第一章 1
2026年2月1日 改稿
「待ち合わせ場所は……駅前であってるよな」
準備を終えた宗田は、玄関のドアノブに手をかけたままスマホの画面をもう一度確認した。
「駅前で待ってまーす」
軽い語尾が、画面越しでも彼女らしい。
スマホを閉じようとした瞬間、「真奈」と言う名前が視界の端に引っかかった。
見なかったことにしようと指を滑らせるが、胸の奥にざわりとしたものが残り、動きが止まる。
宗田はゆっくりと息を吸い込み、こみ上げてくる感情を奥へと押し返した。
「よし……行くか」
感情がぶり返す前にスマホをポケットへ押し込み、玄関の扉を開けた。
太陽に迎えられた宗田は目を細めた。
「暑い……」
漏れた言葉は灼熱の炎に溶けて消えた。
じりじりと肌を焦がす日差しの中、汗が背中を伝い落ちる。
顔の前で手を仰いでも、返って来るのは熱を含んだ風だけだった。
動いた分だけ体温が押し返して来るようで、宗田は小さく息を吐く。
「これは……一度避難しよう」
耐えきれず、途中のコンビニへ足を向ける。
自動ドアが開くと灼熱とは程遠いが、どこか温い空気がふわりと肌を撫でた。
「いらっしゃいませー」
高校生くらいの店員が、幼さの残る声で入店を告げる。
その軽い笑顔に触れた瞬間、蒸された宗田の表情からわずかに力が抜けた。
飲み物コーナーへと真っ直ぐ向かうと、冷気のこもった商品棚に並べられた色とりどりのラベルが目に流れ込む。
炭酸飲料の並ぶ一角で視線が止まったが、迷いを振り払うように隣の緑の茶へ手を伸ばした。
「ありがとうございましたー」
入店時と同じ柔らかな笑顔に見送られ、宗田は会釈してボトルを受け取る。
再び自動ドアが開く。店内の冷気と外気の熱が混ざり合った風が頬をかすめ、一瞬だけ足が止まりそうになる。
それでも外へ踏み出すと、太陽の熱が肌に噛みつくように押し寄せ、思わず眉が寄った。
熱を遮る物がないコンビニの駐車場を、お茶を飲みながら歩く。
家を出てまだ間もない。神崎さんはもう着いているだろうか――
そんな思いがよぎった瞬間、ポケットのスマホが震えた。
「暑くて、溶けたアイスになりそうです……」
そんな一言が届いた。
「もう着いたの?」
短く返すと、すぐに画面が震えた。
「御意! 駅前です!」
その文字を見た瞬間、宗田の歩幅が自然と広がる。
――きゃっ。
前方から、女性の短い悲鳴が響いた。
「あっ! すいませんっ!」
宗田は慌てて頭を下げた。
よそ見をしていた事で、こちらに向かって歩いていた人に気付いていなかったらしい。
胸の奥がひやりとし握っていたスマホをポケットへ押し込む。
「いえいえ〜。こちらこそ、すいません〜」
間延びするような独特な話し方が印象的である。
お互いに会釈するとその場を離れた。
駅に着く頃には、Tシャツの色が少し濃くなっていた。
「宗田さーん!」
こちらに手を振って駆け寄ってくる女性の姿があった。
神崎唯だ。夏の日差しを跳ね返す笑顔が、遠目にも分かる。
いつもはまとめている髪は、今日は下ろしている。
肩より少し長いウェーブのかかった髪と白いワンピースのせいか、何処かお嬢様のように見えた。
「暑いです。死にます……」
開口一番、それだった。
「ごめん、お待たせ」
「溶けてなくなった部分補充したいんで……デザートご馳走様です!」
近づいた瞬間、思わず息を呑んだ。
くっきりした二重に長い睫毛、整った目鼻立ち、普段から魅力的だと思っていたが、私服の彼女はさらに可愛かった。
黙って見つめてしまったせいか、唯が首をかしげる。
「……どうかしました?」
「い、いや。なんでもない」
見惚れてました、なんて言えるわけもない。
「ここにずっと居ると、神崎さんがもっと溶けちゃうから行こうか」
心の騒がしさを悟られないように、宗田は話題を変えて歩き出した。
「あっ、待ってくださいー」
唯はそう言うと、小走りで宗田に駆け寄り一緒に歩き出した。




