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逆行する世界

 変貌した宗田に、葵は焦っていた。身なりは変わらないが、その言動は別人である。偉そうな物言いは、”憤怒”と名乗ったが、どこか”傲慢”とも取れる。だけど憤怒の名の通り、彼が言葉を発すれば、空気が恐れ戦いているかのように震え、張り詰め、葵の肌を刺した。

 砕けた人形となった、宗田の姿は追い討ちをかけようとしている葵からも見えている。だけど、その姿を見ても彼女の心は不安のような、恐怖のような、死を具現化したような、禍々しいヘドロがベールとなって覆い被さっていた。


 「ギィ……ィ――イアアッ!」

 

 渾身の雄叫びを放つと、葵は宗田の顔面目掛け、がっしりと組み合わさった拳を振り下ろす。宗田はピクリとも反応すこともなく、それをまともに受け、水袋が潰れたように中身をぶちまける。

 人の姿からかけ離れた姿となった彼女だが、呼吸も荒く、満身創痍といった感じである。宗田の顔面にめり込んだ拳をゆっくり引き抜くと、ねっとりとした液体が滴り落ちた。


 「……シ――シシ――死んだのかな~?」


 ミチミチと音を立てながら人の姿に戻った。事切れた宗田の姿を見て、安堵したように肺を絞り、新しい空気を取り入れた。

 数秒間、宗田の事を見つめ動かない事を確認するとそっと一歩後ろへと下がる。


 「……えへっ! なんだ~。驚かないでくださいよ~」


 宗田を見つめる瞳がぐにゃりと曲がり、頬が赤らむ。


 「うふふっ。美味しいです~」

 

 こびりついた宗田の血液を舐めとり、テイスティングするように味わって飲み込んだ。


 「さて、帰りますかね~。でも……宗田さんの体はいい素材になりそうなので、持って帰りますか~」


 宗田が死んだ事で、緊張の糸が解けたのかいつものほんわかとした葵へと戻っていた。

 彼の体を持ち上げようと背中から生えた腕で体に触れると――


 「あれ、えっ? 腕? ――あ、ぁづ――あああっ!」


 突然、葵が叫ぶと宗田の体に触れた腕が突然燃えだした。蒼く眩い光を放ち、右肩付近から生えた腕が一瞬で炭となり崩れ落ちる。


 ――誰が触れていいと言った?


 葵の頭の中で宗田の声が聞こえた。まるで、あの時の”魔王”のように、直接頭の中に語りかけてくるようだった。


 「あ……ぐっ! な……に?」


 葵の右肩には酷くただれた火傷の跡。それを人間の手で押さえながら今の出来事に対して考えを巡らせる。額から油汗を浮かばせ、痛みで身悶えしそうになるのを堪える。しかし、痛みのおかげで混乱しそうな頭が冷静になったのか、彼女の行動は早かった。

 

 「――くっ!」


 その場から飛び退き、近くの民家の屋根へと飛び乗る。

 

 ――ヒヒヒッ!

 

 笑い声が聞こえると同時だった。


 「燃え……た?」


 宗田の体が黒い炎に包まれる。


 「まさ……か? あの状態から?」


 あっという間に宗田は黒い炎に包まれて姿が見えなってしまった。


 「今のう――」


 「――何処に行くつもりだ?」


 彼女に届いた言葉は死刑宣告である。行く手を阻む黒い炎、肌を焼き全身からどっと油汗が吹き出す。


 「いてぇ、いてぇ、いてぇ……あー、死ぬのってこんなに痛くて――ムカつくなあ」


 大気は灼熱のように焼け焦げる。だけど、彼女の唇は青く変色し、まるで凍えているかのように小刻みに体を震わせていた。


 「セバ――ああ、この世界には居ないのか……」


 黒い炎が一カ所に集中する。それが、徐々に人型へと変化すると、


 「わざと死んでみるのも、なかなか面白い。だけど――不愉快極まりない」


 そこには無傷の宗田が姿を現した。


 「魔力もすっからかんだせ。さて? 女、どうだった?」


 真紅の瞳に葵が貫くかれると、宗田から放たれるプレッシャーに一瞬たじろいだ。


 「な、何が……ですか~?」


 「俺を殺したかったんだろ? 殺せた感想だ。紛いなりに”色欲”に認められた使徒、どうせろくな性格してないだろ?」

 

 佐川 葵は”色欲”と呼ばれる大罪に認められた使徒。七つの大罪と呼ばれる悪魔の一体。魔王といっても差し支えない存在に、力を与えられている。猟奇的な彼女にとってはちょうど良かったに違いない。特に合成を使っての魔物の作成は好奇心を埋めるには十分である。

 高梨 晃のような、頭だけの生物。そして、胴体同士を組み合わせた魔物。自身の体とて、その対象の一つだった。恐らく、他にもいろいろな実験を繰り返してるだろう。

 ただ、改めて他人からそう言われるとあまりいい気分はしなかった。


 「カカカッ! 臭う臭う、お前から怒りの臭いを感じるぞ。ああ、いい香りだ。だけど……そうだな――何か物足りない」


 憤怒の名の通り、怒りの感情に敏感なのだろう。クンクンと鼻を動かし、漂う怒りを感じている。


 「そうだ。これならどうだ? イメージは――模倣」


 あろう事か切り札である、模倣のスキルを発動した。


 「――対象は神崎 唯」


 相棒の名を呼ぶ。


 「模倣能力――時間回帰(・・・・)


 それは今まで聞いた事のない魔法だった。神崎 唯の中にそんな能力は存在しないはずである。しかし、宗田はその魔法を模倣する。


 「何を……するつもり?」


 「まあ、見てな。面白い物を見せてやるよ。っと、確かこっちの方だったよな? あー、合った合った――これだ」


 少し離れた所に移動した宗田は、おもむろに何かを探していた。


 「あーあー、脳みそぐちゃぐちゃじゃないか」


 見つけた物をそっと手に取る。


 「お前、こいつに顔をぐちゃぐちゃにされて探してたんだっけ? しかも、執念深く俺達を追い回して、ようやく仕留めたんだもんな。たけどさ……これならどうだ? ――戻れ」

 

 高梨 晃の頭だった物に手を当てる。


 「う……そ」

 

 テープの巻き戻しのように晃の頭が元に戻り始めた。飛び出した脳は小魚のように割れた頭蓋の隙間から、入り込む。萎んだ風船が膨らむように輪郭を形成し、裂けた皮膚が閉じる。ガムを膨らませるように二つの瞳が戻るとあっという間に、頭に足が生えた奇妙な姿に。


 「どう言う……ことなの?」


 「なぁに、あの聖女(・・)の力だ。これくらい造作もない。むしろ――これからだ」


 晃の姿は潰される以前へと戻ったはずである。だけど、宗田は魔法を止める気配がない。

 薄グレー色のベールのような膜が晃を包むと、そのまま宙に浮き上がり手から離れた。悪役さながらの笑みを浮かべながらそれを見つめる宗田は、魔力吸収と併用して神崎 唯の魔法を行使し続けた。


 「――そろそろ完成か」


 時間にして一分弱。彼が呟くように声を発すると、膜の中に時計のような物が複数現れる。チクタクチクタクと、時計の針が動く。だけど、その動きは通常の時計の動きとは逆に左周りに回転していた。まるで、ベールの中だけ時間が逆行しているかのようである。

 

 「はははっ、いいぞ! 相変わらずデタラメな力だなっ!」


 宗田が興奮したように笑うと、晃に変化が現れた。

 

 「え……?」


 ギョロギョロと多眼の目を見開いた葵。ただでさえ飛び出ている瞳が、こぼれ落ちんばかりに突き出している。口をパクパクと、言葉を発しようとするが上手くいかず、空気だけが漏れでいる。

 彼女の視線の先、高梨 晃は徐々に本来の姿(・・・・)を取り戻していった。

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