急降下
佐川 葵の顔をズタズタにした男を始末して、かつての仲間であった宗田を追い詰め勝利までもう一歩の所である。
張り付けにした宗田を舐めるように見ると、彼の苦しみもがく姿を想像した。興奮からか肩を小刻みに震えさせ恍惚とした表情を浮かべる。ペロリと自分の唇を舐め、まるで待てをされてる犬のように、今にも飛びかかりそうなのを堪えているようだった。
「えへへ。やっと手に入いりましたね~。唯ちゃんから奪っちゃいました~。だけど……今、彼女とは絶対に出会いたくないですけど……」
うっとりとした表情とは対象的に、今度は顔を青ざめさせ、ぶるりと震える。話の内容から、神崎 唯について思い出したのだろうとは想像できるがそれについてあまり思い出したくないらしく、顔を横に数回振って嫌な記憶を払いのけるそぶりをする。
「すぅ~、はぁ~。それじゃ、宗田さんの解体ショーを始めましょうね~」
大きく息を吸い吐き出す。張り付けにされた宗田に向き直ると、腹の土手っ腹を指でなぞる。
「はぁ~、たまりませんね……。やっと、あなたが私のものに。早く、宗田さんの秘密を教えてくださいね~。どうして、”魅惑”が通用しないんですか~?」
腹の中心に人差し指の爪を突き立てると、プツリと弾け裂ける感触。ゆっくりと奥に押し込むと、生暖かい感触が葵の指を包み込む。ドクドクと臓物が動く感触は宗田の生を感じさせた。
高級料理を味わうが如く、指をかき混ぜ中の感触を楽しむ。すると、葵が小刻みにびくりびくりと体が跳ねる。嗚咽のような艶めかしい声を漏らし、彼女は果てたようだった。
「あっ……んっ。はぁ~、たまりません。宗田さん、どうですか~?」
自分の世界に入り込んでいた葵は、ここに来て初めて宗田の顔をまじまじと見つめた。
「あれれ?」
だけど、彼の表情は葵が想像していたものとはかけ離れていた。彼女が想像したものは苦悶に満ち、絶望に歪められた宗田の顔。だけど、彼女が目にしたものは彼の人形のような無表情。高ぶった気持ちが急速に萎え、腹に突っ込んだ指を思わず引っ込めた。
「え? なんですか~?」
宗田の口がボソボソと動きだす。上手く聞き取れないと、葵は耳を近づけた。
「イメージは――――憤怒」
葵はその言葉が何を意味するか理解できなかった。理解が追いつくまで、コンマ数秒。彼の魔法か何かと理解する。彼女は別の佐川 葵から同期した記憶にはない魔法だと瞬時に理解すると、その場から離れるように全身に信号を送った。
「な、なに!?」
全身を襲うような圧迫感。急いで屋根から下に飛び降りた彼女が見た光景は、吹き出す炎の竜。空には灼熱の業火の世界が出来上がっていた。
「くぅっ!」
本能が逃げろと命令するが、指先一つ動かせずそれをただ眺めるしかなかった。
「――あはははははっ! やっと! やっとだっ!」
それは――歓喜の声だった。
周囲を燃やし尽くさんと噴出した、炎の塊が消え失せると、一人の人物が姿を現した。
「宗田さん……?」
佐川 葵は恐る恐る声をかけた。
「宗田? ああ、こいつの事か。ヒヒヒッ! あいつは今頃――寝てるぞ」
そう言ってトントンと自身の胸を指さす。姿は斎藤 宗田。だけど、言動や口振りは彼とはかけ離れていた。どこか偉そうに、威圧的に、彼が言葉を話す度に葵の頬がヒリヒリと痛む。
「さて……。どうしてお前はいつまでも頭を上げているんだ? ”色欲の使徒”如きが」
それは怒りを孕んだ一言であった。
「――ヒッ!」
小さい悲鳴が漏れると、彼女は尻餅をつく。あれは――化け物だ。正真正銘の化け物。私達とは存在する次元が違う。宗田の顔を被った怪物が地面に降り立つと、葵へと近づく。
「ああ、醜い。色欲の趣味か? 変わらず悪趣味な」
色欲と呼んだ彼の言葉に、葵は心当たりがあった。時折聞こえる、謎の女性の声。”合成”と言った混ぜ合わせる力はそいつから貰ったのだ。
「まあ、俺も紛い物だがな……。だけど――本物に限りなく近い。どれ、せっかくだ。今日は気分がいい。■■■が求めていた事を果たしてやろうではないか」
そう言って宗田は手をかざした。葵は自分の死を悟る。自然体に振る舞う宗田だったが、彼女にはそうは見えなかった。死刑を執行される囚人のように膝をつき、ただ震える事しかできない。彼の気分次第で一瞬で勝負がつく。
「あー、そう言えばお前のさー……本体は――何処に居る?」
「あう、あ……なんで」
「無駄口はいいからさっさと答えろ。お前と話す程、我は暇じゃない」
見透かされた葵の顔色はますます青くなる。
「ふむ。話す気はないか。まぁ……いい。世界を破壊するついでに、皆、死ぬだけだ」
宗田の右手に急速に魔力が収束する。
「盛大にいこうか。――極点……ん?」
魔法を発動しようとした宗田だったが、集まりだした高濃度の魔力が突然四散した。
「難儀な話だ。魔力に関しては、元の肉体に依存しているんだったな。やれやれ、面倒な」
何やら上手くいかない様子の彼に対して、葵は絶好の好機と動きだす。
「――そりゃっ!」
宗田の顔面目掛けて、拳を繰り出す。油断からか、何も反応できず大きく吹き飛ばされ民家へと激突した。その威力は凄まじく、宗田の顔面は原形を留めていないくらい、ぐちゃぐちゃに変形してしまっていた。
「あれ~? なんだ、私の勘違いだったのかな~?」
死を予感した彼女だったが、あっさり自分の攻撃が直撃すると、さっきまで威圧されていたそれは勘違いではないかと思った。
「もう、解体とかいいです~。死んじゃえ」
そう言うと、葵は目につく物を宗田が激突した民家へと放り投げる。電柱をへし折り、動きを止めた車を投げつけ、確実に命を絶とうとする。自分の遥か倍以上の重量の物を、野球選手権が投げるボールのような豪速球でぶつけ、民家は一瞬うちに崩壊した。
宗田は崩れた民家の下敷きに。いや、それだけではすまないだろう。葵は手を止めることなく、そこかしこに移動しては弾の変わりになるものを手に取り弾丸のように撃ち出した。
「はぁはぁ……、これで――」
息も絶え絶えな彼女は攻撃の手を緩め、様子を伺う。しかし――
「暑……い」
周囲気温が急激に上昇する。それは、空が業火に包まれた時と同じように。
「――燃えろ」
葵の耳に彼の声は聞こえない。
だけど――
「あうっ!」
彼女は慌てて顔を覆う。瞬間、周囲が炎に包まれた。
「あー、いてーな」
燃えしきる炎の中心から、宗田がゆっくりと姿を現した。
「ひでえ事しやがる。はあ……。――超回復」
顔は陥没し、左腕は皮一枚で繋がってる状態。内臓をボロ雑巾のように垂れ下げていた。普通の人間であれば死んでいる。むしろ、あの顔の状態で言葉を発する事は不可能だろう。
なのに、彼は気にした様子も見せず宗田の回復能力を使用した。
「はぁ……。出てきて早々、これはないわ。あー、ムカつく、ムカつく、ムカつくッッツ!」
彼の怒りが具現化されたのか、炎は勢いを増し赤色から青、そして――黒色へと変化した。