飛び道具は最強だと思う
残り魔力残量は約半分を少し下回ったくらい。余裕をかまして戦えるわけじゃない。できれば、短期決戦としたい所だ。
「――いくぞっ!」
かけ声と同時、に俺は銃から打ち出された弾丸となった。この鎧は自分を守るためだけの鎧ではない。攻撃は最大の防御と言わんばかりに身体能力を極限まで引き上げてくれる。
一秒とかからず彼女の目前へと迫り、力の限り剣を上から下へと振り下ろす。
「キィッッツ!」
耳障りなガラスを引っ掻くような鳴き声に、奥歯の更に奥をミミズが這うような不快感にギリィっと歯を食いしばった。俺の放つ一撃は、彼女の腕の一本に防がれてしまうが、彼女を支える他の腕を地面にめり込ませる程の威力を放った。
「ぐうっあっ!」
強力な力には代償はつきもの。この鎧とて過言ではないのだ。アドゥルバのような形となったが、中身は人間。限界以上の出力に中身が耐えれるかは別の話である。バギゴキと人体から鳴ってはいけないような音がすると同時に、電気を体に流したような鋭い痛みが体中を駆け巡る。
思わず手を離しそうになるが、俺の全身は頭の天辺から指先まで血液で覆われている。要するに、全身血液となれば俺の能力の操作対象である。手に握る力がなくとも、強引に血液操作を使って肉体だって操れるのだ。だから、俺が生きてる限り、魔力がある限り、この手を離す事は――ない!
「はぁっ!」
一撃を放つ度に骨は折れ、肉が裂ける。痛みには慣れた……とは言はないが、心が負けるまでは絶対に手を緩める事はしない。横に切り裂くように唐紅を振るった。またも防がれてしまうが、彼女を大きく後方に吹き飛ばす。ただ、この力を持ってしても、彼女の腕に傷一つ負わせる事が出来ない。
狙うなら、胴体か? 懐に潜り込むために追撃を加える。
「キィ――キキキキッ!」
だけど、彼女とて黙ってやられている訳ではなかった。八本のうち四本の手で拳を繰り出してくる。
息つく間もないくらいの連激をいなし、弾いて彼女と距離を離れないように食いしばる。
「――赤の盾」
鎧の一部が盾に変わった。空中に展開するわけでなく、戦乱時代の騎士のように手で持って彼女の攻撃を防ぐ。
「クィイイイッ!」
彼女が吠える。
「ぐぅうっ!」
雄叫びと同時に放たれた渾身の一撃。なんとか、盾で防ぐ事はできたが衝撃までは殺せなかった。出来るだけ直撃を避けてはいたが、一瞬の隙を突かれそれをまともに受けてしまう。
体が宙に浮くと、顔が強引に横を向かせ引っ張られるような圧力を感じると共に、空に向かって弾き飛ばされた。
「アヒッ!」
彼女は笑う。追い討ちを掛けようと飛び上がった彼女は、手の平と手の平を合わせて大きな拳を作り、それを大きく振り上げた。
「ア……レ?」
横を暴風が通り過ぎる。彼女の渾身の一撃は俺には当たらなかった。いや、避けたと言った方が正しい。
普通の人間であれば、空に打ち上がった状態から避ける事は出来ないだろが、俺は違う――全身血液。空中を飛ばす事も可能なのだ。鎧ごと、体を横にずらし彼女の攻撃を避けたのである。
当たると確信した攻撃が外れ、間の抜けた声を漏らした彼女は、バランスを崩し上下が反転する。虫が地面で仰向け倒れた形を空中で再現した形だ。
「ギィイィギャッ!」
ギチギチとした一瞬の悲鳴を上げる。横を落下する彼女と目が合った。迷う事なく、唐紅を振るう。少しだけ、距離が開いているが……。
「唐紅の剣――伸びろ」
呟く。呼応するかのように脈動し、細く長く伸びた唐紅の剣は、刀身部分が反りまるで大太刀のような形状へと変化する。
「――ギィィヤッ!」
避ける術もない彼女だったが、無作為に振るった丸太の腕が、唐紅に触れ若干の軌道を反らした。おかげて、彼女の体を海老の開きのように縦に真っ二つする事は出来なかったが、頭だったもの……左の頭部を斜めに切断する事には成功した。
雄叫びを上げて落下する彼女を、上空から俯瞰する。
「流石に俺も、空は……飛べないか」
なんとか、このまま空中に留まろうとしたが、無理のようだ。だけど、彼女は重力に抗う事も出来ず、雄叫びのような悲鳴を上げ、民家の屋根にぶち当たり、それでも止まらず破壊し地表へと激突した。
「倒せたか?」
ふわりと地面に着地する。全身の血液を操れば空も飛べると思ったが、流石にそれは出来なかった。俺の実力が不足しているのか、それとも重量に限界があるのか、どちらにせよ全身の鎧を操作して出来たのは、落下速度を軽減するのが精一杯。だけど、俺よりも遥かに重い彼女は地球の引力に逆らう事なく、地表に吸われ俺の横を通り過ぎて行ったのだ。
「唐紅――戻れ」
血液操作と俺の能力の相性はかなりいい。失った血液は超回復で即座に補充され、魔力半減の能力で魔力の消費もかなり軽減されている。
太刀のようになった唐紅の剣を元に戻るように言うと、元の西洋の剣のような形へと戻った。
「倒した……か?」
人間にとっては致命的な一撃だが、化け物となった彼女をこれで倒せたとは思えない。警戒を解かず、構えを解かない。
「――イッ」
やはり死んでいないか。
「イィイイダダダィィイー! アァアーッ!」
まるで地獄で拷問を受け続けた、受刑者のような悲鳴。音のしない夜の街に反響し、永遠と響き渡る。
「アガガガァァアッ!」
苦悶に満ち溢れたか彼女は、切断された頭を抑え、暴れ回る。暴風のようになった彼女に近づく事も出来ず、俺は呆然とそれを眺めていた。
「あいつ、もしかして……」
自分がダメージを負うことに慣れてないのか? なまじ死ににくい体だ。脳の半分を切断されればその痛みは計り知れないだろう。しかも、彼女はこれだけ強いのだから、そうそう傷を負うこともなかったと思う。
と考えれば晃に顔をズタズタにされた時も、今も、この取り乱しぶりは説明がつくのではないか?
「羨ましい限りだ――なっ!」
俺とは真逆。自傷行為のうえ、能力を発動するこっちとしては痛みを感じない事が羨ましく感じられた。
さて、彼女が暴れているうちが絶好のチャンスだ。その場でのた打ち回る彼女から大きく距離を取る。
「この変でいいな。急ぐぞ」
知らないアパートの屋根の上。距離にして百メートル以上は離れた。彼女の体全体が見える位置に到着し、腹這いとなる。
――イメージはレンズ。
そして――
――イメージはサイレンサー
血液の鎧越しに右目に水魔法で作ったレンズを装着する。後は位置ばれ防止にサイレンサーも発動した。完全に音は消せないが、多少は効果があるだろう。それにしても、この魔法も久しぶりだな。
俺はいつもの詠唱を紡いだ。
——イメージはライフル。
——鋼鉄の戦車を貫く黒き玉。
——如何なる物も貫き破壊する。
——対戦車用ライフル。