怒涛の日々
「――つまり、君達二人の元に仲間だった者が敵として現れたって事で合ってるかな?」
「そうです」
「ふむ……それは困った。しかも、魔物になったと?」
紫苑から事情聴取を受けていた。紫苑さんと真奈、それと高梨 晃がその場に居た。あの戦いの当事者が集められたと言った感じだろう。
「晃君も、佐川 葵と言ったかな。彼女に捕らわれていたと?」
「はい。そうです。あの女……そいつの名前は初めて聞きましたが、その通りです」
晃に紫苑さんが質問をしている。晃は葵に改造され、首から下がなくなり変わりに細く足のような物が生えた生物に変えられていた。
その後、葵に殺されてしまったのだか憤怒によって時間を巻き戻され、人の姿へと戻っていた。どう言う訳か、戻ったのは体だけで記憶はそのままのようだ。ただ、死んでいた時の事は記憶がなく気づいたら学校へと戻っていたとの事。
「それで、晃君の体を治したのは宗田君ではないと?」
「はい。それこそ、自分は彼女との戦いで必死でした。それをどうにか倒して戻ってみたら、晃が生き返って、しかも体まで戻っていました」
紫苑さんには、憤怒の事と時間の魔法については伏せて置いた。彼が本当に味方か分からなくなったのが一番だが、事この件に関しては唯にしか伝えるつもりはなかった。
今は牙を向いてないが、真奈も嫉妬の使徒だったはず。もしかしたら、葵のようになる可能性だってあるのだ。今のこの世界、不安な事があるなら話さなくていいだろう。
「それを……信じろと?」
「信じるも何も、自分が見た事をそのまま話しただけです」
紫苑さんは無言で俺を見つめてくる。そりゃ、信じれないよな。俺だってそうだ。ただ、黙ってると決めたのだから、話すつもりはない。
紫苑のプレッシャーに負けじと俺も見つめ返す。
「ふぅ。分かった……今は、それで良しとしよう」
納得はしてないが、一旦は諦めてくれるみたいだ。
「さてと、だいたいの事は分かった」
すると晃は難しい顔をする。
「問題が二つ。一つ目は葵と言う魔物がまだ彷徨いているかもしれないと言うこと」
本体じゃない以上、まだ他の個体も存在している。となれば、迂闊に外に出ることが出来なくなってしまったのだ。それは、この学校に避難している人達にとっては死活問題。食料に壁を作るための素材を集めに行く事が出来ない。
「あっ、それは大丈夫です」
唯がそう言った。
「それは、あのベリルと言う精霊が言ってたのか?」
ベリルが精霊? どう言う事だ?
横に座る唯の顔をちらりと見ると視線が合い、何かを訴えてきた。
何か事情があるのだろう。ここは合わせた方がいいな。
「はい。ベルちゃんの索敵能力は信頼して良いと思います。私も何度も助けられましたし、信じてとしか言えませんが」
「大丈夫と言うことに根拠はないか……しかし……ふむ、いいだろう。信じよう。これで一つ目の問題は解決か」
「紫苑! そんなに簡単に信じちゃ――」
「――真奈、聞いてくれ。そもそも彼女が嘘を吐くメリットはない。それに、精霊にしても主を危険に晒す訳にいかないだろう。となれば、信頼してもいい。不安があるとすればその能力の正確性くらいだ」
真奈を紫苑が説得する。
「あー、その能力なら俺も保証します。まだ、学校に来る前にかなり助けられました」
事実、夜中に抜け出してレベルを上げていた時、ベリルの索敵能力には驚かされたのは事実だ。嘘は言っていない。
「だけど……」
「それなら、最初だけ二人について来てもらうのはどうだ?」
「分かっ……たわ。ただ、最初は私と、宗君と唯さんの三人だけにするわね」
「二人も構わないか?」
俺と唯が了承し、真奈も納得してくれたようだ。
「それでは話を続けさせてもらうが……。二つ目の問題は飛び道具。佐川 葵と言う魔物が遠距離から攻撃して来た時、学校の中を守る手段がないと言うことだ」
これに関しては早急に壁作るしかない。そのために、みんなに鉄のスクラップを集めてもらっているのだ。どれくらい集めれば良いか正直分からないが、多ければ多いに越した事はない。
そしたら、後は俺の創造の魔法で鋼鉄の壁で敷地内全てを覆う。一回で完成させなくて良いと思ったが、安全を考えるなら一日でも早く完成させるべきなのだろう。
「宗田君、頼めるか?」
紫苑には戦いの詳細について説明していた。だから、その事について危惧したに違いない。ただ、出来るか出来ないかと言えば――分からない。でも、魔力吸収と併用しながらやればどうだろうか? 入力と出力、どちらが勝かだが……。
「正直、何とも言えませんが……試してみたいとは思います」
「なら、この話が終わったら早速取りかかろう」
やるだけやってみるか。
「それと、別件なのだが神崎 唯――ここから出て行ってもらいたい。もちろん、すぐじゃない。いろいろと事が済んで落ち着いてからで構わん」
「――え? なんで唯が?」
俺は紫苑の言葉の意味が理解出来なかった。
「唯くんが、君を助けに行くと言った時に止めたのだが――悪鬼。その時の変わりようと発言。それは看過できない」
「私は――」
「おいっ! お前ふざけるなよっ!」
都合よく唯を利用して、しまいには危険だから出て行ってくださいだと? こいつ何を言ってるんだ――
「なに、私はここに避難している人達に危険が迫るのを防ぎたい。そのために、唯くんのような危険な人物を置いて置けないと判断したまでだ」
「ああ……そうかよ。危険、危険と言うがお前はどうなんだ?」
「と言うと?」
「俺に向けたプレッシャー。力を試すためだったのかもしれないが――殺気を込めていたよな?」
自分が俺にした行為を忘れたとは言わせない。
「となれば、紫苑さん――あんたもこっちからしたら危険人物なんだよっ!」
紫苑を怒鳴り付ける。
「つまりは、紫苑さんも危険人物と言う訳だ。冗談でもそう言う事をするんだから、あんたも出て行くんだろ?」
「ちょっ、宗くん落ち着いて――」
「――真奈は黙ってろ!」
落ち着いてもクソもあるかよ。こんな扱い許せる訳がない。
――あー、ムカつく。殺すぞ。どいつもこいつも――俺様の邪魔をしやがって。
「宗田さん、落ち着いてください。悪いのは私なんです……なので、それなら出て行きます」
「唯っ!」
「そうか、そうして貰えると助かる」
そんなの絶対に許さない。
「なら、俺も出て行く」
「……本気でそう言ってるのか?」
「ああ、唯は俺の大切なパートナーだ。だから、唯が出て行くなら俺も一緒だ」
「宗田君、君まで居なくなるのは困るな」
困るとか、どれだけ自己中心に言ってやがる。
「仮に君まで居なくなると、大勢の人が死ぬかもしれない。それでもか?」
あー、戦力が減るからな。だけど、それでも
「そうさせたのはあんただろ? なら、そうなった責任は紫苑さんが取るべきだ」
「あー、ちなみになんだけどよ……」
黙って聞いていた晃が言葉を発する。
「流石に紫苑さん……それはないんじゃないか? 俺も宗田に着いて行くわ。いろいろと恩があるからな。後、雫も連れて行く」
「晃――お前は残った方がいい」
「なんだ? 足手まといって言うのか?」
「いや、違う。少なくとも、俺達と来るよりここに残った方が安全だ。妹さんにもやっと会えたんだからさ」
「……断る。宗田には恩もあるし、聞きたい事もある。今の世界で離れてしまえば次会えるのはいつになるか分からないからな、死ぬ前に恩は返してーんだよ」
人に戻った晃は、頭だった時と変わらない。と言うか、むしろ恩があるのは俺も同じなんだよな。晃が居なければ、俺は死んでただろうし。
「ふむ……ならこうしよう――」
紫苑さんが何かを言おうとした時だった。
――我は魔王。
その声は不思議な色をしていた。男の声にも、女の声にも、はたまた年寄りの声にも聞こえる。
そんな声が脳内に響き渡った。