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飛蝗のよう

 「ぐうっっ!」


 ビルの五階から飛び降りた俺達は重力に逆らう事もなく、地面に一直線に落下した。足から着地したことで、頭の天辺まで衝撃が突き抜けると、脳が揺れ視界に星が飛び散り、ぐんにゃりと歪む。


 「はぁー、死ぬかと思ったわ」


 落下の時、俺の横で絶叫していた晃は、魂が抜けたように顔が真っ青で目が虚ろ。肩を掴む力も何処となく弱く、それだけさっきの事が怖かったと思える。


 「ほら、しっかり捕まってくれ」


 今にも肩から落ちてしまいそうな彼に、カツを入れてやる。


 「あぁ、すまん」


 肉に食い込む感触がする。俺の方もまだ目がチカチカするが、体の方は特に問題ない。十メートル近くから落下すれば、普通の人間なら死んでいてもおかしくないが、特に怪我もない。しいて言えば、少し高い所から飛び降りて足がじんわり痛む事と、脳が揺れた程度。これもレベルアップの所為か、人間を辞めて化け物に近づきつつある。


 「走るぞ」

 

 「ああ」


 加減などなし。俺は走ることに全てを集中する。目的地などなく、ここから離れる事をとにかく優先したい。


 「うおっ! ちょっ、速すぎるって!」


 彼はまた叫び出した。疾風の如く地を蹴り、前に進む。その速度は車に匹敵するのではないかと思えた。周囲の風景が次々に後ろに流れ、自身の速さを物語っている。

 だけど、そこに乗っている者としては乗り心地の悪い絶叫マシーン。しかも、安全具など身に着けていない。死の特急列車に乗っている気分なのだろうけど、俺の左の鼓膜は彼を拒絶したがっている。


 「少し、静かにしてくれ」


 あまりに煩い彼に注意する。耳が痛いのもあるが、このままでは彼女に見つかってしまう。隠れていた場所からかなり距離をとったと思うが油断できない。

 

 逃げられない――奴からは。


 地を駆け、前に前にと進み続ける。だけど、ねっとりと絡みつく死の気配がヘドロのようにまとわり付き、俺を死の道へと誘おうとする。姿は見えないが、感じる確かな気配は徐々に濃くなり、距離が狭まっているような気がした。 

 何処に逃げればいい? 止まる事なく住宅街をひた走り、見える範囲で良策はないかと考える。ここは何処なのだろうか? この街に住んで随分経つが遠く離れると土地勘がまるでない。まるで、迷路に迷い込んでしまったかのようにグルグルと同じ所を走っているようだ。結局は何ら策を思いつきもせず、舗装された道路を走り続けた。


 「追いついちゃいましたよ~」


 ああ、最悪だ。佐川 葵が俺達に追いつきやがった。


 「追いかけっこですか~? 待ってくださいね~」


 後ろを振り向きたいが、そんな事をしている余裕がない。


 「晃、そのまま方向転換して後ろを見れるか?」


 「オッケー、少し待ってろ」


 ウィーン、ガシャンとそんな音がしそうな動きに少しぎょっとした。足を軸に顔の部分だけを回転させた彼は、機械のようである。

 

 「あいつの姿は見えるか?」 

 

 「あ……ああ、バッチリなんだが……」


 彼の返事は歯切れが悪い。


 「どうした?」


 「飛んでやがる……いや、飛び跳ねてると言ったらいいか。これはまるでバッタだな」


 俺には見えないが、彼にとっては驚愕に値するような光景が見えているのだろう。


 「本当に人間辞めてやがるな……。佐川 葵は追い付きそうか?」


 「追い付くも何も、あれはわざと俺達のペースに合わせてやがるぞ」


 俺と彼女の鬼ごっこは、彼女に分があると言うことらしかった。


 「おいっ! 右に避けろっ!」


 晃が叫ぶ。切羽詰まった彼の言動に聞き返す事もせず道路の中央を走っていた俺は右にそれた。


 「――おわっ!?」


 何かがすぐ横に降ってきた。まるで隕石が落下してきたかのように、軽い衝撃を感じる。


 「おお~。二人の連携はバッチリじゃないですか~」


 佐川 葵はまるで子供と遊んでいるよう。捕まえようとすればいつでも捕まえられるのにそうしない。こちらをおちょくるような行動に、俺は奥歯を強く噛み締め、拳を強く握り込む。このまま、怒りに任せ攻撃を仕掛けてやりたいが、それをすれば最初の二の舞。それが、余計に俺の神経を逆撫でし、激情の炎が俺の心を燃やし尽くそうと包んだ。


 「――殺す」 

 

 ――マスター、今は怒りを落ち着かせて欲しい。


 シーリスが俺に訴えるようにそう言った。


 ――まだ、処置が不安定です。そうしなければ完全に飲み込まれてしまいます。


 分かってるよ。一瞬だけ我を忘れそうになったが、シーリスの声で正気を取り戻した。

 シーリス、後で詳しく教えてもらうからな。そう彼女に伝える。


 ――イエス、マスター。ですので、感情に飲み込まれないようにしてください。


 分かってるよ。だから、フォローよろしくな。


 ――お任せください。


 「って、ゾンビか! 邪魔だっ!」


 急激にゾンビの数が増えだした。ここいら一帯の何処に大勢の人が隠れ住んでいるのか、はたまた間引きが行き届いていないかのどっちかなのだろう。しかも、厄介な事に数が尋常じゃない。道路を埋め尽くさんとばかりにひしめき合っている。蛆虫の如く湧き出たゾンビは俺に気づくと動きだす。


 「血液操作――赤の玉」


 俺の体から大量の血液が失われた。ふらつきそうになるが、どうにか踏ん張り耐える。俺に合わせるように移動するどす黒い球体を前方に飛ばした。


 「――針千本」


 発動の言葉を呟くと、球体が弾けるように無数の棘が飛び出しゾンビ共を貫く。


 「集結――赤の玉」


 前方のゾンビ共をキレイに消し去ると、赤の玉を引き戻す。


 「変形――唐紅の剣」


 自分の一番使いやすい形状へと変化させる。


 「こんな時ばっかり出てくるなよなっ!」


 次々とゾンビが集まり出してくる。無視出来る奴はそのまま通りすぎ、障害になる奴だけを倒して佐川 葵から逃げ続けた。


 「おい、また来るぞ! 次も右に避けろっ!」


 前方からはゾンビ、後方からは彼女からの攻撃が飛んでくる。窮地に陥った俺達だが、ここまではどうにか生き延びる事が出来ている。

 今回も晃の指示通り、急いで右側に移動するとさっきと同じように彼女からの攻撃が降り注いだ。

 

 「あー、もうっ! どうしろって言うんだよ!」


 文句を言っても状況が変わる訳じゃないが、思わず言葉が出た。


 「次は左だっ!」


 「クソッ! またかよっ!」


 晃の指示に従い佐川 葵の攻撃を避ける。前方からはゾンビ。後方からは佐川 葵。これで、グールにネックリー、更には異形の魔物達が現れたとなればオールスター勢揃いになる。それだけは勘弁して欲しい。


 「ふふふ~。そろそろ捕まえちゃおうかな~」


 死刑宣告が下される。


 「ふふふふっ。お疲れ様でした~」


 妖美な笑みが流れてくると、頭上を大きな何かが通り過ぎて行く。前方に至たゾンビ達の群は、ボーリングのピンのように弾け飛び、そこらじゅうに赤い肉の花を咲かせていた。

 まるで昆虫のよう。巨大なバッタが着地するかのように、八本の腕が彼女を支える。ゆっくりと、下を向く彼女の体勢が起き上がり多眼の瞳がぎょろりと一斉にこちらを見やる。邪悪に極悪に卑劣に、悪と言う悪を凝縮したような、ドス黒いオーラを身に纏い、微笑みかけてきた。

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