決着?
世界から音が消え、白銀の色が世界を染め上げた。一瞬の出来事は化け物となった彼女をも包み込む。俺は唐紅の剣を解放し、ドーム状に体を覆い身を防いだ。
強大な爆発。あの時のグールの足掻きを彷彿とさせる。
「――っ! ぐぅ……がはっ」
どうにか俺は死なずに済んだようである。赤の盾を瞬時に発動したが、爆発の速度の方が速い。だけど、多少なりとも威力の減衰は出来たようである。死にはしなかったが、結構飛ばされたな。爆風で、爆心地からかなり大きく飛ばされてしまったようだ。
「やった……か?」
喉が焼かれ、声を出すと熱気が溢れた。アドゥルバを彷彿とさせた鎧は、最後の技まで似ている。この魔法を初めて使用した時、頭に勝手に浮かんだのだ。彼の意志は俺を死んでも殺そうとしてるのか、鎧にせよ今の技にせよ肉体へダメージが深刻になるものばかり。
だけど、俺は生きてるぞ――ざまーみろ。と彼に嫌味を多分に含んだ言葉を、心の中で吐き捨ててやった。こんがりといい感じに焼けた右腕から、白い煙がもくもくと上がり、俺は残りの魔力でそれを修復する。
「動くようになってきたな。もうこんな戦い方は嫌だ」
自分を傷つけて攻撃を行う行為は、体はいくらでも回復するが、精神的にかなり消耗を強いられる。腹を貫いたり、内側から肉を食い破ったり、治せると分かってても、やりたい行為ではない。少し、戦い方について考えないだよな。
愚痴を心で呟き、よろめきながら彼女がいたであろう場所へと到着する。砕けたコンクリートが、粉塵となって空を巻い視界があまりよくない。
「しかし……、よく生きてたな、俺」
少しずつ、風に流され視界が開けると、俺と彼女が対峙していた場所には成人した人間が軽く埋まるくらい深くて、巨大なクレーターが存在していた。
「あいつは……いや、探すまでもないか」
爆発で倒壊した建物に混ざって腕や肉片らしき物が確認出来た。彼女は最後の言葉を残す暇もなく、木っ端みじんとなったのだろう。そう、考えると赤の盾が少しでも発動が遅かったら……寒気が走る。
「はぁー……倒した」
しばらくその場でじっとしていたが、佐川 葵は二度と姿を現す事はなかった。強いて言えば、ゾンビが数体寄って来たくらいだろう。それ以外は嘘のように平和なもんである。
やっと因縁の相手を倒せた。少しだけ、心のわだかまりのような、つっかえてた物が取れたよな感じがする。ただ、それとは相反して彼女と過ごした時間を思い出すともの寂しくも思えた。どんな非道な事をしても、心が通じ合えなかったとしても一緒に過ごした時間は俺の心に刻まれている。それが、鋭い枝に擦れ、ざらついた傷のようにジクジクと痛んでは引いてを繰り返していた。
爆発で出来た大きな穴をなんとなしに見つめ、彼女の残った肉片を目に焼き付けた。そして、数回、肺の奥へと空気を押し込めると俺はその場から立ち去った。
「晃を探さないとだな。行くか」
結局、彼女がこれまで何をしたのか分からず終いだった。あの、蜘蛛のような魔物に晃のような頭だけの生物と、それ以外の諸行については最早知る由もない。こうして、俺と彼女の一つの物語の終焉を迎える事が出来たのである。めでたしとは言えないが、彼女による被害はこれ以上広がる事はない、と安堵する。
「晃! 居るか!? 彼女を倒したから出てきてくれ!」
彼から攻撃を受けて、すぐに彼女との戦闘が始まった。出来る限り、離れるため彼女を押し返して距離を開けるようにしたのだから、恐らく俺達の戦いには巻き込まれていないはず。どこかに身を潜めているのだろうか? 大声で彼の名前を呼び続ける。
「ん? 晃か?」
背後から物音がする。
「無事……だったか?」
俺を見た彼は、パッと嬉しそうな顔をしたかと思うと、すぐにバツが悪そうな顔をした。恐らく、俺に攻撃をしてしまった事に負い目を感じているのだろう。あの時の、晃の慌てぶりは演技には見えなかった。佐川 葵のゾンビを操る力? 恐らくそう言った類のもので操られたと思うが、そうも簡単に割り切る事はできないのだろう。
「晃も無事で良かった」
何もなかったかのように彼に振る舞う。
「一旦、学校の方へ戻るか。ほれ、肩に乗れよ」
そう言って自身の左肩をポンポンと叩き、晃の事を呼んだ。
「あ……あぁ……」
彼は少しだけ躊躇するような素振りを見せたが、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「なぁ、本当に俺は――」
「――分かってる。気にするな」
「すまなかった……」
一瞬、歩みを止めて俺に釈明の言葉を述べようとした彼の言葉を遮る。ポツリと消え入りそうなくらい小さく謝罪の言葉が耳に聞こえてきた。
操られたと言え、俺に攻撃を加えた事は事実。しかも、普通の人間であれば致命傷だっただろう。だけど……俺は普通の人間ではないのだ。
量産型日本人たる所以の、『普通』と言う言葉は存在しない。むしろ、昔の自分から見たら俺も十分に化け物だ。喉を串刺しにされた程度では生憎――死なないし、致命傷にすらならない。それよか、自分で自分を傷つける事の方が多いくらいである。
つまり……要約すると気にするなと言う事だ。
「早く、妹さんに顔を見せてやろうぜ」
文字通り、顔しかないわけだが。俺はこの晃の姿に慣れたが、高梨 雫はどう思うだろうか? それだけが、凄く心配である。
「あぁ、早く帰ろう」
数メートル先に居た彼はの動きが少しだけ速くなった。ちょこちょことした動きで、障害物を避けこちらに向かってくる。
彼女にそれだけ早く会いたいんだろうな。彼の変化からそれを十分に感じ取れる。
「でもさ……。雫が俺を見たらどう反応すると思う?」
彼は再び立ち止まってそう言ってきた。
「そうだな……。きっと――おかえりって言ってくれるさ」
晃の事を心配していた彼女の事を思い出すと、自然とそんな言葉が出た。きっとショックを受けるだろうが、彼の事を受け入れてくれる。そんな気がしたのである。
「そうか……だと、いいな! よし、かえろ――ぴぎぃ」
彼は、地面に落とした水風船のように潰れて弾けた。
「――えっ?」
突然の出来事に言葉が出ない。
「あれ~? 間違えて踏んじゃいました~。えへへっ、失敗しちゃいましたよ~」
ああ、最悪だ。
「せっかく人質に取ろうとしたんですけどね~。まぁ、死んじゃったのはしょうがないですよね~」
汚れを払うように手を振ると、彼の一部だったものが俺の頬を染めた。ぬめりと下に垂れ、汗のように顎の先端からポタリと地面に垂れた。
「なんで……」
もう……訳が分からない。
「ふふ。逃がさないって言いましたよね~」
倒したと思った彼女は生きていた。そして、彼は……。その現実が、俺の心を引き裂き、裂傷を負った傷口から内部へと侵入する。内側から針でもつつかれるように、チクチクと痛むと突然に破裂した。
「おぇぇええっ!」
敵の前だが、耐える事が出来なかった。膝を着き嘔吐する。涙と鼻水で顔が汚れ、口からは黄色い液体が地面に水溜まりを作る。
「えへへへ~。宗田さんったら、そんなに私に会えて嬉しかったんですね~。すぐに、彼の元に送ってあげますからね~」
心臓がドクドクと脈打ち、顔が異常に熱を帯びていた。コツコツと彼女が俺に向かって歩みを進める音が聞こえたが、その場から動く事が出来なかった。




