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同族嫌悪

 「やっぱり私、唯ちゃん嫌いです~」


 「あら、奇遇ね。私も大嫌いだからちょうどいいね」


 神崎 唯と佐川 葵はお互い睨み合いながら言葉を交わす。ただ、葵の粉砕された腕はみるみる修復され元の形へと戻ってしまった。それに対し唯の両手はズタボロ。いや、そんな言葉も生ぬるいくらい酷い有り様だ。だけど、彼女は――笑っている。


 「さっきから、何が面白いんです~?」


 「いえ、その姿が面白くて。ごめんなさい、そんな姿にならないと私達と張り合えないんですものね」


 唯の嫌みに葵の目が血走った。ギリギリと歯を噛み締める音は、離れた唯の元に聞こえそうである。


 「私ねー。宗田さんの事――大好きなんですよ」


 突然の彼女の告白に葵は意表を突かれたように、目をまん丸としている。


 「だから、邪魔する奴が許せなくて。あなたが来た時も本当は殺してしまおうかと思ったんです」


 葵も狂っているが、唯も十分に狂っている。ただ、葵に比べて唯の方は他に被害がないことだろう。彼女の言動は全て斎藤 宗田に繋がっているため、彼が生きているうちは何も起きないと思われた。ただ、それでも彼女は狂っている。


 「でもね……ようやくこうやって姿を現してくれて、合法的に殺せるなんて。しかも、今なら宗田さんが褒めてくれるんだよっ! あー、嬉しい! 早く褒めて欲しいよ!」


 声高らかに笑う彼女に気圧されたのか、葵が後ろに一歩下がった。狂気を隠しもせず見せる彼女の姿は禍々しくもあるが、今までで一番輝いているようにも見えた。


 「ねぇ、今度は逃げないでね。ちゃんと――殺させてよ」


 にたりと三日月のように口元を歪ませる。狂気に満ちた彼女からは混沌としたオーラがベールのように覆い被さり、禍々しさが濃くなった。

 佐川 葵は恐怖した。体が縮み上がり、へたり込みそうになるのを、歯を食いしばり全ての手をうっ血するまで握り締める事で耐えるが、嫌な汗が全身の皮膚を突き破ってくる。


 「……狂ってますね~」


 この場から逃げ出したいと言うのが彼女の本音だろう。唯の異常性を察した葵は逃げようか考える。だけど、両手を失った彼女が自分に勝てる見込みなど微塵もない。むしろ、有利なのはこちらにあるはずだと言い聞かせ、その場に留まる事を決意した。所詮は手負いの獲物、と心の中で鼻で笑い強がるが、底なし沼に足を突っ込んで抜け出せなくなった人間の気分を追体験しているようだった。


 「……そんな手負いで、何が出来るんですか~?」


 留まると決意した彼女だったが、唯の不気味な雰囲気に攻勢に出ることが出来ないようである。人間の頃の感情までは醜い姿になってしまった彼女でも消すことは出来ないらしく、言葉を発する事で動けない自分を誤魔化した。むしろ、それは唯に悟られないようにするためよりは、自分自身に言い聞かせ、虚像を作り上げるためのようである。


 「怖いの? それならこっちから行った方がいい?」


 唯の瞳が葵を貫くと、口を三日月のように釣り上げて笑った。まるで、葵の心はお見通しと言わんばかりに嘲笑し、軽侮するような態度を見せる。

 葵も、もちろんそれに気づいた。沸々と腹の底から怒りの感情が込み上げると、恐怖と言う感情は食われてしまう。変わりに殺意が新しい電池となり、残量乏しい自分の体のエネルギー原となって彼女を突き動かした。


 「馬鹿ね――『止まれ』」


 猪突猛進に突っ込んで来た葵にたいして、見下したように唯が見ている。一歩もその場から動かず、魔法の言葉を呟いた。


 「アホな顔。本当に醜くてみるに耐えないわね」


 やれやれと言った感じの唯は肩をすくめる。歯をむき出しに、多眼となった瞳を血走らせる葵の事を哀れむような眼差しで見つめと顔をしかめた。少しずつ彼女の顔にねっとりした汗が湧き出てくる。左目に入りそれを拭おうにも両手は使い物にならず、閉じた状態で誤魔化した。

 麻酔が切れたかのように、ズキズキとした痛みが激痛に変わろうとしているようだった。


 「くうっ! ――『治れ』」


 もう一つの魔法を発動した。治癒と呼んでいる彼女の能力で両腕と失った血液を治療する。瞬く間に、失った物が元に戻ると、血を失いすぎて白くなった顔に赤身が戻る。


 「久しぶりにこの魔法を使ったけど、単体だと燃費いいね。最近はグールやらゾンビやら、集団の敵が多ければ変なギミックを持った敵ばっかりだったもんな。使う所がなくて、お蔵入り状態だったよ」


 愚痴をこぼすかのように、唯が一人話し始めた。どうやら、彼女は”停止能力”について思うことがあったらしい。


 「複数相手なら加速の方が、燃費がいいし時間もかからない。変なギミックを持った相手も使った所で倒せないし……せっかくこんな強力な魔法なのに見せ場なくて困ってたんだよね」


 ――だから、ちょうど良かった。これはリハビリだね。


 久しぶりに停止魔法を使用できてご満悦と言った感じの様子。


 「さて、これはお返し」


 佐川 葵に近づくと、右腕を掴む。


 「まず、一本」


 ボキリと嫌な音が公園に響いた。


 「次は左腕ね」

 

 一度、彼女から離れると白骨化した葵の両親の所に向かう。

 

 「ちょうどいいのは……あった」


 唯は何かを物色していたが、お目当ての物がすぐに見つかり手に取った。大きさは三十センチほどで、ナイフのように先端は鋭く尖っており、茶色く変色した物体だった。


 「強度は大丈夫かな?」


 コンコンと指で軽く叩いてみるが、お目に叶ったのか満面の笑みを浮かべて頷いた。


 「ごめんねー。ちょっと借りるね」


 そう言って、その場から離れると駆け足で葵の元に向かう。


 「体は普通の人間くらいの強度で良かったよ。それに、自分の両親の骨に刺されるなら本望だよね?」


 葵の両親の骨を右手に持つと、左手で彼女の手首を掴んだ。完全にさっきの焼き回しを唯は行っている。違うと言えば、葵が止まっていることくらい。


 「あはは、結構痛かったんだからね。でも、私と宗田さんが結ばれる試練、それを味わえて良かったねー」


 ザクザクと彼女の腕に鋭利に尖った骨を突き立てる。あっという間に、穴の空いたボロ雑巾となった葵の腕を、


 「それっ!」


 引きちぎった。


 「これでよし」


 満足気に両手を腰に手を当て、葵の事を見る。


 「あ」


 手に持ったままの葵の左手と、ナイフ替わりにした骨の事を思い出した。そして、何やら考えるように上を向くと、


 「これはおまけねー。どうぞ~」


 ついでと言った感じで、葵の胸元に左手を打ち付けた。そして、一仕事終えたかのように手をパンパンと払いおでこの汗を拭いその場から距離を取る。


 「――『動いていいよ』」


 解除の一言を呟くと、佐川 葵に時間が戻った。


 「――ぁっ! ァァアアアッッ!」


 まるで断末魔のように葵は叫ぶ。それは天を貫くような絶叫。そのあまりの声量に木々で休んでいた鳥達が驚き飛び立ち、周囲が一気に騒がしくなる。声にならない叫びを上げ、のた打ち回る葵を唯は見下ろし笑っていた。


 「ねぇ? どうだった? 私と宗田さんの試練。嬉しい? 彼が欲しいならこれくらいは余裕だよね?」


 「な、何をしたん……です」


 「何をって、私がした事と同じ事だよ?」


 唯にとっては葵が何を言っているか分からない様子で首を傾げている。


 「だって、宗田さんの事を探していたんでしょ? それならこれくらいは乗り越えて貰わないと」


 佐川 葵はここに来て戦慄し、恐怖し、絶望した。最初に自分が覚えた感覚に間違いはなかったのだとようやく確信する。邪悪な笑みを浮かべる彼女を涙で溢れた瞳で見やると、


 「涙を流すくらい喜んでくれてありがとう」


 唯は満面の笑みで返した。


 「じゃぁ、そろそろ時間もあれだし――殺ろすね」


 唯がそう言うと、葵は逃げ出そうと必死にもがく。


 「あっ、ところでさ。どうやったら死ぬか教えてくれない? 前に戦ったボスもね、首を切ったり頭を潰しても死ななくて大変だったんだよー。それとも本体は別にあるのかな?」


 サソリ型の魔物の事を言っているのだろう。ここまでの戦闘力を誇る、唯とてかなりの苦戦を強いられた経緯があった。彼女は直接的な強さは間違いなく、宗田を上回っていが前回のボスのような相手は苦手なようだ。


 「まぁ、停止能力で体を全部潰せば関係ないか。単体なら燃費もいいし、別に本体がいても同じように殺せばいいもんね」


 葵の絶望は計りしれない。遠くから姿が見えた時、神崎 唯一と言うことは認識していた。だけど、自分より格下、真っ向から戦えば負ける事はないと傲っていた。だけど、どうだろう。蓋を開けてみれば、葵以上に狂い、葵以上に凶悪、そして残忍な怪物だったと。


 「それじゃぁ、さようなら。――『止まれ』」


 唯が呟くと、公園の遊具を一つ持ってきた。子供が乗って遊ぶ、動物をモチーフにした乗り物。唯が手に持っているのはパンダを模倣した可愛らしい物。


 「さてさて、早く終わらせますか。確実に死ぬように滅茶苦茶にしてあげる――ね」


 そして、空高く振りかぶると力の限り振り下ろした。

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