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普通の家庭

 ――私はごく普通の家庭に生まれ育った。


 父は会社員。

 母は専業主婦。


 一番古い記憶では、5歳の記憶である。まだ、弟も産まれてはいなかった。


 「あーちゃん、何してるの?」


 「ママ? 虫さんが死んじゃった~」


 あーちゃんとは私、佐川 葵の事。いま思い返せばこの頃から私はおかしかったのかもしれない。


 「――きゃっ! そんな事しちゃダメよっ!」


 母は驚いた様子で手に持っていたハサミを取り上げた。

 私の視界の先には、足を切断され腹を裂かれたカマキリの姿があった。裂かれた腹から、腸とうねうねと動く黒い針金のような虫の姿があった。

 必死にそこから逃げ出そうとしている。母は慌てて何処かに向かうと、ティッシュでそれを拾ってしまった。


 「あっ」


 せっかく見ていたのにどうして? そう思った。 

 どうしてこんな事をするのと母の顔を見ると凄嫌悪の表情を浮かべ、ティッシュにくるんでいた。


 「あーちゃん! こんな事しちゃダメよっ! 虫さんも生きてるんだからね!」


 叱責を受けた私は、呆然と母の顔を眺めていた。


 「分かった?」


 母にそう言われ、 

 

 「は……い」


 と返事を返すが、内心では「見つかったら邪魔される」とそう思っていました。


 それからと言うもの、母に見つからないように虫を見つけては解体。そして、観察。家から持ち出したセロテープを使ってペタペタと違う虫の部品を組み合わせて、着せ替え人形のように遊んでいました。

 月日は流れ、私が八歳の時に弟が産まれました。


 「おぎゃっ! おぎゃあ!」


 泣く赤ちゃんを母は大切に抱き上げあやしています。私の隣では父が安心したように母と弟を見つめていました。

 もちろん、私も初めて生命が産まれる瞬間を目にし感動しました。


 ――解体したい。


 「あーちゃんも見たいの?」


 勝手に弟のもとに足が動いていました。

 

 「でも、まだ触れちゃだめだからね? もう少し我慢してね」


 弟の目の前に到着し、手を伸ばそうとした時に我に返りました。

 危ない……このまま衝動に負け、弟を欲求のまま――首を……バラバラに。


 「葵? どうした?」


 父に声をかけられ、伸ばした手をすっと引き戻す。


 「ママ……早く帰ってきてね」


 手を後ろ手に組み、それをぎゅっと握り締めその場を離れた。父と病室から出た私は、これからの事が心配になった。

 出来るのかな――我慢すること。


 この頃から自分が少しおかしいと言うことは薄々感じていた。友人や先生、皆は自分の好奇心を対象。いくら虫をバラバラにしても、甲高い鳴き声で鳴くだけで飽きてきた。

 これが人であればまた違った反応を見せてくれるだろう。そうすれば、飢えに似た渇きを潤してくれるはずである。笑顔で友人と話す時にいつも考えている事は、血みどろの表情で果てる姿。苦しみもがき、生を掴もうとする姿……考えただけでゾクゾクして――たまらない。

 笑顔の向こう側では黒く禍々しいヘドロがびっしりと詰まり、行き場のない感情が溢れ出ようとしていた。


 それから月日が更に流れる。私も成人し、会社員として勤めた。

 この頃になると、自分の欲求を理性でどうにか押さえこむ事が出来るようになっていた。ただ、どうしてもたまに、突発的な衝動が私を襲う。

 そんな時は――


 「――ギャーッッ!」


 ふう。少しは落ち着いた。


 「片付けして帰りましょ~」


 ここは私の隠れ家。実験室のようなもの。

 幾度となく、野良の猫や犬を見つけては連れ込んで、衝動を押さえるために利用していた。

 人気のない山の中に動物の叫びがしたところで、誰も気にも止めないだろう。小さい穴を掘って手足を失った胴体を、頭を、手足を、内臓を、入れて土をかける。


 「これでよしです~。すー……はぁー。空気が美味しいですね~」


 ほんのりと甘く酸いた不快な臭いが鼻を刺激した。だけど、慣れるとこれはこれで。

 これまでに何百と言う動物を埋めた。それが、腐り最後の生きた証を示してくれる。私はこの香りが好きだ。ここに来ると何もかも忘れ落ち着く。

 多分に空気を吸い込むと、


 「もう、こんな時間! 明日も仕事だから急いで帰らなきゃ」


 スマホで時計を見ると時刻は二十三時中程。存分に味わっていたらいつの間にかこんな時間になっていた。

 家に着く頃には0時近くになっているだろう。


 「到着です~。血……ついてないですね~。――あれ? な……に?」


 すると突然、息苦しくなりその場に立っている事が出来なく膝をついてしまう。心臓を鷲掴みにされたような激痛、額からは脂汗が吹き出していた。

 

 ――死ぬの?

 

 それは嫌だ。嫌、嫌、嫌!

 これは自分が今まで犯した罪に対する罰なのか?  そんな事を思ったが……死にたくない。

 自分が命を刈り取る分にはいいが、その逆は嫌だ。せめて……家の中に入れば家族が助けてくれるかもしれない。

 カバンの中をひっくり返して、中身をその場にぶちまける。物乞いのように、家の鍵を探し出すと震える手でそれを手に取った。

 玄関の扉にへばりつき、木をよじ登るがの如く立ち上がろうとするが、足に力が入らない。せめて鍵だけでも開けようと鍵を刺そうとするが、手が震えるせいでそれすら出来ないでいた。


「お願……い、誰か助け――」


 その願い虚しく世界が暗転した。


 ――――――

 ――――

 ――

 

 「あれ? 私は? 昨日……確か?」


 目を開けたら朝になっていた。昨日のよる家に帰ってきて、突然の息苦しさに襲われて……。意識を失ったの?

 

 「とりあえず中に――」


 地面に落ちていた鍵を拾うと、家の扉を開けた。


 「翔太! 落ち着け! 辞めろ! 噛みつくんじゃない!」


 真っ先に目に飛び込んできたのは、父が翔太を抱き抱え二階の部屋へと連れて行く姿だった。

 どうにも様子がおかしい。


 「あなた……」


 すると、リビングから母も出てきた。


 「葵……おかえり。下で少し待っててね」


 腕から血を流した母が、苦悶の表情を浮かべながら私にそう言ってきた。


 「は……い」


 そう答えると、母も父の所へと向かっていく。

 二階からドタバタと音がする。時折、父が怒鳴り母が叫んでいた。阿鼻叫喚のような世界が二階では起きてるのではないかと私も落ち着かない。


 「あれ? 水も出ないの?」


 喉を潤そうと、蛇口を捻るが水が出て来ない。テレビも……だめ。

 ――断水? 停電?


 頭の中が軽いパニックとなる。

 そわそわとリビングを行ったり来たり、うろうろするが父や母が戻ってくる気配がない。

 

 「ちょっと……様子を見に行こうかな~」


 そろりそろりと、二階の階段へと向かった。

 

 「――何か縛る物を持ってきてくれ!」


 父が叫ぶと、母が翔太の部屋から出てくる。


 「あ、葵。下で待ってなさい」


 腕から血を流していた母だったが、今や体中が血だらけとなっていた。母の血か父の血か、それとも翔太の血なのか。

 だけど一つあるとすれば――

 

 ――ブチッ!


 激しい音を立てて私の中の何かが切れた事だろう。


 「もう無理、無理、無理!」


 我慢出来る分けない――こんなの。


 翔太の部屋の扉が開いた時、部屋の中から芳しい香りがむわりと顔を覆い尽くした。

 猫や犬を解体する時に薫る香りは、私の欲求を刺激する。だけど、今感じている香りはそれとは比べ物にならない。体奥底からトゲのついた虫が這い上がるようなゾクゾクとした感じに、身を悶えされる。不快感が快感へと変わり、私は自分の部屋にある小ぶりのハンマーを持ち出した。


 「葵? ……どうした?」


 私は今どんな表情をしているのだろうか?

 父は弟を抱きしめ押さえている。そんな弟は父の腕に噛みつき肉を頬張っていた。

 痛みで歪む顔をする父。だけど、それ以上に私を見た表情は引きつり、顔を強ばらせている。


 皆が悪いんだよ――


 ――こんないい匂いさせてるんだもん。


 「――や、辞めろっ!」


 あぁ……やっと、やっとだよ。


 「葵! 何をしている! 辞めろ!」


 「キャーッ! 葵、何してるの! 翔太しっかりして!」


 やっと――殺せた。

 

 十数年、我慢した欲求が解放され盛大に私は達した。

 ビクビクと体を小刻みに痙攣させ、顔から笑みがこぼれる。

 そこからはよく覚えてないが、父に出ていけと言われた事は覚えている。これで、私の人生は終わり、警察に捕まって後は牢獄暮らしが待っていると思った。だけど、それ以上に気分がよく、どうでもよく感じた。


 ――あら、あなた見所あるわね。


 そして、出会った。


 ――私は色欲。どう? 使徒にならない?

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