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覚醒

 「はっ、あ……い、……苦し」


 周囲を包む黒き炎は大気をも焼き尽くす。佐川 葵が魔物になったと言えど、体の大部分は人間のままである。喉元をかきむしり、餌を求める鯉ののように口を動かし酸素を求めた。

 なまじ普通の人間よりも遥かに頑丈な彼女は、意識を失う事も出来ずもがき苦しむ。

 すると、


 「はあはあ、ん、はあ……い、息が……出来…………る?」


 不意に熱気が消えたと思えば呼吸も出来るようになった。目に涙をため、こうなった元凶を見やる。


 「ちっ、魔力切れかよ。つかえねーな」


 苛立った様子を隠しもせず悪態を吐く。それを聞いた葵は逃げる好機だと、ゆっくりと後ずさり始めた。


 「――魔力吸収」


 宗田がそう呟いた。


 「えっ――」


 葵から見た宗田の姿がブレる。蜃気楼のようにゆらりと、そして空気が渦巻き宗田の胸の中心に集まりだす。それが、少しずつ体の中に取り込まれた。


 「何が……起きてるの? いえ、そんな事より……今は逃げないと」


 宗田の行動は気になるが、こちらに向かってくる様子もなく佇む彼に背を向けた。


 「おい、待てよ。何処に行くつもりだ?」


 すると、まるで蛇のように黒い炎が葵の行く手を遮った。


 「この世界は魔力の濃度が低いな。いや、それとも成熟しない能力のせいか、集まりが悪い」


 先程と違い、葵は呼吸が出来なくはならなかったが、肌を焦がすような感覚した。逃げようとする彼女に向かって、牽制の意味を込めたのだろうか、魔力が足りなかったのか、どちらにせよ葵がさっきと同じ苦しみを味わう事はなかった。


 「――ちっ」


 彼は二度目の舌打ちをした。苛立ちを隠しもせず、右手で頭を乱暴にかきむしる。


 「これしきの炎を操るくらいで、魔力が半分も持ってかれたぞ……。たく、どれだけ生ぬるい生き方をしていたのか。はあ……魔力吸収」


 先程から苛立ちを見せる彼が、再び宗田の能力を使用する。


 「仕方ない、人間の炎に合わせるか」

 

 何か物を受け取る時のように、右手を突き出した。すると、ぼうっと炎がそこから現れた。ただ、黒い炎ではなく、赤い炎。これが彼の言った人間の炎なのだろう。


 「あなたは……誰なんで……す?」


 炎が現れた時にびくりと肩が跳ねた。葵は彼に恐怖を抱いているようである。だけと、それと同じく目の前の存在がなんなのか気になった。見た目は斎藤 宗田だが、中身はまったく別物。彼の普段の振る舞いからは到底考えられない粗暴な姿。葵は宗田らしきものにそう問いかける。


 「あ? 俺か? 俺はな――憤怒だよ」


 そう名乗った彼に、葵は宗田が最後に呟いた言葉を思い出した。苦々しく顔をしかめ、どうしてさっさと決着をつけなかったのかと後悔している様子である。嗜虐を嗜好とする彼女にとって、ついさっきまでの行為は至福の時間であった。なにせ、自身が達してしまう程に待ち望んだ時間だった。

 かつて、共に行動した仲間が苦しみ、もがき、絶望し、許しをこう。そんな場面に、遭遇したなら味わいたくなってしまうだろう。自分にそう言い訳するが、差し迫った危機が去ってくれる事もなく妄想と現実を行き来する度に、『宗田を素直に殺しておくべきだった』と後悔が深々と槍を突き立てて来る。


 「あの~……その、少しお話ししませんか~?」


 恐る恐る葵が声をかけた。額から滲む汗は緊張からなのか、彼が発する熱気からなのか。震えた声から察するに、恐らく前者。どうにかこの窮地を脱するため、必死に光を見いだそうとしているのが伝わってくる。 


 「はぁあっ? なんで俺がお前なんかと話さなきゃなんねえんだ?」


 対話によって逃げるための糸口を見つけようとした葵だったが、あっさりと目論見は崩れてしまった。逃げるのは無理だろうと言うことは彼女もなんとなく分かっている。ただ、もしかしたらと思ったのだ。

 「もう、逃げられない。であれば――」彼女は心の中で決心する。宗田の口振りから、まだ本領を発揮出来ていない事は分かっていた。ならばそこに賭ける。倒せなくても、戦闘不能にすれば葵の勝ち。


 「そうですか~。なら…………死ねっつつ!」

 

 人から鳴ってはいけない音がした。頭の天辺から腹の中心まで裂けると、巨大な口が現れ宗田に向かって飛びかかる。


 「ほう……」


 不意を突くように攻撃を仕掛けた葵。宗田はそれに反応出来ないのか、自身に迫る危機に対して無防備な格好で眺めていた。


 「――グールの王(アドゥルバ)


 ぼそりと呟いた宗田。全身が血液に覆われると、グールの姿へと変貌する。異形の魔物とグールが相対する姿は、さっきまでの戦いを彷彿とさせる。


 「イギギギキッ!」


 金切り声が住宅街に響く。


 「中々ではないか」


 禍々しい姿となった葵は宗田に噛みつこうとする。だけど、宗田はいとも簡単に防いだ。口の内側からつっかえ棒のように腕を伸ばし、葵の口が閉じないようにする。むしろ、そのまま彼女を引き裂こうとするばかりである。だけど、彼女もただやられてる訳じゃない。


 「ギギ――ギギギッ!」  


 背中から生えた八本の腕。一番頭部に近い二本の手で宗田の腹を鷲掴みにすると、口元から力ずくで引き剥がした。そして、赤子を持ち上げる母親の如く宗田を持ち上げる。


 「キィーッ!」


 一鳴きした葵は、残る六本の腕を人が跳躍する前に膝を折るように肘から曲げると、勢いよくそのまま空高く跳躍する。小さいアパートなら軽々と飛び越えれるだろう高さまで飛び上がった。


 「おー、高い高い」


 葵の腕に捕まえられた状態で、宗田は周囲を見渡した。下を見れば建物は遥か下。人がここから落ちれば体の中味をぶちまけて、壊れた人形のように手足は千切れるだろう。

 だけど、宗田はさも興味なさげと言った感じである。


 「それで――いつまで俺に触れてるつもりだ?」


 囁くように葵に向けて言葉を発する。


 「――ヒキッ!」


 宗田の言葉を聞いた葵は短い悲鳴を漏らした。体の筋肉が収縮し、石像のように体が硬直しかける。


 「――ギィッッ!」


 空高く舞い上がる途中ではあったが、葵は宗田を地面に叩きつけるように放り投げた。落下の勢いと相まって、あっという間に葵から離れ地面へと吸い込まれていく。

 葵は翼を広げるかのように背中から生えた八本の腕を開くと、上昇のスピードが緩み落下へと転じる。


 「キ……キィィイイイッッ!」


 夜の町にこだまする彼女の叫びは、遥か地平線の向こうへと響いた。気合いを入れる……それとはまた違う、恐怖によってやり場のない感情を誤魔化すかのような叫びだった。

 かく言う宗田は、抵抗する事なく空を見つめそのまま舗装された道路の中央へと激突した。同時に衝撃波が走り、大気を震わせ、まるで爆弾が爆弾したかのようである。宗田がぶつかった箇所のコンクリートは砕け、生身の彼ももちろん無事ではない。

 レベルアップをする事で、普通の人間よりは頑丈ではあるが、それを遥かに凌駕する威力。体の内側から食い破られたかのように、腹が縦に裂け袋の中身をぶちまけた。

 手足は千切れ飛び、頭蓋は潰れた果物。彼が彼のまま(・・・・)であれば恐らく命はなかっただろう。例え宗田の超回復があれど、脳が破壊されればひとたまりもないはずだ。


 「シシシシッッ! ネッッ!」 


 背中から生えた左右の手の平を合わせ、指と指を交差させるように手を組み合わせる。がっしりと組まれた手を高く振り上げハンマーのように宗田目掛けて打ち下ろす。

 既に事切れているだろう、宗田に更に追い討ちをかけようとする彼女だが、どこか余裕がないようにも見えた。


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