天罰とは
まさかこんな目に合うとは思わなかった。体の外側も内側もズタボロだ。血と汗の滲んだTシャツが肌へとひりついている。
「予想外だな……」
ゲームで言えば、連続でレベルが上がるのは定番のようなもの。そのためのモンスターも準備されているくらいである。ボーナス的仕様に、喜んでレベル上げに興じるだろう。だけど、現実はそうもいかなかった。
レベルアップすると急に活力が湧いてくる。それはまるで怪しい薬のように感覚を麻痺させて万能感を生ませてくれた。今回も最初は同じだった――如何せん限度を越えたみたいだ。
体が耐えうる限界以上に注がれたエネルギーは
、体と言う陽気を簡単破壊した。例えるなら、水道から出る水を風船のような入れ物に永遠に注ぎ続けるようなもの。それが、破裂したのが今の状態である。ある意味では進化なのかな? エネルギーに耐えうる体に組変わるのだから。
てか、この仕様——クソゲー。急速なレベルアップもできなければコンテニューも不可。そして、周りは敵だらけと来たら、クレームものである。
悪態を吐きながらも、ヨタヨタとした足取りで歩みを進めた。体を動かすだけで全身を焼かれるような痛みが走り、気を抜けば意識を持って行かれそうになる。
——っ!
急に体の力が抜けると、再び地面に膝を着いた。すると、
「あ、あぁぁぁぁああああっ」
ゾンビの呻き声。すぐ近くから聞こえる。
「くそっ……こんな時に……ついてない」
むりやり体を立たせた。
「——ああっ!」
ぷちぷちと両足の肉が裂け、軽い悲鳴が漏れる。まだ、死ねない。気力を振り絞り近くの民家へと逃げ込んだ。
「頼む……開いててくれ」
玄関のドアノブを回す。
「助かった……」
運よく鍵がかかっておらず、扉が開いた。
「……慌てて逃げたのかな?」
中に入ると散乱する荷物が目に入った。異変を感じた住人が慌てて荷物をまとめて逃げ出したのだろう。玄関を閉めて鍵を掛けると、その場に座り込む。
「助かった……な」
勝手に家に入り込んだことは申し訳ないが緊急事態だから許してほしい。ここには居ないこの家の持ち主にそう言った。
座り込んだ体勢で少し休むと、家の中へと移動する。
「これは、この家の人なのか?」
ちゃんと休める場所がないか探していると、不意にリビングにあった写真立てか視界に入った。そこにはこの家の住人と思しき人物が映っている。
「全員無事に逃げれたのだろうか?」
子供二人を挟むようにして、父親と母親の姿が。仲良さそうに笑顔を見せている。男の子と女の子。兄弟仲良く手をつなぎピースをしていた。
「幸せそうだな」
この時は平和だったんだろうな……。
「——っ!」
すると、ぐらりと体が揺れ、全身の力が抜ける。写真立てを落としてしまった。部屋の中にガラスが割れた音が響く。ゾンビに気づかれたか?
息を潜めて自分の存在を出来る限り隠した。
「バレて……ないな。危なかった……」
もう少し休ませてもうと、二階へと向かう階段をのぼる。
「ハァハァッ……きついなこれ。どうにか二階に着いた……」
たった少し動くだけで動悸が激しくなり、呼吸も荒くなる。少しでも早く横になりたいと、階段の目の前の扉に手をかけた。
少しだけ扉を開けて中を確認する。
「ふぅ……ゾンビは居ないか」
中を確認したが問題ないようだ。
ここはあの写真の両親の寝室だろうか。ダブルベットが置いてあった。ただ、そこかしこに服が散乱し、部屋がかなり散らかっている。
ベットの上にも衣類が散らばっており、退かしてそのまま寝転んだ。火照った息を吐き出し仰向けとなる。全身の力を抜くと、体のそこかしこが熱を帯びてるのを強く感じた。
「酷い目にあったな……はぁ……」
ズキリとした鋭い痛みに顔をしかめ、ため息をつく。目を瞑ると、どうして俺がこんな目に遭うんだと、少しだけ自棄になった。閉じられた瞼の裏に平和だった頃の日常が浮かんだ。
——
「皆、お疲れ様」
「おつかれー」
「班長、お疲れ様です」
「やっと終わったー」
仕事が終わり班員へ挨拶をする。
作業服は汗に塗れ、男の匂いを放っていた。
車の部品を製造する会社に勤めて9年。もうすぐ、で10年目に突入する。
そこで一つの班をまとめる班長を俺は行っていた。
「班長、やっと休みですね」
入社2年目の新入社員だ。まだ、初々しさの残る彼を見ると、自分にもこんな時期があったなと懐かしい気持ちになる。
「あぁ、これで帰ってたっぷりゲームが出来るぜ」
「あ、またゲームですか? ドラゴンとクエストでしたっけ?」
彼も何気にゲームが好きで良く話をする。と言っても彼はオンラインでの対戦。FPS、ファースト・パーソン・シューティングがメインであまりオフラインゲームはしない。
ただ、それでも共通点は多く。よく議論を交わしていた。
「そうだよ。ルナティックモードがクリアできなくてさ」
「えっ! まだクリア出来てないんですか? だってもうだいぶ経ちましたよね?
そんなにラスボスやばいんです?」
ロッカーでそうゲームの会話で盛り上がる。
あー、今日も仕事した。
既に頭の中からは仕事が離れ、ゲームの事でいっぱいだった。
「あれはやばい! 製作者にクレームが来てもおかしくないレベルだな」
「マジっすか……と言う俺もこないだチータに出会って熱くなっちゃいましたよ」
あぁ、こんなにも平和じゃないか。
なのに俺はどうしてこんな目にあっているんだ?
「それじゃあ、気をつけて帰れよ」
「あ、はい。班長も気を付けてください。
それと、あんまりゲームばっかりして引きこもって倒れないでくださいね」
お前にだけは言われたくねーよ。
そう、心で思って笑った。
FPSの日本ランカー、「コールド・オプス」のプロ。
そんな彼は俺以上の引きこもりなはず。
近未来の武器、銃を持ち銃撃戦を行うゲーム、いつもエイム……照準合わせの訓練を2時間してから対戦に挑むと言っていた。
その話を聞いただけで彼の引きこもり度が分かってしまう。
アップに2時間……メインはエンドレスだって豪語してたもんな。
さて、俺もさっさと帰ろう。
今日のご飯は何かな?
「あ、いや何でもない……」
そう言って今は家に帰っても一人な事を思い出す。
「何が何でもないんですか?」
後ろから女性の声が聞こえて来た。
あー、この声は……。
「神崎さん、お疲れ。今上がり?」
「はい。そうですよ。宗田さんもお疲れ様です」
丁寧に挨拶をしてきた彼女は神崎さん。
人当たりも良く、世話好き。なんと言っても可愛いらしく、女性としての魅力に富んでいる。お団子ヘアーにリクルートスーツ。裏方で事務をメインに仕事をしている。
現場の俺達に取っては眩しすぎる存在だ。
ちなみに、そんな彼女とひょんな事から最近仲良くなった。少しだけ雑談をして、野郎共で蒸した心を癒す。
「それで、なにが何でもないんですか?」
独り言……聞かれてた。
「あー、それこそ何でもないよ。ちょっと……ね」
「そうですか……。あの、またいつでも話聞きますからね。
あ、そう言えばこれ宗田さんに上げます」
彼女は鞄から、エネルギーMAX・MAXドリンクを取り出す。
「お、おう……色んな意味でありがとう?」
渡してきた彼女の笑顔はとても素敵だった。
「今週の土日も、引きこもりのゲーム三昧な宗田さんにはぴったりだと思って買っておきました」
こういう時って普通はお菓子を渡して来るもんじゃないのか? 心の中で苦笑した。でも、こうやって自分を見てくれる人が居るだけで嬉しいし安心した。どんな物でも自分の為にしてくれた事に、少しだけ心が暖かくなる。
「しかし、暑いですねっ!」
パタパタと手で顔を仰ぐ。スーツは群れるんだろうな……ストッキングに白いワイシャツ。クールビズのお陰でジャケットを羽織る必要がないが、この真夏にはそれでも暑い。
「さっきまで雨、降ってたから余計に蒸すよね」
「本当ですね。もう少し涼しくなると思ったんですが」
そうして他愛のない雑談をして俺と神崎さんは分かれた。
「引き留めてすいませんでした。それでは宗田さんお気を付けて。
一週間お疲れ様です」
「あぁ、神崎さんと話せて良かったよ。じゃ、気を気を付けてね」
優しく微笑んでくれた彼女に手を振って俺は帰宅した。この時はまさか次の日に食事の誘いが来るとは思わなかったけど……あの、エネルギーMAX・MAXドリンクはそのためだったんじゃないかと今では思う。
「いらっしゃいませー」
帰りにコンビニに寄って、適当に夜ご飯とお菓子を買う。
——さぁ、今日も俺の戦いが始まった。
「だぁー! どうやって倒せって言うんだよっ!」
時刻は夜中の2時過ぎ。俺は悶絶していた。
「あの攻撃反則でしょ……」
かれこれ数え切れない程コンテニューを繰り返す。ドラゴンとクエストのラスボスの魔王にボコボコのボコボコのボコボコにされ、天を仰ぐ。
座っている、クッションをぎゅっと握って八つ当たりすると。布が擦れる音が少し悲鳴のように聞こえた。
「今日は寝る!」
そうしてゲームの電源を切るとそのまま眠る。
ここまでは平和だったんだよな。
何気ない日常。変わらない一日。
確かに少しだけつまらない人生なのかもしれないが、今思うと贅沢な話だと思う。
仕事と家の往復。
そして休日はゲーム三昧。
だけどそれでいい。今すぐにでもどれるなら戻りたい。
あぁ……どうして俺がこんな目に?
『——我は魔王』
あいつの所為か……。
俺のから日常を奪ったのはあいつか。
——憎い。
顔が火照り、コールタールのようにドロついて、粘り気の高い黒い感情が、心にまとわり着くように這い出てくる。憎悪――殺す。
心の底から聞こえる忍び笑いが聞こえると、全身を殺意という感情の縄で縛り上げ、何処かに押しやろうとしてきた。だけど、俺はそれに抗うこともせず身を委ねる。このまま全てをこの感情に任せれば楽になれる――
——異常を検知。
――緊急モードに移行
——強制的に精神を再起動します。
――完了。
「——はっ! ……寝てたのか?」
微睡に近い感覚から覚醒する。何か忘れているような気がするが思い出せない……。なんだろ
「あれ……? 治ってる?」
体に出来た裂傷のような傷が塞がっていることに気づいた。
「はぁ」
大きく息を吐き出した。
「行くか……」
ベットから降りると、体に異常がないことを確認する。
「……大丈夫そうだな。てか、レベルが上がり過ぎて死にかけるとかどんなクソゲーでハードモードなんだか。
魔王か……戻ろう」
薄暗くなりつつある空。傷も塞がり体力もだいぶ回復した。ゾンビに見つからないように隠れながら自分の家へと向かっている。
「——どうにか帰ってこれたな。疲れた……」
アパートを見上げると、そう言葉を漏らし、階段をゆっくり上る。部屋の前へと到着すると音を立てないようにそっと扉を開けた。
「……あっ」
「……宗田さん、少しお話があります」
寝ていると思っていた神崎さんが、扉の前で仁王立ちしていた。
「はい……すんません……」
俺は平謝りをするとその後ろに着いていく。
もう、誤魔化せないな……こんなに早くバレるとは思わなかった。
「それで、何をしていたんですか?」
「えっとー、散歩——」
「——えっ? なんですか?」
試しに適当に誤魔化そうとしたが、そう凄まれて俺は押し黙った。冗談の通用しなさそうな雰囲気。
諦めて、これまでの事を話した。ただし、神崎さんの精神状態に関しては勿論伏せている。
「馬鹿なんですかっ! 私がどれほど心配したと思っているんです!?」
声を荒げて怒りの感情をぶつけてくる。確かに悪いことをしたのは事実だ。だから、言い訳をせず素直に謝る。
「もう絶対にしないでくださいねっ! そう言う時はちゃんと一言声をかけてください」
「はい……」
怒りの嵐がようやく過ぎ去ったのか、解放された。その間、ずっと正座をしていたため足が痺れて動けない。
「本当に心配したんですよ……」
「——おわっ!」
抱き着いてきた神崎さんは小さく震えている。
かなり不安にさせてしまったようだ。本当に申し訳ない事をした……ゆっくりと背中を撫でた。
顔を胸に埋め、せせり泣く声に、罪悪感を感じる。
「本当にごめんね……」
「……はい……抱き着いてしまってすいませんでした。
あの、顔見られたくないんでもう少しこうしてて良いですか?」
「——えっ! あ、う……うん、いいよ」
そうは言ったが、今まさに神崎さんが触れている右足。歴戦の古傷が疼き、少し違和感を感じるのだ時間の経過と共にその、違和感が大きくなり自分でも抑えきれない衝動に襲われる。
……要するに足の痺れが限界なんだよ。あ、動かないで。くすぐったさを歯を食い縛って耐える。これは天罰か。
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