悔しさから
葵は自分の生命力の強さをこの時ばかりは呪った。
神崎 唯に殺され、斎藤 宗田にも酷い目に合わされている。簡単に死ねれば良かったが、改造された体は丈夫に出来ているのだ。現に切断された腕の部分は少しずつだが治り始めていた。
腕を生やす程の再生力はないにしろ、表面に薄い皮が出来て来ていた。ただ、黒い刃、もとい炎で強引に切断された表面は酷く焼けただれ治りを遅くしている。
「あぅ……ぁぃ……あ」
目玉をほじくり出され、ゴミのように地面へと投げ捨てられる。朧気な意識の中、宗田の姿が視界に入る。その背後には青い屋根の民家。残った目で周囲をギョロリと見渡してみると、雑草の生えた手入れの行き届いてない汚い庭の姿。哀愁漂い月日の流れを感じさせる。
どこで間違えたのか? 葵は心の中で自問自答を繰り返した。全てが完璧だった。むしろ、探し物ついでに、一番欲しかった人間を見つける事が出来たのだ。これほど幸運な事はないだろう。雑草が生え、騒がしくなった庭をぼんやりと見つめながら、葵は数時間前の事を思い出していた。
「それでよー。本体は何処に居るんだ? 吐いたら楽に殺してやるよ」
宗田の皮を被った化物が葵へと問いかける。虚ろな瞳で少し離れた所に立っていた宗田を見つめるが口を開く事はなかった。きれいに一文字に閉じ宗田をただ見つめ返すだけである。
返答を待てどいつまでも答えが返ってこない。やれやれと言った感じで、ため息を吐くと葵に近づいていく。
「なぁ、素直に答えれば楽になれるのに何故そうしない? それとも、そう創られたのか?」
創られたと聞いた時、葵が少しだけ反応を見せた。
「黙っ……れ」
朦朧とする意識の中、その言葉に何か思う事があったのだろうか、震える声ではっきりとそう言ったのだ。
「所詮は紛い物。お前がどう言おうが、その事実は変わらない。あー、なんだ? 一つの個体? 生命体? 生きてるとでも思ってるのか? ただ、自立したオマケ程度の存在だろう」
「うる……さ……い」
嘲笑するように宗田がそう言うと、葵は声を絞りだす。残された目で睨み付けるが、宗田は鼻で笑い飛ばす。
「黙れ――紛い物。話せないなら……用済みだ」
宗田は本体の居場所を話さないのではなく、話せないと、そう設定されて創られたと判断した。
黒い炎を纏った右手を振り上げ、葵の顔を目掛けて振り下ろす。
「消えろ」
葵はその光景を茫然と眺めていた。時間がスローで流れる。
――ああ、これで終わりなんですね~
自分の命がここで途絶える事を悟。確かにこの葵は本物の佐川 葵ではない。本体に生み出されたモドキに過ぎない。だけど、一個体としての意思が存在するのだ。
自分の価値を否定された事に怒りを覚えたが、結局はどうする事も出来ないと諦めた。
「嫌……」
――死にたくない。
ここに来て自分が死ぬ事に対して明確な恐怖を覚える。これまでは、本体の駒の一つ変わりはいくらでも居ると、死ぬ事に対して何も思っていなかった。いや……そう創られたのだろう。
だけど、ゲームのバグのようにその理から外れてしまう。ここで死んでも他の個体が同期する事で記憶も意志も引き継がれるだろう。だけど、それは今の葵ではない。それが、どうしようもなく嫌だった。
だから――
「――むっ」
葵は最後の力を振り絞る。
「イ……イヤッッツツ!」
それは断末魔の叫びのよう。
「シシ、ヤダ、ヤダ、ヤダ」
子供が駄々をこねるように、最後の力で宗田の腕の中程から食いちぎった。
「手負いの獣ほど危ないとは言うが、まさか……だな」
宗田もこの反撃は予想してなかったようで、避ける事も出来なかったようだ。噴水のように血液を吹き出す。
虫の形状へと変貌した葵は、食いちぎった腕を咀嚼する。
「オ、オイシ……アァ」
思い人の肉は葵に幸福感をもたらす。味わうようにゆっくりとそれを飲み込んだ。
「惨めだな」
宗田は葵の姿を見てそう呟いた。
背中から生えた腕は全てなくなり、自分の体を支えるのは人間の腕。女性らしく、柔らかく筋肉があまり付いていない。もちろん、そんなヤワな腕では自分を支える事なんて出来ない。地面にめり込むように倒れた姿は芋虫のようだった。
「手間を取らせるな」
即座に腕を回復させると、さもだるそうに先程と同じように炎を纏う。もう一度とその手を振り上げ、それを脳天目掛けて振り下ろす。
「――合成」
確かに葵はそう言った。だけど、周囲には宗田と葵だけ。ゾンビすら居ない状況だ。
ならば何と? 宗田ははったりか何かだろうと気にもしなかった。
「――ぐふっ」
宗田が横に吹き飛ぶ。
塀をぶち抜き、道路へと吹き飛んだ。
「ヤダ……ヤダヤダヤダヤダ――シニタクなイ」
「おいおい、凄い執念だな」
何事もなかったかのように宗田は立ち上がる。首や腕が曲がってはいけない方向へと向いているが、正常な腕で強引に戻すと、葵を見やる。
「いき……タイ」
のっそりと、崩れた塀の向こう側から葵が現れた。
「色欲は変わらず趣味が悪い」
背中から生えた八本の腕。切り落とされた筈が、元に戻っていた。だけど、それは最初とは違い脆く、茶色く、まるで土でできたゴーレムのよう。
「無機物でもいいのかよ」
見るて、葵が倒れていた庭の一部がごっそりとなくなり、小さな穴が出来ている。
宗田を殴り飛ばしたであろう手は砕け、今にも折れてしまいそう。火事場の馬鹿力的に能力を発動したが、元の姿に戻るには不完全だったようだ。
「――合成、合成――合成」
葵は自身の能力を連発する。周囲の空間が歪み、ブラックホールに吸い込まれるかのように、葵の体に飲み込まれていった。
土だろうが、コンクリートだろうが、手当たり次第に飲み込み、それは色欲と言うよりは暴食に近い。
それに飲み込まれるのは流石にまずいと、宗田は距離を取る。
「ァアアアッッツ!」
彼女が吠えた。
空気が震え、頬がビリビリと痺れるような感覚がする。
「はははっ。良いじゃないか、楽しくなってきたぞ」
宗田はまるで戦闘狂のように楽しそうにそれを見ていた。舌なめずりをし、準備体操をするかのように体をほぐす。
「よし、いつでも来いよ。イメージは――グールの王」
宗田も負けじと、血液の鎧で全身を覆う。あっという間にグールへと変貌を遂げると同時に、葵も変態を終了した。
「イギ……ギギギッ」
葵の周囲にあった塀や道路、家の一部は何かにえぐり取られたかのように、ごっそりと姿を消していた。
それを吸収したであろう葵の姿は、宗田と同様に鎧を着たような姿をしている。土で出来た腕を補強するかのように石のような物で覆い、太く大きく、体を支えている。
人間だった部分も同じように、コンクリートで覆われ指先は鋭く肉食獣の獣のよう。女性らしかった腕は存在せず、丸太のように太い。背中から生えた腕なんて無くても自分を支えるには十分であろう。
しかし、その分動きは緩慢。全体的なビルドアップには成功したが重量は相当な物。その証拠に葵が立っている部分が陥没していた。
それを見て楽しそうに宗田は笑う。