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残虐性

 高梨 晃との出会いは衝撃的だった。最初は新手の魔物か何かかと思ったが、完全に意識を取り戻した彼に命を救われたのだ。

 彼が居なければ、俺は……だろう。命の恩人である。そして、ここまで二人でどうにか生き延びる事が出来た。短い期間であったが、相性も悪くなく相棒と言っても差し支えない。


 ――だけど。


 後……少し。

 もう少しで彼を、妹の雫へと会わせる事が出来たはずだった。


 「ん~、少しもったいない事しちゃいましたね~。彼を解体して、なんで意識を保ってるのか調べたかったんですが~。残念です~」


 倒したと思われた彼女は無傷で俺の目の前に姿を現した。バラバラに吹き飛んだ彼女のパーツ、少し待てど生き返る事もなく、完全に死んだはずだった。

 だけど、彼女はあろうことか何事もなかったかのように振る舞い。あろう事か、晃の命を刈り取ってしまった。


 「なんで……だ」


 嗚咽ながらも言葉を振り絞った。胃液で喉が焼かれ、しゃがれた声となる。


 「それはですね~。私は働き蟻の一つだからですよ~」


 働き蟻? どう言う事だ? 


 「これ以上、説明しても宗田さんには無意味ですからね~。さっき潰した虫のように、死んでください~」


 そう言った彼女はあろうことか、彼を踏み潰したであろう、手の平をこちらに向けてわざと見せつけてくる。

 粘菌のように、手の平にはべったりとした赤い糸を這わせ。彼女が指と指の間を開くと、ねっとりと糸を引くようそれが垂れた。いっそう込み上げてくる、酸いた液体を吐き散らかす。

 彼の肉片だったものがどろりと地面に垂れると。


 「あははははっ! その顔――最高です~。やっと見れましたよ~。ん~、他人の不幸は蜜の味ですね~!」


 俺が苦しむ姿を、恍惚とした表情を浮かべ見下ろす。今の俺なら、いつでも殺せるだろうがそれをせず、(なぶ)るように弄ぶ。見上げ睨みつけるが、無様に手を着いた姿に彼女は嘲笑を浮かべ返してきた。


 「もう少しだったんですけどね~。そうすれば、彼を助けられたのに~。そう言えば……」


 彼女は話を続ける。


 「彼を解体して、改造してる時。ずーっと、雫、雫って叫んでたんですよ~。まぁ、最後の方は辞めて、痛いって、他の人と同じように叫ぶだけになりましたが。所で……宗田さんは、雫って子を知ってますか~?」


 彼がどうやってあの姿になったのか、一部を垣間見た気がする。しかも、あろうことか妹の名前も彼女は知っていた。


 「出来れば~。教えて欲しいんですよ~。彼の親族であれば、同じように意識を取り戻す貴重な個体になるかもしれませんし。あそこの……学校にでも居るんですか~?」


 俺は無言を貫く。


 「無視ですか~。でも、それって肯定と同じですよ~? なら、あそこの学校を襲撃でもしますかね」


 学校を襲撃すると言ったが、恐らく晃が中に入れなかったように彼女も入る事はできないだろう。だけど、方法はいくらでもある。

 特に、周囲を囲われての兵糧攻め。最終的な生存者が十人以下となれば、ゲームオーバーである。


 「や……めろっ!」


 「おっと~。危ない。その能力便利ですよね~。でも、何度も(・・・)見ました~」


 血液操作で、槍のような形を作り彼女の顔面目掛けて放つが、背中から生えた腕で簡単に防がれてしまう。


 「あら~。まだそんな力残ってたんですか~。心を折ったと思ったんですけどね~」


 手の甲の皮膚が破れ、血がドクドクと溢れてくる。これは彼女から攻撃を受けたわけではなく、今奇襲を仕掛けるために発動した血液操作によるものだ。チクチクとそれが痛み、少しだけ正気に戻る事が出来た。

 どうにか立ち上がると、地震にでもあったかのように視界が揺れ、体もよろめいた。ぐわんぐわんと、脳が揺さぶられているような感覚が海岸線に打ちつけられた波のように、強弱を付けて何度も押し寄せる。

 倒れないように、近くにあって電灯に左手を着き体を支えると彼女を正眼に捉える。


 「ところで、宗田さんはケーツーの屋上に――居ましたよね?」


 どうしてそれを……って、あの時に出会った蜘蛛型の魔物を通して俺達の姿を見ていたのだろう。晃と俺の居場所が見つかったのもそいつらのせいだし。だけど、なんで今その話が出てくるんだ?


 「中もしっかり見てくれました?」


 中って言うと、あのサソリ型の魔物の事を言ってるのだろうか? 他には……。


 「それが……どうしたんだよ?」


 「あれ~? もう、無くなってたんですかね? それともあの変なゾンビが食べちゃったんですかね~? あんなにたくさん――吊したのに」


 吊した? 二階で見た大勢の首吊り死体。絶望の中、自分の命を絶ったと思っていたが、これではまるで……。


 「……お前がやったのか?」


 「あっ! 良かったです~。ちゃんと見てくれたんですね~」


 「そうじゃないっ! あそこに居た人達をどうしたっ!」


 「わ~、怖いです~。そんな大きな声を出さないでくださいよ~」


 彼女は悪びれた様子もなく、へらへらとした笑みを浮かべていた。


 「答えろ――早くっ!」


 「宗田さんはせっかちさんなんですね~。ちゃんと教えますから、少し待ってくださいね」


 そう言うと彼女は上を見ながら何やら考えている。


 「なんだ……?」


 「いえ~。あの時の情報を共有してまして~。えぇ、これで同期が完了した~。それではお話ししますね~」


 同期? こいつ何を言ってるんだ。いや、もしかして……なのか?


 「それはですね~。魔王様が現れてから、一番最初に逃げてたのが、あそこの建物だったんですよ」


 楽しそうに語る。


 「もちろん、最初は自分が死ぬんじゃないかって不安でした。夜中に気を失ってきづいたらこんな世界になってたんで、当たり前ですよね」


 始まりの日の午前0時。彼女も同じように気を失っていたらしい。


 「あれ? 外が静か。鳥の声に蝉の声は聞こえるのに、人の生活音がまったくしませんでした。なんでしょう? 違和感を感じた私は外に出たんです~」


 語り部のように、物語りを綴るように、最初の日の出来事を語る。どこか他人事のようにも感じた。


 「あぁ、なんと言うことでしょう! すぐにゾンビに襲われてしまったじゃないですか。もちろん、必死に抵抗しました。だけど、私の力ではどうにもする事が出来ません」


 顔を曇らせ、深刻な表情。その物語のキャラクターになりきっているようだ。どうしてだろう? 彼女は自分の話をしてるんだろ? なのに何故か違和感を感じる。


 「『やめてっっつ!』大きな声で叫びました。最後の力を振り絞った叫びです。もちろん、理性なんて存在しないゾンビには無意味。そんな事を言っても結末は――”死”」


 彼女は淡々と話を続ける。


 「……だけど。いつまで経っても私が襲われる事はありません。恐る恐る目を開けると――ゾンビが動きを止めていました。慌てて私はその場から離れます。じっと襲ってきたゾンビを見ましたが、その場から動く事はありませんでした。もしかして、本当に私の言うことを……? だから、いろいろと試したんです」


 これは彼女の操る能力に関係する事なのだろう。晃もこれに操られて、俺に攻撃をしてしまったに違いない。晃……くそっ。ギィッと男が鳴り、奥歯に鋭い痛みが走る。

 どうにか、冷静差を保ち、再び佐川 葵を見た。


 「ふふふっ、刺激の強すぎる話ですか~? でも、私の全てを知って欲しいんで最後まで聞いてくださいね? そして、死んでください~」


 「さっさと話せ。そしたら……お前を殺してやるっ!」


 「うわっ! 怖いですね~。だけど……早くその顔が絶望に歪んで、哀れに助けを求めてくる所が見たいです~。あっ、もちろん簡単には死なせないですよ? みんなと同じように時間をかけて、解体させてくださいね」


 自身を支えために着いた左手、電灯の柱を力の限り握り締めた。今にも飛びかかりそうになるのを押さえ込む。

 すると、バギボギと、砕ける音と共に柱の一部が変形する。彼女は俺のその姿を見て、口元を釣り上げ、酷く歪に、楽しそうに、声を上げて笑っていた。


 ああ……殺してやる。

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