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疑問

 うだるような暑さの夏。窓を閉め、カーテンも閉め、密封された部屋の中は熱気と汗と湿気に満たされている。

 サウナ状態の部屋で干からびそうになるのを水分を補給するので耐えながら互いに話をしていた。


 以前渡した団扇でパタパタと自分を仰ぐ唯。

 目は魔法で治すと言う荒業を使って治してしまった。

 だから今は団扇と戯れている。

 そんな彼女は暑そうにしながら、たまに俺にも風をくれるのだが……。

 風に乗って汗と花の香りが鼻孔を刺激し、少しだけ鼻の下を伸ばしていたのは内緒の話だ。

 

 だから俺は、襲い来る煩悩と呼ばれる悪魔の襲撃に耐えるために、彼女が着ているTシャツの、そのデフォルメされたキャラをずっと眺めて誤魔化している。

 これの製作者はどんな事を考えてそれを作ろうと思ったのだろうか? そんなキャラがプリントされていた。


 勇者が抜き身の剣を持ち、反対側の指の親指を立てそれを下に向けている。

 その勇者の足下には———

 ———『Are  you satan!?』

 と書いてあった。


 製作者もそうだが、唯もこのTシャツを買うとか凄いセンスである。

 てか、何処に売っていたんだろうか?

 そう考えていると。


 「宗田さんは魔王の目的は何だと思う? ……って、聞いてる?」


 やばっ! あまりにも胸元を見過ぎた!

 なんか両手で隠されたんだけど!

 違うからね? その勇者を見ていたんだよ?

 慌ててそう弁解するが、彼女は俺の心は知らない。

 若干引かれつつ、俺の解答を待つ彼女の目には警戒の色が浮かんでいた。


 「―――せ、世界征服とかじゃない?」


 慌ててそう切り返したが、だからと言って俺の罪が消えることはない。

 警戒の色を濃く、胸元を隠した彼女。

 しまいには膝を抱えて完全に隠してしまった。

 だけど、ショートパンツから伸びるその足が余計に目立って……

 はっ! このままだと変態のレッテルが貼られる。

 そこに向かい始めた視線を無理矢理、唯の顔に合わせて会話をする。

 

 でも、魔王の目的か……。

 ここまであまり考えた事が無かったため、そんな安直な返答をした。

 特に他に思いつかない。


 「そうじゃなくて、あーなんて言うかな……

 私が言いたいのはなんで世界を征服しようとするのかなって事かな」


 「あー、そういう事。目的の理由みたいなもんか?」


 「そうです! それっ! 世界征服の理由はなんなのかなと思って」


 ふむ。行動に対する目的って事か……。

 言われてみればなんだろう?

 この地球、この世界を手に入れたとして俺ならどうする?

 そもそも、この魔王は人間なのか?

 その正体すら得体のしれない奴が何を欲しているか到底想像できない。


 あー、でも宇宙人とかなら資源狙いかな。

 ふむ。結局考えても答えがでない。

 魔王と言う名の社長。

 それに対するは平社員で凡人で量産型の日本人。

 そんな社長が考えることなど分かりもしない。


 「なんだろな……? 娯楽? 暇つぶしってやつか?」


 これと言っても世界征服のメリットが見当たらずそう言うと、唯は顎に手を当てて「一理ありますね……」と呟いている。

 

 「でも……そもそも世界征服が目的なんで……しょうか?」


 まだ敬語が抜けきらない辿々しい話方の彼女は、顎に手当てたそれを離して正座すると至極真面目な顔でそう言った。 

 どう言う事だ?

 世界征服じゃない?


 「世界征服が目的じゃない?」


 「はい。そもそも魔王、その名前で勝手に世界征服と決めつけてます。

 でも、それならどうしてもおかしい部分があるんですよ」


 「それはー……魔法のこと?」


 一番思い当たる節と言えばそれが第一に頭に浮かんできた。

 次にレベルアップかな?


 「そうです。遂最近まではそれは伝承や伝説、空想の話しでした。

 それが、魔王が現れてから現実に現れています。

 そうなるとこの、力は魔王から与えられたら物と思えるんですよ。でもですよ! 魔王にとって世界征服するうえでそうするメリット、意味が分からないんです!」


 話の途中から力が籠もりだして力説する彼女は、まるで選挙の演説のように言葉に熱気を覚えていた。


 「となるとさっき言っていた娯楽、もその一つとして考えられますし、はたまた別の何かかもしれませんし。

 あ……あくまで仮説で魔法が魔王から与えられた場合なんですが……」


 なるほどな。

 確かに世界征服するならば、人類にわざわざ有利になる物を与える必要はないか……。

 だとすれば余計に目的がなんなのか分からなくなるな。

 これがただの娯楽―――だとすればそれで大量の人間が虐殺された? そう言うことなのか?


 「全てが仮説……神のみぞ知る、ですが、ならばそれで人が殺されるのは許されるのでしょうか?」


 俺と唯は議論を重ねた。

 だが、その結果得られたのはあまりにも理不尽で非道、そして怒りの感情だった。

 突然壊された平穏。

 もし、仮説が正しければ許される訳がない。

 その怒りの感情が濁流となり俺の心を飲み込もうとしていた。


 ―――許せない。

 ―――返せ。

 ―――俺から奪うのか?

 

 ……………………。


 殺せ。

 奪う奴を殺せ。

 皆殺しにしろ。

 さあ、早く目を覚ませ。お前は俺で俺はお前。

 手始めに目の前の女を―――殺すがいい。

 我は■■■なり。

 何者にも支配されず、何者にも奪わせない。

 自由を愛する者なり。


 「さぁ、目覚めよ」


 …………。


 「そ―――宗田さん!」

 

 俺は……誰だ?


 「しっかりしてください!」


 この女は誰だ? 敵か?


 「どうしたんですか!?」


 あぁ、敵なら―――殺すしかないよな。


 ―――辞めろ。


 なんだ? 邪魔をするのか?


 ―――辞めろ。


 うるせーな。

 久しぶりの外なんだ……自由を満喫させてくれてもいいだろ?

 そうだ。あれなら俺が魔王を殺してやるよ。


 ―――辞めろ。


 つれねーな。

 こんな上玉目の前にして手を出さないってのか?

 それでも■■■なのか?

 くだらない、世界なんてのに縛られてよ。

 …………あー、しらけちまったぜ。


 ―――辞めろ。


 分かったよ。今回だけは見逃してやる。

 クククッ―――まぁ、俺とお前は一心同体。

 いずれ好きにさせてもらうさ。


 「…………あれ?」


 「あっ! 良かった!」


 「俺は……何を…………?」


 いつの間にか目の前に唯がいた。

 両肩を小さい手で握り、泣きそうに顔を歪める彼女。

 こうなる前後の記憶が……思い出せない。


 「突然黙って、それから体を揺すっても、話しかけても何も反応がないから心配しましたよ。う……ぐ…………」


 涙ぐむ彼女は俺の首に腕を回し抱きついてきた。

 俺は……唯をどうしようとしたんだ?

 ―――あぐっ……頭が…………。


 思い出そうとすると頭に鋭い痛みが走り顔をしかめた。

 クソなんなんだよ。

 呆然としてる俺に抱きつきながら泣く彼女。

 

 「……あー、ごめんね。もう大丈夫だから。

 ちょっと考え事をしていたら、そのまま意識が飛んでたみたいだよ」


 そっと彼女を離す。


 「本当……ですか?」


 まぁ、嘘だな。

 こんなんで誤魔化せるとは思ってもいない。

 ただ、記憶がないと言ったら余計に心配するのは目に見えていた。

 騙せはしないだろうけど、誤魔化せるならそうしたい。


 「…………分かりました。宗田さんを信じます」


 少しだけ間を置いた唯は自分を納得させるように頷いてそう言った。

 どうにか今の所は引いてくれたようだ。

 気を使われたかな?

 

 「また、目が腫れちゃいましたよ。

 冷たいお水貰えませんか?」


 そうして、また目を冷やし始める。

 

 「はい、これね。あ、あと敬語に戻ってるからね」


 冷えたペットボトルを目に押し付けた。


 「冷た! 酷いですよ!

 うーー、宗田さん厳しい……やっぱり敬語は癖なんで徐々にでお願いします」


 まぁ、強制はしないけどさ。

 少しは場が和んだかな? さっきと同じように目にペットボトルを当てて上を向いている唯はシュールである。


 「そう言えば、全然話してなかったんですが、宗田さんはこれからどうするつもりですか?」


 「どうって、んー当面は普通に生活できるように生活基盤を整えるつもりかな。

 本当は今すぐにでも家族の元に行きたいとは思っているけど」


 そう言って遠くに居る、両親と妹を思い出した。

 妹は成人しているが実家暮らし。 

 両親は定年を迎えて家でのんびりとしているはずだ。

 本当は心配でたまらない。今すぐにでも飛んで行きたいが……外にはゾンビと言う魔物が跋扈(ばっこ)している。

 一体一体は動きが緩慢だが数で押されたら太刀打ちできない。

 今、外で生きていくにはいろいろと準備が足りないのだ。

 かく言う唯も同じで「私も……両親が心配ですね」と言っていた。

 

 ただ、まずは自分たちの安全の確保が最優先。

 俺達が死んだら元も子もないからな。

 この部屋に閉じこもっていれば当面は何とかなるだろう。

 食料もまだあるし、水だって魔法で生成できるようなった。

 何なら風呂にだって入ろうとすれば入れるのだ。


 だが、それはその場しのぎで解決にならない。

 早くこの世界に適応する必要だと思っている。

 

 「魔王は……どうするつもりですか」


 魔王ね……。

 それはパスかな……俺はあくまで量産型日本人。勇者でも賢者でもないただの一般人の自覚がある。

 そう言うのは天才と言われる一握りの存在に任せよう。

 逆に唯はどうしたいんだろうか?


 「唯は魔王をどうしたい?」


 質問に質問で返すのは失礼かと思ったが、敢えてそうした。

 俺の意見ばかりじゃなく、唯の意見も聞きたい。


 「私は……分かりません。

 ただ、自分に力が有ればこんな世界にした魔王を———許せない」


 ギリッと歯を食いしばって怒りを露わにする彼女。

 だけど自分にそんな力がない事に歯痒さを感じ更に助長されているようだ。


 「そうか……なら強くならないとな」


 せめてこの世界でも平然と生きていけるくらい。

 それくらいは力を付けたいとは思った。

 せめて魔王に勝てなくても一矢報いる。


 ———絶対に死んでたまるか。


 そう俺も決意した。


 「でも…………そこはかっこよく俺が倒すんだって嘘でも言って欲しかったな」


 ダサくて結構。俺はビビりだからさ。

 

 とりあえず当面の目標は拠点の確保とレベリングか。

 もちろん食料についても考えなくてはいけないが、今の所は買い溜めた食料でどうにかなるだろう。

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