表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

176/184

油断

 「アァ……ヤメテ……」


 まるで懇願するかのように葵は言葉を発する。残った目で宗田を見る、その瞳に奥には悲痛な感情が見て取れた。

 変貌した姿は鎧を来た虫のようになり、一回りほど体躯も大きくなった。だけど、それとは裏腹に怯えたように体を縮こませている。


 「そらよっ!」


 宗田は葵の顔面を右足で蹴りを放つ。

 足の平を突き出し、葵を遠くへ突き飛ばそうとする。


 「ヤダ……ヤ……ダ」


 葵はゴツゴツとして岩のようになった腕で宗田の蹴りを防ぐ。


 「ハハハッ! 中々やるな! 今のこいつのスペックにはちょうどいい相手だ――」


 葵も他の腕を使って反撃をする。それを腕を交差させ防いだが、コンクリートと融合した彼女の一撃は宗田を吹き飛ばすには十分だった。


 「イヤ……し……に……ナイ」


 宗田が激突した事で、建物の一部が崩壊した。それが、覆い被さるように宗田の上に積み重なる。のそりのそりと葵は宗田の元に近づこうと動きだした。

 ただ、様々な物を取り込んだ彼女の重量は相当なもの。防御力を得る変わりに、バッタのように飛び跳ねていた俊敏差は完全に失われていた。速度を捨て、守りを得る。まるで今、葵の死にたくないと言う感情に呼応するかのように、合成の能力が働いたようである。


 「っつつ! なんて馬鹿力だ」


 宗田の声が聞こえると、葵の動きが止まった。

 

 「あー、もうぜってぇ、許さねー」


 血液の鎧の一部がなくなっていた。葵は防御力だけじゃなく、攻撃力も格段に上がっているようである。だが、宗田は瞬時にそれを修復し――


 「――唐紅の剣」


 宗田が普段から愛用している血液で出来た剣。深紅に染まったその剣を左右両方の手に出現させた。


 「あまり――調子に乗るな!」


 憤怒に乗っ取られた宗田は、普段の彼に比べ遥かに攻撃的。防御を捨て、葵へと襲いかかる。

 

 「コワイ……」

 

 迫る宗田に完全に萎縮した彼女だったが、それとは裏腹にカウンターをお見舞いする。

 葵が手を振ればごうっと重く風切る音が聞こえた。宗田、自身へと突き出された腕をかいくぐるように避ける。


 「ちっ!」


 苛立った舌打ちをする宗田。葵のカウンターを交わしたが、今度は上から叩きつけるように拳が振ってきたのだ。葵の懐に潜ろうとしたが、今の一撃で足止められ後方と下がってしまう。

 自分の思うようにいかない事に苛立ちを隠そうともせず、もう一度懐に潜ろうとした時だった――


 「――ぐぅっ!」


 ここに来て初めて憤怒が苦悶の声を上げた。

 葵の元へ迫ろうとした時だった。彼女が多腕で背伸びするように起き上がると、胴体まで裂けた巨大な口からヘドロのような緑色の液体が吐瀉された。

 不意打ち的に放たれ液体は、動き出そうとしていた宗田は諸に食らってしまう。頭からその液体を被ると、白い煙が上がり周囲に異臭が立ち込めた。


 「ヤ……た?」


 血液の鎧――「グールの王(アドゥルバ)

 致死量以上の血液を使用し、全身を覆う。その姿は宗田と唯が最初に戦った特異体(ネームド級)のボスを彷彿とさせる姿へと変わる。

 身体能力を爆発的に向上させ、かつ防御力も鎧と言う名の通りかなりのものだ。最大の強みは鎧が個別に血液操作の能力が付与されている部分。拳を突き出せば、それに合わせるかのように発動し、鎧そのものを動かして使用者の限界以上の力を出す事が出来るのだ。その代償は――欠損。肉体がそれに耐えれないこと。

 鎧の発動にしろ、それを操るにしろ、常人には不可能。宗田の持ち得る超回復があってこその能力である。憤怒も体を乗っ取った事で、その能力を自由に使用できるが、最初の蹴りで鎧の中の足は酷い有り様だった。

 だけど宗田とは違い、痛みを感じる素振りは見せなかった。それが、葵から放たれた液体を被った事で初めて苦悶の声を上げたのだ。

 血液と言う液体の鎧では中和する事も出来ず、宗田は融解した。皮膚が溶け、筋肉が剥き出しになり、それでも止まらず骨まで溶かす。最後に残った髪の毛が地面に散らばったのを確認すると、葵は安堵したようで構えた腕を降ろした。


 「――イ……ギッ!」


 葵はこれで助かったと思った……だが、その希望は簡単に打ち砕かれてしまう。熱風が葵に向かって吹き荒れると、宗田が死んだであろう場所から黒い炎が柱のように吹き上がった。

 その姿は不死鳥の如く、火の中から何度でも蘇るフェニックスである。しかし、その炎は黒く、聖獣とは似ても似つかない、地獄の炎のようだった。

 炎々と燃え続けるかと思われた炎は渦を巻き、一点へと集約する。渦の勢いが収まると、巨大な炎の塊が出現した。まるで、黒い太陽のように熱を放ち、ジリジリと葵の肌を焼く。辺りが静寂に包まれ、葵は金縛りにあったかのように動けず、この現象の行く末を見守るしかなかった。 

 宙に浮く球体。何も動きを見せず、ただ熱を放ち空気を焼いていた。しかし、静寂は長く続かなかった。

 粘土をこねるかのように、ぐにゃぐにゃと歪に形を変える。徐々に人型へと形が変わると、黒色が肌色に、そして新たな生命が産まれるかの如く――斎藤 宗田が産まれた。

 

 「う……アッ!」


 新しく産まれた宗田はこれまでと雰囲気が違っていた。遊び半分で戦っていた時とは雰囲気が違い、重々しい空気を放っている。蛇が這うように黒炎が宗田に巻き付き、それが鎧へと姿を変える。ゆっくりと開かれた真紅の瞳は獲物を捉えるがの如く鋭く葵を捉えていた。

 

 「――唐紅の剣」


 宗田は葵に何かを語りかけることもなく、剣を召喚する。黒い鎧を装着し両手に剣を持つ姿は、騎士の姿その物だった。ただ、悪を枢軸とした黒騎士。

 耳は尖り、牙が生え、指先は鋭く尖っている。人間らしさが少しそがれ、それが葵を畏怖させた。

 (こうべ)を垂れるかのように、身をかがめ後退りをするが、宗田は――


 「――部分発動――グールの王(アドゥルバ)


 唐突に戦闘を始めた。

 自分の両足に、血液の鎧を纏い前進する力に更に推進力を与える。


 「――超回復――魔力吸収」


 連続し能力を行使する。砕けた足を修復し、魔力を即座に補填して葵の目前まで迫る。


 「死ね」


 両手の剣を交差するように振るう。


 「――コナイデ」


 腕を一本柱のように突き立て防いだ。


 「――唐紅の剣」


 葵の腕を弾くことには成功したが、血で出来た剣はその威力に耐えれず砕け散ちり、血飛沫が舞う。しかし、宗田は即座に剣を出現させ葵に更に迫った。

 

 「部分発動――グールの王(アドゥルバ)


 今度は腕に装着すると、


 「アアアッ!」


 槍を投擲するように放り投げる。

 それは、背中の腕の根元部分に深く突き刺さる。胴体を狙われると思った葵だったが、宗田はそれをしなかった。敢えて、背中の腕を破壊しにいったのである。


 「赤の刃――空斬り(そらぎり)


 唐紅が分裂し、葵の背中を容赦なく斬りつける。小さい刃はコンクリートで覆われていない関節部分をズタズタにする。


 「イヤ……ヤメテ……オネガ――」


 「集結――唐紅の剣」


 赤の刃で発動した刃が、宗田の手に集まりもう一度と剣を形成した。


 「落ちろ――兜割り」


 葵の正面、本体部分はがっちりガードされている。だから、背中に目掛け斬撃を飛ばす。

 狙いはさっき攻撃を加えた部分。右肩付近から生えた腕の根元に直撃すると、半分以上まで斬撃が食い込んだ。

 けたたましい悲鳴を上げる葵だったが、宗田は眉一つ動かさずそれを見やる。紫色の血が霧のように噴射され、木が倒れるかのように腕がへし折れた。重量が増した事で、深手を追った腕は耐えれなかったようである。だらりとそれは垂れ下がり、腕としての機能を消失した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ