていく。今なら魔法で留めをさせるんじゃないのか? 至近距離で奴にお見舞いしてやるよ。


 「――ヒッ!」

 

 俺が近づくとまるで怯えたように後ろに後退る。


 「アッ、ァァァアアアッ!」


 すると雄叫びのような声を上げて、俺に向かって飛びかかってきた。手負いの獣は危険と言うが、その言葉は奴にも通用するようである。がむしゃらに俺に向かって来やがった。


 「まじかよ」


 いくら手負いと言えど、奴に対する有効な手段はない。それに、向こうもかなりの怪我だがそれは俺も一緒である。どこで勘違いしたのかこちらが有利であるわけでなかったのだ。

 むしろ、状況は拮抗している……いや、こちらの攻撃が通用しないとなるとあまり変わっていないと言えるのではないだろうか? 


 「がばっ!」


 床に押し倒され、肺の空気が押し出され呼吸を忘れそうになった。ただ、おちおち休んでる暇もない。


 「アグガガッ! クワセロッっ!」


 目を血走らせ涎を撒き散らすそいつは、獰猛な野犬のように俺の肉目掛けて牙を立ててくる。


 「や、やめろっ!」

 

 左腕は使えず、右腕一本でどにか攻撃をいなすが、それも長くはもたなかった。


 「くそっ! 食わせるかっ! イメージは炎弾」


 俺の右手に噛みついた化物に対してとっさに魔法を放つ。外側ならダメでも内側ならば。


 「――グゥアッ!」


 案の定、その目論み通りに奴にダメージを負わせる事に成功する。口の奥が焼けたのか、喉をかきむしり暴れていた。その隙に這い出して離れる。

 ゾンビの頭を吹き飛ばす威力の炎弾だったが、こいつには致命傷になり得なかったようだ。正真正銘の化け物――ゾンビなんて生温い。だけど、光は見えた。

 

 ——イメージは創造。


 あの時、歪なナイフを作り出した能力。これは一か八かの賭けである。


 ――制作物は剣。


 目玉を内側からほじくり返したような激痛が走る。意識を一瞬失いそうになるのを、どうにか奥歯を噛み締め耐え抜く。

 そして、そのまま詠唱を続けた。

 

 ——邪を滅ぼす聖なる剣。

 

 ——光輝くその刃はいかなる物でも切り裂く。

 

 ——聖権エクスリブリス!


 魔力が右手に集中し、熱気を帯びる。幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、魔力の流れが停止すると、周囲を昼間のように明るく照らす閃光が迸った。


 「ぐぅぅっ、ぁああっ!」


 頭が破裂しそうなくらい、ガンガンと内側から殴り続けられる。涙と鼻水に顔がぐしゃぐしゃとなる。あたから見たら汚く、不格好なのかもしれないが、ここで辞める訳にはいかないのだ。

 

 「ぁぁぁぁああああっ!」


 脳みそのオーバーロード。まさにそんな状況が続いたが、不意に痛みが消え。手にひんやりと鉄を握るような感触がした。


 「……で、出来……た」

 

 ずっしりとした感触に、見覚えのあるシルエット。ゲーム、『ドラゴンとクエスト』の勇者の剣が俺の手の中に納められていた。

 無事に成功したのか……。と感動に浸りたいところだが、そうも待ってはくれないらしい。白い化け物は再び俺に襲いかかろうと迫ってきた。


 「これでも——くらいやがれッ!」


 ギザギザの歯を剥き出しにしたそいつ目掛けて、剣を持つ手を突き出した。技も何もなく、ただ力の限り前に突き出す。


 「ぎあ! あごがががっ!」


 歯を砕き、肉を切り裂き、深々と突き刺さった。だが、これでも奴は死なず引き抜こうと暴れだす。


 「——ぐふっ!」


 力の限り暴れ、俺は宙に投げ出され地面へ叩きつけられた。


 「まだ……だっ!」


 ――イメージは空を切り裂く一条の光。


 ——うねるその光は破壊をもたらす。


 ――雷光。

 

 一気にその場から駆け出し、口に刺さった剣の柄の部分を握る。激しく抵抗し、俺をはじき飛ばそうとする。


 「あぁぁああっ! 食らえぇっつ!」


 込めた魔力を一気に解き放つ。目を開けてられ無いほどの光が俺の視界を覆い、全ての景色を白色へと染め上げる。


 「——ギガガガガッ、アガイイイイイイっ」


 激しい稲妻が、奴の体内で暴れ回る。内側から肉を焼き、香ばしくかといって食欲をそそらない嫌な臭いが鼻孔を刺激した。


 「アガ……ガ……」


 次第に奴の動きが鈍くなり、遂には動きを止めた。


 「倒した……のか?」


 前のめりに倒れ、ピクリとも動かなくなったそいつにゆっくりと近づく。試しに足で軽く小突いてみるが、特に反応はなかった。

 安堵し息を吐き出すと、一気に体の力が抜けその場にへたり込むように座った。


 「もう……一歩も動けないわ」


 しまいには仰向けに倒れ、俺は目を瞑り意識を手放した。


 ——……敵の死亡を確認。


 ——完全復元シークエンスへ移行。


 ——休眠状態へ移行します。


 ——復元開始……。


 ――――――


 ――――


 ――


 ……ふふふっ。期待通りだったね。

 ちょっとだけずるしちゃおうかな。

 今はゆっくり休んでね。

 おやすみなさい。

 あー、早く――会いたいな。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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