騙し打ち
「ゴウセ――」
機能を失った腕。それを修復するために葵は再び合成の能力を使おうとした。しかし、そうはさせないとばかりに宗田が迫る。
「――赤の壁」
宗田の猛追により、葵は能力を行使する事が出来ずにいた。牽制の意味も込めて緑の液体を吐き出すが、宗田は血液操作で壁を作り防ぐ。
強力な酸性を帯びた謎の液体は、瞬く間に赤色の壁溶かしてしまった。しかし、宗田にそれは届く事なく、少し足を止める事しかできない。
「――兜割り」
宗田は仕返しとばかり斬撃を飛ばす。葵は残った腕でそれを防ぐ。ゾンビ相手ならまだしも、ゴツゴツと岩のようになった葵の腕の表層に傷を付ける程度の威力しかない。宗田も火力が足りず攻めるに攻めきれない状態が続いていた。
「ドウシテ……コンナこと――スルのっ!」
片言の日本語を口にする葵は、癇癪を起こした子供のように暴れ始めた。
「――グールの王――完全展開」
しかし、宗田は冷静だった。次に起こりえる可能性を加味して能力を行使する。
「キエテッ! ――オネガイ」
葵が暴れた事で周囲に転がった残骸を手に取り、それを投げつけた。
残った七本の腕で、次々に投げ放たれる石や建物の一部だったもの。宗田は後退を余儀なくされるが、直撃だけはどうにか避けていた。
「オネガイッ! オネガイッ! オネガイオネガイオネガイオネガイオネガイ」
ひたすら繰り返えされる『お願い』と言う言葉。まるで壊れたテープが早送りで流されているようだった。
「――っ!」
弾丸のように繰り出される投射物が体の一部を掠めると、その部分の鎧がごっそりと抉れた。
血液の鎧の内部、そこには黒い鎧も装着されていたがそれすらも抉りとり、人の肌が見え少し血が滲んでいた。二重に着た鎧を破壊し、更にその奥にまでダメージを負わせる。葵の放つ攻撃は直撃すれば命はないだろう。
一撃、一撃が即死級の威力を持つ葵の攻撃に、宗田は避けるだけで精一杯となる。
「オネガイ……ヤメテ……コナイデ」
葵の周囲から投擲に使用できそうな物がなくなるとブツブツと呟きうなだれる。宗田はこれがチャンスと、葵に再び攻撃を仕掛けようとした――
「――なに?」
しかし、葵の行動に宗田は動きを止めざる終えなかった。のそりのそりと動き出した彼女は、すぐそばに会った電柱に手をかけた。自分の背丈を優に越えるそれは、葵の手に掴まれるとメキメキと音を立て根元から引き抜かれてしまったのだ。
軽々とそれを持ち上げ、横に凪払うかのように振るった。まるで棍棒を操るかのように振るうと
、それが触れた物は次々と破壊されしまう。
宗田はその光景を見ると、軽く舌打ちをして状態を引くして葵から距離を取った。せめてもの救いは彼女の動きが緩慢な事だろうか。攻守共に揃っていたが、その移動速度が遅いのだ。おかげで距離を開ければそこまでは脅威に――
「危ねっ!」
と思った矢先に、頬を掠めるように建物の一部と思われる破片が頬を掠めた。
つまり離れていても、休んでる暇はないようである。
「それなら――空斬り」
致命傷にはなり得ないが、牽制する事は出来ずはず、と両手に持った唐紅の剣を葵目掛けて放り投げ血液操作で無数の小さな刃へと変化させる。
葵は自分の弱点である本体を守ろうと開いた手で顔を覆う。どうにか動きを止めるのに成功したが、強靭な皮膚に刃がぶつかると砕けて血飛沫を上げて血液操作のその効力を失ってしまう。
絶えず攻撃の手を緩めない宗田。いつの間にか葵は宗田の血に濡れ真っ赤となり、凶悪な面構えが更におどろおどろしくなった。
「どうするか……」
宗田は考える。火力不足に悩まされ、決め手に欠ける状態だ。葵に勝る点はスピードと技巧くらい。ただ、それだけでは決定打になり得ないと言うのが現実。
思考する時間を稼ぐため、その攻撃をひたすら繰り返す。血が足りなくなれば追加で唐紅の剣を作り葵に目掛けて投げつける。時に空斬りを発動し、時にそのまま彼女にぶつける。変則的に技を織り交ぜる事で、どうにか彼女の動きを防いでいる状態だ。
「イメージは――ぐぅっ!」
宗田が魔法を使おうとするが、いつものフレーズを呟こうとした所で苦しそうに声を上げた。
「やはり……ダメか」
何処か想定していたらしい。宗田の模倣や血液操作と言った能力の行使は出来るようだが、元から持っている魔法は何故か使えないらしい。
忌々しく顔を歪める。
「仕方ない……か」
すぐに宗田は諦めた。
「自分でどうにかするしかないか」
考えが思い浮かんだのか、宗田は攻撃の手を緩める。
葵は即座に攻撃へと転じた。
「エッ?」
「――蜃気楼」
宗田が何かの魔法名を呟くと、葵が驚いたような声を上げる。
「さて――本物はどれだと思う?」
五人に分裂した宗田。蜃気楼の名の通り、本体を含めて全ての彼の姿が霞、揺れていた。違いがあるとすれば右手に唐紅の剣を持つ宗田と、左手に剣を持つ宗田に違いがあるくらい。
「キヒッ――」
葵は最後に宗田がどちらに剣を持っているか覚えていた。しかも、分裂した宗田の内の一人しか右手に剣を持っていない。
彼女は子供騙しの魔法だと思った。簡単な間違い探し、攻めて乱戦であれば騙せたかもしれないがお互いが睨み合っている状況ではすぐに見破られるのが落ちである。
「ギギッ……ど……レ?」
葵は敢えて騙されたふりをする。宗田は彼女が騙されていると思い込み、五人が別々に彼女に迫った。
「や……ダ」
彼女は演技を続ける。怯えていた彼女だったが、今は少し余裕が出てきたようだ。混乱し、たじろぐ。ブンブンと手に持った電柱を振り回し、どうにか近づけないように必死に――見せかけている。
「ソコッ――!」
葵は狙いを定めて、右手に剣を手にした宗田に向かって叩きつける。
「ヤ――た!」
宗田は避ける事も出来ず、潰され赤い花びらを咲かせた。
しかし――
「はは……はははっ!」
残った四人の宗田は、本体が死んだにも関わらず消える事がない。葵を囲むように並ぶと高笑いを始めた。
「――虚偽魔法解放」
「ナニ?」
宗田は言葉を噤む。
「真名――具現分裂」
ここで葵は騙されている事に気づいた。
潰したはずの宗田も生き返り、再び五人になる。
「全て本物だよ」
そして、宗田は一斉に襲いかかった。
「クゥッ!」
葵はその場で暴れて、宗田の猛追を防ぐ。何度殺しても、宗田は起き上がり絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。
その度に葵は宗田の返り血を浴び、全身血みどろ。ペンキを塗られたように真っ赤であった。
目を充血させ、興奮した様子で宗田を倒しにかかるが、無限とも言える攻撃の嵐に少しずつたが動きが鈍ってきていた。
「これくらいで十分だな」
宗田はそう言うと、五人全員がその場から離れる。
「ナ……ニ?」
「なぁ、俺の能力を忘れたのか?」
宗田は葵にそう問いかける。
「エッ――」
薄ら笑いを浮かべ、宗田は勝ち誇った顔をする。
「血液操作――針千本」
地面に滴るくらい大量の血液を浴びた葵。液体は葵の鋼のような皮膚の隙間、関節部分にも大量に入り込んでいる。
分裂した宗田のどれも本物。つまり、今付着している血液は全て彼の物なのだ。
その状態で血液操作を使用すると――
「グッ――ギャァァアアッ!」
ベリベリと甲羅を剥がすように、葵の皮膚が地面に落ちた。そして、内側にある肉に次々と血液の針が突き刺さる。
激痛が襲い、耐えかね、遂には地面に倒れふした。