代償
食事の後もずっと魔力操作の練習と雑談を行っていた。ここに閉じこもって出来ることと言えばそれくらいしかないのだ。こんな状況下で女性と二人きりで変な気が起きることも特になく、時間があっという間に過ぎ去った。
「宗田さん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
時間が分からないため眠くなったら寝るようにしているは寝たふりをして神崎さんが寝入るまで待った。机を挟んで反対側に寝ている彼女は、何度か寝返りをうつと、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「寝たか?」
お腹が冷えないようにかけたタオルケットを退け、布団から出る。仰向けで目を閉じた彼女をそっと覗き込んだが……反応は特になし。
寝たと分かると、昨日と同じように部屋を抜け出した。スコップがダメになったため、バールのみしか持っていない。
昨日よりも慣れた動きで階段を下りる。
「ふぅ……昨日よりはマシかな」
レベルアップして、確かに強くなっただろうが油断はしない。1対1ならともかく、複数に囲まれた時は致命的である。ゾンビの怖さは特にそれだと思う。しいて言えば走るゾンビが居ないことが救いだ。緩慢な動きしかしないなら、不意打ちを仕掛ければ問題ないだろう。
だけど、囲まれたら別だ。人間と違い、痛みも恐怖も感じないゾンビ達は遠慮なく迫ってくる。そうなれば、打つ手はない。だから、油断せず慎重に行くことを心がけるように、と自分に言い聞かせる。
身を隠しながら移動すると、昨日初めてゾンビを殺した公園に到着した。殺したゾンビが倒れている。なんとなしに目を瞑り黙祷を捧げた。
特に意味はない。しいて言うなら、罪悪感のようなものを感じたからそうした、だけである。数秒程そうしたのち、その場から移動を始めた。
ちなみに、今日は駅の方に向かうつもりである。今、街がどんな状況なのか知る必要があるだろう。恐らく、駅周辺はゾンビが多いのではないだろうか? 人が多く集まる場所に餌を求めたゾンビがいるんじゃないかと思ったのだ。それを確認するためにその方向へと向かっている。
「あー、予想通りか」
駅から少し離れた道路。壁を背に駅の様子をうかがった。案の定と言うべきか。そこかしこにゾンビがいた。佇むゾンビもいれば、その変をうろうろと歩き回るゾンビも。
「ここは避けて通るべきか……」
そっと離れようとした。如何せん、数が多すぎた。一人相手をするのは無理と判断した。
「アァ、アアアアアアッ! ァアアア!」
すぐ後ろから聞こえてきた。地の底から聞こえてくるような唸り声。
「——しまった!」
そう思った時には遅かった。一体のゾンビがすぐそこにいた。顔の半分は食われ、骨が丸出しの顔。口を大きく開き噛みつこうとしている。
「——っ!」
顎をかち上げるようにして塞いだ。激しく抵抗してくるゾンビ。だけど、ゾンビも離さない。数本足りなくなった手で肩をがっしりと掴まれている。
「離せっ——!」
俺はぐっと体ごと押し込んで突き飛ばす。よろよろと後ろに後ずさるとゾンビは尻餅を着いた。
「はぁっ!」
バールの先端を持ち大きく振りかぶると、起き上がろうとしているゾンビに向かってフルスイングする。ゾンビの右側から左へと振るわれた一撃は、正確に頭を捕らえ頭を破壊する。柔らかい豆腐を投げ捨てたかのように、そこら中に脳漿をぶちまけ、動きを止めた。
「はぁ、はぁはぁ……危なかった」
もう少し気づくのが遅れていれば、あのゾンビに噛まれていただろう。本当にギリギリだった。
だけど、一息着いている暇はないようだ。今のやり取りで、駅に居たゾンビの何体かがこちらに気づいたらしい。
ジャリ……。
奴らが地面を踏み締める音がすぐそこから聞こえた。即座に距離を取ると、ちょうどよく置いてあった車の影からその様子を伺った。その後、すぐに姿を見せた複数体のゾンビ。
俺がさっきまで居た当たりでうろうろしている。
数にして五体か……。
逃げるか。いや、待てよ。あいつ等をまとめて倒せれば良い経験値になるよな……。
どうする?
接近するのは危険過ぎる。なら、魔法か?近づかなければ特になんの問題もない。もし、失敗しても全力で逃げればいけるだろう。あの五体のゾンビを倒す事に決めた。
さて、どうやって倒すか……。狙撃銃でもあればいいんだがな。それか、普通の銃でもいい。
そこであることを試す事した――新しい魔法だ。
魔法がその人の願いを具現化するならいけると思う。あくまで俺が使うのが”魔法”ならであるならだが……。試す価値はあるだろう。
魔法を行使するために集中する。
——イメージはレンズ。
——それは、透き通った水。
——できる限り薄く。
——そして丸みを帯びている。
イメージが固まり、魔力が右目の周りに集まる。目の下の方から上の方に向けて半透明の何かが覆った。レンズが完全する。
「うっ……成功したのはいいけど気持ち悪いな……」
左右の目で遠近感が全く違う。
一端右目を閉じて、次の魔法の準備をした。
——イメージは銃。
——指は銃口。
——打ち出すは炎の玉。
——それは、如何なる物も打ち砕き貫く銃の弾。
そう。俺は炎の弾丸を想像する。急速に人差し指に魔力が集まるのが分かった。これも成功したようである。閉じていた右目を開き、反対に左目を瞑った。
良く見える。ゾンビの動きが止まる瞬間を身を潜めながら待つ。
「今だ……」
呟き、放たれる瞬間を想像した。予想外だったのは放たれた瞬間に大きな音がしたことだろうか。まさに本物の銃から弾が撃ち出されたように、周囲の建物へと反響した。
「——ギッァ」
吸い込まれるように一体のゾンビの頭へと直撃した。小さな弾丸が当たると、当たった所から爆散し顔の大部分を消し飛ばしたのだ。
炎々と燃える頭部を失ったゾンビの死体。流石に今の音で居場所がばれると、残り四体のゾンビもこちらに向かってきた。
「当たれっ!」
と叫び、続けて四発連続で打ち出す。次々に着弾すると、ゾンビの頭が花火のように飛び散った。仕留める事に成功する。他のゾンビが来る前に、即座に移動した。
移動する時に燃えるゾンビのせいで火事にならないかと不安になり後ろを振り返ると延々と燃える倒したゾンビの死体が視界に入る。火を消すべきかと思ったが、ゆらゆらと揺れるゾンビの影が複数体見えたため断念して、その場を完全に離れた。
それから、全力で走ってその場から遠ざかった。出会ったゾンビにはバールで頭を砕き、奇襲するように葬りながら安全な場所を探した。結構な距離を走りはしたが息切れ一つしない。少しずつ人間離れする自分に不安を覚えた。
それと同時にレベルアップの凄さについても実感する。普段運動しなければ、筋トレと言った体を鍛えるような事をしていない。それが、全力で地を駆け、人の頭を砕く芸当をこなしてるのだ。レベルが上がれば誰でも超人になり得ると言うことが証明される。
「はぁー……ここまで離れれば大丈夫か?」
レベルが上がった身体能力を存分に生かし、駅から遠くに離れた所まで来た。まだ、家に戻るつもりはない。何処かで休んで魔力が回復しだい、ゾンビを狩る予定である。
すると、
「あれ? なんで?」
レベルが上がった。でも……どうして? もしかして、燃えたゾンビの炎が他のゾンビに引火して倒したのか? と言う考えが頭を巡る。てか、それしか要因がない。なるほどな。離れてても、何かしらの俺起因ので倒せれば経験値? 的なのは入るんだな。ふむ。
と納得していると、
あれ、またレベルが上がった。
――え、また。
続けざまにレベルが上がる。数十秒置きにレベルが上がり、レベルアップの高揚感が苦痛へと変わりつつある。
どれだけのゾンビを巻き込んだのか、今もレベルが上がる感覚があった。
辞めろっ! 叫ぶが止まる気配がない。
「あああぁッ! イダイッ! ごれいじょうはやべでぐれ」
肉体が耐えれなくなったのか、肉が裂け血が溢れる。内側から溢れる力の塊に、体が耐えれなくなり風船が割れるように体が破れる。
「オエッ! アグァッ! オエエッ」
その場に嘔吐した。血の塊をアスファルトの地面へと産み落とすと、膝をついてしまう。
ぐぅ……レベルアップが連続して急激に起こるとこうなるのかよ。予想外だ。
視界に霧がかかったようにぼやける。このままここにいてはいずれゾンビに見つかるだろう。無理をしても安全な場所に移動しなくては……。
民家の塀に手をつきながら立ち上がる。一歩足を踏み出すのも辛い。呼吸も荒い。口の中は鉄の味と臭いが充満してる。だけど、むりやり足を進めて、何処か隠れられそうな民家を探そうと歩き出した。