奴は最後まで足掻いていた
超電磁砲は彼女に防がれた。なのにそれより威力は劣る魔法を選んだのには理由がある。
「――ファイア」
サイレンサーの影響で、轟音とも言える音はいくらか解消され赤く高密度に圧縮された弾丸が発射される。
「ギャアッ!」
短い悲鳴がここまで聞こえてきた。本体を狙ったが、暴れ動き回る彼女の腕にヒットしたようである。前腕部分にぶつかった弾丸は彼女の腕をあらぬ方向へと折り曲げた。
一撃で粉砕するとまではいかないが、ダメージを与えられた事に一定の手応えを感じられると二射目を即座に発射する。
「魔力残量もそこまで余裕があるわけじゃないし、あまり無駄撃ちは出来ないな」
超電磁砲を使用しなかった理由は、魔力の残量と弾丸となる部分が大きく、再び彼女に防がれてしまう可能性があったからである。
変わりに対戦車用ライフルであれば、即死級の威力ではないが、そこそこの威力と姿を隠しての狙撃が行える。それに、俺も以前とは違いレベルもかなり上がった。加えて魔力半減のおかげで、残り少ない魔力でも十分に扱えるのだ。外しても次の行動にすぐに移せる。
であれば、魔力の半分を使用する超電磁砲より取り回しと挽回の効く魔法を選ぶのは必然。これでダメージが与えられなかったら考えたが、それも杞憂に終わった。
「よし、当たった!」
二射目もヒットする。消音効果もあるせいか、彼女は今も俺の存在を見つける事ご出来ていない様子だった。
「あれ? 再生しないのか?」
三射目を発射する時に気づいた。晃に攻撃された時の傷は治ったのに、俺に切断された頭部の一部は今もそのままだ。
「あれくらい深い傷は再生しないのか? いや……まぁ、俺の超回復は異常だと思うけどな」
回復能力は備わっているものの、彼女は失った部分を再生する事は出来ないのかもしれない。能力的限界なのだろう。ならば、これは好機。
「――当たれっ!」
既に二発、発射した事でなんとなくの感覚を掴む事が出来た。だから、今度は連続で五発の弾を撃ち出す。
「しぶといなっ!」
全弾見事に命中したのは奇跡に近い。だけど、その奇跡を持っても彼女を殺すには至らなかった。計七発の弾丸、その内一発は彼女の下半身に命中し、中身をぶちまけさせた。
だけど、それでも彼女が動きを止めない。痛がる素振りを見せてはいるが、のた打ち暴れ回り――
「――ヤバい! 見つかった!」
ぞくりと襲う寒気。多足類の昆虫が数十匹、背中を這うような感覚に襲われたのだ。脳が警報を告げ、体が勝手に反応した。
「ぐうっ!」
こちらに向かって一直線に飛んで来た彼女は、アパートに激突し破壊した。咄嗟に動きだそうとしたが間に合わず、衝撃で放り出される。
「本当に――しつこいんだよっ!」
頭部の一部は切断され、下半身は穴の開いたの雑巾のよう。八本あった腕のは、一本は完全にへし折れ、他の五本の腕もダメージを負っている。まともな腕は三本。そんな状態でも彼女は逃げるでもなく、俺の姿を見つけると攻撃を仕掛けてきた。
手負いの獣ほど危険と言われるが、これがそうなのだろう。だけど、ここまで深手を負っている状態はチャンスと言える。
残り魔力は三割を切ったくらい。唐紅を片手に俺は彼女の元へと駆け出した。
「せやっ!」
酷い面をしていた。彼女の面影はどこにもない。人の皮を貼り付けた昆虫擬きは、赤色の液体を撒き散らし、俺を迎えうつ。
恐らくこれが最終攻防になるだろう。唐紅の剣にたっぷりと血液を吸わせ、一回り以上、分厚く大きく成長させる。そして、持ち手部分を長く、その端っこを持った状態で遠心力のままに彼女に叩きつけた。
「ギィッ!」
万全の状態の腕で体を支えているせいか、防御に使った腕は、一部が陥没し肉が抉れていた。だけど、肉眼で分かるくらい徐々に傷が治り始めている。その腕を交差させ俺の攻撃を受け止める。
ズン、と地震が来る時の前兆のような振動が走る。渾身の一撃は防がれたが、腕に更に傷を負わせる事に成功する。
「まだだっ!」
アドゥルバ、力をもっと寄越せと叫ぶ。本当に奴が反応するわけはないのだが、力が湧いてくるような気がした。
防がれようがお構いなしに、何度も叩きつける。
「あぁあああっ! さっさとくたばれっ!」
鎧の出力に耐えれない肉体が悲鳴をあげる。超回復で再生を繰り返しているが、それ以上の速度で肉体が破壊されていく。
「ギィィッ!」
彼女も、俺の攻撃のせいで動く事が出来ないようだった。少しずつ唐紅が腕に食い込み、彼女もその衝撃で地面に埋まっていく。
後、一撃。それで、この防御を突破出来ると思った時だった。
「ギチギチギチッ!」
苦しむ声とは違うように聞こえた。
「うわっ! なんだ!?」
突然視界が塞がれた。真っ暗で何も見えない。
「やばっ!」
俺の攻撃が止まり、彼女が動く気配がする。慌てて後ろに大きく跳躍し距離を取った。
「くそっ! 中々とれない!」
粘性のある何かが俺の顔面に引っ付いて離れない。手で拭い落とそうとするが、上手く剥がせないのだ。
「――限定解除」
顔の部分だけ、鎧を解除し強制的に謎の液体を落とした。
「なっ、どこに行きやがった? 逃げたか?」
そんな分けない。彼女はかなり執着深い、近くに居るはずだ。でも、どこに――
「――上かっ!」
視界を上に向けると、隕石のように落下してくる彼女の姿があった。避ける事の出来ない距離。俺は唐紅の腹の部分でそれを受け止める事にした。
「んぐっ! がぁっ!」
形勢が変わる。どうにか彼女の攻撃を防ぐ事に成功はしたものの、途轍もない衝撃と体の至る所を破壊される嫌な音がした。
「あぁっ!」
受け流そうとするが、それもできない。
「があっっ!」
土手っ腹を殴られ、吹き飛んだ。押しつぶされる事はなかったが、予想よりダメージが深刻である。内蔵に響くダメージに、上手く立てない。
もちろん彼女が待ってくれる訳もなく、追撃のためにこちらに向かっていた。
早く、早く立て! 俺は自分の足に命令するが、それは無視された。片膝を着いて、ただ彼女がこちらに向かってくるのを見ているしかない。血液操作でむりやりでも、立たせようとするが痛みで意識を集中する事が出来ない。
「諦めてたまるかっっっつ!」
だからって、諦めるつもりなんてない。彼女はここで仕留める。これ以上、犠牲者を出すわけには行かない。
歯を食いしばり、唐紅を杖にむりやり立ち上がる事に成功する。
「やれば出来るじゃないか……俺」
かと言って今からでは遅すぎた。彼女の腕の射程圏内。突進する勢いのまま、槍のようにすぼめた腕を俺に突き出してくる。
「ぐふっ!」
一日に二度も腹に風穴が開くとは思わなかったわ。深々と突き刺さり、彼女はその腕を引き抜いた。だけど、
「――逃がさない」
彼女は戦い慣れをしていない。このままとどめを刺せばいいものの、腹に与えた一撃で倒したと思ったのだろうか、そこから追撃を与えて来なかった。
なまじ中途半端に人間の知性が残り、獣になれなかったのが、彼女の敗因だろうと思う。――手負いの獣は怖いんだよ。
「解放――グールの王」
全身から鎧が消失し、血液が球体となる。
「発動しろ――グールの足掻き」
その瞬間、閃光が視界を埋め尽くした。
第2回 一二三書房WEB小説大賞 一次選考通過しました。
二次はダメでしたが、これも皆様のお力添えのおかげです。
これからも頑張りますので、どうぞご愛読よろしくお願い致します。