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一人ぼっち

 でかい。

 俺がそいつを見て思った第一印象はそれだった。

 2メートルくらいはあるんじゃないだろうか?

 そんな、白い巨人が屋上の入り口から俺達をにたり顔で見ている。


 「なんだよ……あいつ……」


 そいつを見てそう悪態を付く。

 一切こちらから目を逸らさない化け物。赤い瞳は俺をじっと見据えていた。

 

 「唯、もっと後ろに下がってて……俺がなんとかする」


 勇気を振り絞ってそう言うが、内心は今にも逃げ出したいだ。

 俺は勇者じゃないんだぞ? まして正義のヒーローでもないただの一般人。量産型日本人だ。

 あんな化け物相手にどうしろと言うのだ?


 異様に長い両の手をだらん下に垂れ下げて俺達の様子をうかがっているかのようなそいつ。

 その両手は大きく指先が異様に鋭い。

 きっと鞭のようにしなった腕から放たれその一撃を食らえば一瞬にしてあの世行きだろう。

 そして、鉄のその扉を破壊した力。


 極め付けはその強靭な皮膚。

 俺の魔法をはじき飛ばしたあげく、ダメージが一切ないのだ。

 最早全身凶器とも言えるそいつに比べたら、ゾンビが可愛く見えてしまう。


 こいつはいったいなんなんだ———魔物?

 人間には似つかわしくないその姿。

 体毛は一切ない。

 鋭く赤い眼孔に肉食獣のような牙。

 口は左右に大きく裂けて、人間のような鼻はついておらず二つの穴が空いているだけだ。

 そして、裸で皮膚が剥き出しのそいつは雄雌がどちらかも分からない。

 おおよそ性器と呼べるものは一切付いておらず、その判断は難しい。

 その姿から、俺は魔物と称した。


 「ご……はん」


 そいつが言葉を発する。

 日本語を喋ったそいつは少しだけ知性が感じられる。

 ゲームでも漫画でもそうだが、知性を持った魔物は危険と言うのがお決まりだ。

 より一層警戒感が強まった。

 そうして、そいつが動きだす。

 

 「———クッ!」


 ドンッと大きな音がすると、一気俺の目の前までそいつが迫る。


 「———ヤバいっ!」


 そう思った時には遅かった。

 10メートル近くを一瞬で移動したそいつは、俺を仕留めようと鞭のように長い腕を振り下ろそうとしていた———死ぬ。

 動かない体。避けれない攻撃。

 

 俺は死を覚悟した。

 鞭のようにしなった鋼の腕。

 更に高速で移動した時のエネルギーが合わさっている。

 まともに食らえば———


 「…………ア……れェ?」


 ———っ!?

 生きてる……危なかった。


 「ハァハァハァッ———ッ!」


 どうにか命拾いをした俺は、そいつから急いで離れる。

 その白い化け物は不思議そうに自分の右手を見ていた。


 そう。その一撃を決して俺が避けたわけではない———たまたま外れたのだ。

 ちょうど俺の右横、そこにその一撃が叩き込まれたのである。

 コンクリートで出来た地面に直撃した化け物の一撃は、まるでクッキー菓子を砕くかのようにそれを粉々に砕いていた。

 もう少しずれていれば……俺は死んでいたのだろう。なんで外れたのかは分からないが、俺はこの隙に急いで距離をあけた。


 唯は大丈夫か?

 俺は彼女を探すと、腰を抜かしたのか尻餅を付いて動けないようである。

 拙いな……

 化け物を挟んで反対側に彼女が居る。

 咄嗟に動いたためそれが仇となった。

 もし、彼女が狙われたら助けに行くのは間に合わないだろう。


 「あれあれあれアレアレアレ?」


 不思議そうにいまだに自分の手を眺めているそいつ。

 こっちには目をくれず何か苛立った様子だった。

 ならば、今のうちに彼女の方へ行けば、そう思った時だった。


 「——————ナンデダーーーッッッ!」


 そいつが、一際大きく叫ぶと何度も何度も右手を地面に叩きつける。

 グシャグシャと床が無残にも砕けちった。


 あまりの光景に、俺は黙ってそれを見届けるしかなかった。


 「ナンデナンデナンデッ! 

 アァーーーーッ! ナンデナンデナンデナンデナンデナンデッ!」


 狂ったようにそいつは叫び床を破壊する。

 それだけ、外したのが許せなかったのだろう。

 白い肌に入れ墨のようにある、赤い血管がドクドクと脈打つのが見えた。


 そして、突然に静かになる。

 ジッと項垂れてゆらゆらと揺れる動きはゾンビ達の姿を彷彿とさせた。

 いつの間に空は赤から黒へと移り変わり。

 太陽の代わりに月がその姿を主張している。

 その闇の中で、そいつの姿が異様に目立った。


 どれくらいそうしていただろうか? 俺は息をするのも忘れてその白い悪魔をずっと見ていた。

 

 ———カアッ!


 不意にカラスの鳴き声が聞こえると急速に色が戻った。


 「———唯ッ! 逃げろッ!」


 大声を上げて俺は唯にそう叫んだ。

 その声ではっと我に返った彼女はどうにか立ち上がろうとする。


 「で、でも、宗田さんはっ!?」


 どうにか立ち上がる事ができた彼女はそう言った。


 「大丈夫だ! 先に家に戻ってくれ! こいつを倒したらすぐに向かうっ!」


 「で、でもっ!」


 「———いいから、先に行けッッ!!」


 そう怒鳴ると渋々と屋上の入口へと向かって移動する。

 何度もこっちを振り返るが、それに反応する事もなくその化け物から視線を外さない。

 今もゆらゆらと茫然自失と言った感じで項垂れて揺れている。

 この隙に俺も逃げればいいのだろうが逃げても無駄な気がする。

 確証はないが絶対に何かしらの方法で追ってくると直感がそう告げているのだ。


 「———来い! 化け物!」


 覚悟を決めなくてはと叫んで自分を奮い立たせる。

 じろりと赤い瞳が俺を見た。

 背筋に冷水を注がれたように総毛立つ。


 恐怖———怖い怖い怖い。

 絶望———殺される殺される殺される。

 懇願———助けて助けて助けた。

 疑問———なんでなんでなんで。


 感情がごちゃ混ぜとなり始めると。


 「———アァァァアアアッッッッ!」


 瞬間、化け物はそう吠えた。

 

 やっぱり嫌だ……。

 逃げたい———誰か助けてくれっ! 俺は死にたくない!


 怖いよ……あぁ、怖い。

 なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ。


 感情が濁流となり一気に押し寄せる。

 

 俺が何かしたか? 教えてくれ神様———俺が何をしたって言うんだよ!


 それが怒りの感情へと変換される。

 そうして器から何もかも溢れそうになった時だった。


 ———起動確認。


 ———異常なし。


 ———対象のスキャンを開始。


 ———…………精神に異常を感知。


 ———セーフモードの起動を開始します。


 …………。

 

 ……。


 あれ? 俺? 何してたんだ?


 こいつは……? 

 そうだ……俺は唯を逃がして囮になったんだった。

 違和感があるような……一瞬の空白のような記憶が曖昧であるそんな感じがする。

 いや、今は目の前のこいつをどうにかしないとだ。

 

 恐らくこいつはゾンビの突然変異か”進化”なのだろうと思うのだが。

 威嚇するように吠えるその化け物を見て俺はそう思った。


 ただ勝算が薄い事は明白。

 良くて相打ちじゃないだろうか? 当然の違和感に冷静になった頭でそう分析した。

 武器もなければ頼みの綱の魔法は効かないか……。

 せめて何かしらの武器があればと思うが、周囲を見渡しても変わりになるような物はどこにもなかった。

 バールも扉を壊された衝撃でどこかに吹き飛んでしまったようだし……流石に肉体一つでこいつと戦えと言うのはいささか無謀過ぎるだろう。

 

 勝てるか分からないけど勝てないと死ぬだけだ。

 大きく息を吐きだすとその白い化け物を睨みつけて気合を入れ直した。

 

 「やるしかないよな……」

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