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伸びしろ

 「もう……大丈夫です」


 呼吸は荒く、エビのように腰を曲げて嘔吐していた唯は上体を起こした。顔は真っ青、頬は何日も食事をしていないようにげっそりとやつれたようにも見える。大量の汗を滴らせ、アスファルトの地面を濡らす彼女は、言葉とは裏腹に無理をしているのが見て取れた。


 「本当に大丈夫?」

 

 念のためもう一度声をかけたが、言葉を発せず小さく首を縦に振って肯定の意志を示してきた。

 

 「……すいません」


 少しだけ乱れた呼吸が落ち着きを取り戻すと、彼女は謝罪の言葉を述べた。たった一言、それを話すだけでも彼女は辛そうな表情を浮かべる。片目を閉じ、湧き出す汗は止まらない。彼女の状態を見るに今日は引き返すべきだと思った。


 「唯……今日は——」


 「先に進みましょう」


 再び彼女は俺の言葉を遮った。さっきもそう。彼女の決意はそれほどまで強いのか……それとも、頑固なのか。ここで俺が何を言っても動かないだろうと言う雰囲気は伝わってきた。


 「分かったよ……でも、無茶だけはしないで、ダメそうなら必ず言ってね」


 一旦は彼女の意思を尊重しようと思う。仮にもっと悪化した場合はむりやりにでも連れて帰るつもりだ。遅かれ早かれ通る道なのかもしれない……けれど、これで命を失ったら本末転倒。今日の所は命を大事にでいきたいと思う。

 「はい」と返事をした彼女に、タオルを取り出して渡した。


 「ありがとう……」


 それを受け取って汗を拭う。


 「じゃあ、ここから移動しようと思うけど、動けそう?」

 

 彼女は頷き返事を返してくる。その前にバールを回収しないとだ。今も倒れたゾンビの頭に突き刺さったままである。

 引き抜こうと近づいた時、怖気が走り鳥肌が立った。ゾンビの横顔が見えた。元は人間だったんだよな? とそう思ったのだ。着ている服はスーツ。何処にでもいるサラリーマン。俺と同じ量産型日本人だったんだろう。俺も何かを間違えていたらこうなっていたかもしれないと思うと、急に恐怖が背中を撫でたのである。

 急いでバールを引き抜くと、なんとも言えない感触が手に伝わってきた。


 「宗田さんはもう慣れたの……?」


 バールの回収を終えると彼女に声をかけられた。慣れたかと問われれば、多少は、が答だ。前よりは殺すのも、見た目も、臭いも、あまり感じるものはなくなりつつある。恐怖を感じたのは最初と、今しがた唐突に湧き上がってきたくらいだろう。

 これもしだいに慣れて何も感じなくなって来るに違いない。斎藤 宗田が斎藤 宗田の皮を被った化け物に変わるのはそう遠くない未来なのだと思う。殺しをなんとも思わなくなった自分はどんな生物になるのか、怖さもあるが適応するためには致し方ないのだ。 

 「少しは慣れたよ」と彼女に返すと「そうなんだ」と一言返ってきた。この時、彼女が何を思ったのかも知らないし、知りたくもなかった。彼女の中で俺が人殺しと言う方程式が成り立っているんじゃないかと、不安になったのだ。


 「さっ、行こう」


 彼女を見ずに声をかけ俺達はその場を移動した。後ろをとぼとぼと着いて来る唯は、レベリングをするとはしゃいでた姿は影も形もなかった。


 「酷いな……」


 『ケーツー』へと向かうために通る大通りへと出て、俺は変わり果てた商店街を見やると自然とそんな言葉が漏れた。駅から少し離れたこの場所は個人で経営する店が多い。


 『精肉屋 マルちゃん』


 そう書かれた看板にはデフォルメされた豚の絵が描かれていた。少し味のある佇まいのその店はきっと昔からここで経営して生計を立てていた老舗だろう。だけど、店のガラスは粉々に割られている。中の肉の並んでいたガラスのケースも粉々で中身は無く、レジは床に落ち全てが金目の物は全て無くなっていた。きっと暴徒と化した人が押し寄せたのだろうと思うが、この店の亭主が辞めてくれと懇願する姿が思い浮かぶと胸が痛くなった。

 そんな廃墟のようになった建物がそこかしこに並んでいるのを目にして、声を漏らしてしまったのだ。


 「二体か……」


 すると、ゾンビを見つけた。向こうもこちらに気づいたようで、ブリキの人形のようにぎこちなく、不気味に踊りを踊っているかのように向かってくる。回りに気を取られ過ぎたな……。最初のゾンビで鼻は馬鹿になり、五感の一つを失ったようなもの。本当であれば視覚をフルに使って索敵を行うべきだが、あまりの商店街の変わりように目が奪われてしまった。


 「唯は後ろを警戒してて。それで、合図をしたら一気に仕留めるよ。俺が右で、唯は左! バールも渡しておくから」


 「わ、分かりました!」


 気づかれたならしょうがない。武器はバールだけじゃなく魔法もあるのだ。


 ——イメージは蛇。


 ——うねりを上げて地面を這う。


 ——獲物に巻き付いて離さない。


 ——蛇の束縛。


 詠唱のようなイメージを心で唱えると、手を地面に着き魔法を放つ。


 「——行けっ!」


 黄色い光を迸る雷の蛇。

 グングンとゾンビとの距離を詰めると大蛇が巻き付くように足元から絡みついた。ゾンビは感電して体を小刻みに震えさせて地面に倒れ伏す。


 「唯っ! 今だ!」


 「はいっ!」


 距離にして十メートル。両足に力を込めて一気に駆け出した。


 「——えっ?」


 あの急激なレベルアップから全力を出したのは初めてだった。全力で走り出した時、レベルアップの恩恵をここまで感じたのは初めてである。重いものが衝突したような鈍い音が鳴ると、体に重力をもろに感じる。爆発的な推進力を得た体は瞬く間に目的地へと到着した。その時間は一秒もかからないのではないだろうか? 人間を辞めたような身体能力に驚愕したのだ。

 驚き過ぎて次の行動に移るのを忘れそうになが、即座にゾンビの頭を踏み潰しもう一体のゾンビの背中を踏みつけた。


 「——っ! えぃっ!」


 一瞬だけ躊躇したが、しっかりとゾンビの頭にバールを突き刺す。吐きそうな口元を押さえるが吐くような事はなかった。


 「大丈夫か?」


 「さっきよりは……てか、宗田さん……今の」


 唯が驚愕の表情でこっちを見ている。まん丸に見開かれた瞳と視線が合うと苦笑いを返した。


 「俺も驚いてるんだよね……ははっ」


 乾いた笑いを返すしかない。自分の事ながら人間離れした動きに驚いているのだから。

 

 てか、他に何が変化したんだ? 今のはスピード? 

 ゲームで言えば……

 

 HP

 MP

 SP

 STR

 VIT

 DEX

 AGE

 LUK

 

 がレベルアップした事で大幅に伸びたのだろう。

 それにスキルと属性があれば更にこうだ——


 属性 :火、水、雷

 特殊 :創造

 スキル:精神耐性Lv1、魔力操作Lv1、鈍器術Lv1、暗視Lv1


 ——とこんな感じになるのではないだろうか?

 これに一般の成人男性の能力が全て”5”だったとしたら、俺はどれくらいだろう?それこそ2倍やそれでは効かないのではないか?前回、一気にレベルが上がった。それこそ体がバラバラになりそうなくらいの激痛。それに見合うだけの能力を手に入れたと言うことだろう。

 

 レベルアップは進化だと俺は思った。冗談のつもりだったがそうではないのかもしれない。そうでないとどうやって人がこれ程の力が出せるようになるのだろう? 説明が付かないのだ。魚が陸上に上がる為に足を生やし肺を作った。

 

 ——なら人間は?

 

 殺されないように能力を強化した。自分の強化された能力に対し細胞が変化してそれに適応する。その起因となったのが魔力なのか? だから、その適応に間に合わないくらい急速に変化することで、昨日のような激痛が体を襲うのだろう。思考の海にどっぷりと浸かっていると、


 「宗田さん……?」


 声をかけられた。しかも何処か心配そうに俺を見ている。


 「あーごめん。考え事していた。

 本当になんであんな風になったか分からないんだよね。恐らくレベルアップのせいなんだろうけど……」


 でも、こうやって人を辞めていくと言うことは普通の人から見たらただの怪物だ。唯も俺を恐れるようになるのだろうか? 


 「――凄いっ!」

 

 心配は杞憂に終わったようである。今度はキラキラした目で俺を見てきた。憧れる人物に出会ったそんな目である。


 「私もあんな風になりたい……。確かにゾンビを殺すのはまだ抵抗がありますが……、でも宗田さんみたいに慣れるなら、それも試練と割り切る!」


 おう……。何やら気合が入ったようで良かったよ。

 

 「さっ、宗田さん早く!」


 そう催促される始末だ。たくましいものだな……。最初の時の唯は何処に行ってしまったのか?今は元気に魔武器「バール」を片手にスタスタと歩いて行ってしまった。

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