彼女はご機嫌
「ふふふーん」
わたくしこと、神崎 唯は上機嫌である。なんてね。それにしても、さっきの宗田さんは可愛いかったなー。はぁー、胸がキュンキュンしちゃいます。あのまま唇を重ねても良かったんですが、今回もおあずけですかね。しかし、宗田さんも焦らしますよねー。
誰も居ない廊下で二人きり。そして、あれだけ距離が近ければ襲っても良かったのにな。
「そして、ここでわざと宗田さんについて行かない事で、少しでも私に意識を向けさせて、徐々に……うひひひ」
とは言っても暇ですね。
「休みと言ってもやることないんだよね。あー、ゲームしたいよう」
こんな世界になってからする事と言えば、ゾンビと戦ってご飯を食べて寝るの繰り返し。楽しみと言えばご飯を食べることと……宗田さんの側に居ることかな。
だけど、今さら宗田さんの所に行けないし……どうしましょう。
とりあえず……一度、部屋にでも戻りますかね。
「到着ー」
ガラガラと扉を開けて中に入る。警備隊のみんなは間引きへと行っているため、私一人しかいない。ダンボールで作られた簡単な仕切りはあってないようなもの。自分のスペースへ行くと、畳まれた布団へと腰を下ろす。
「んー、新しい武器が欲しいですよね。これだと全力で振るえないんですよね」
壁に立てかけられていたハンマーを手に取る。持ち手が長く、最近愛用している杭打ちハンマーなのだが、前回のボスとの戦いで一本壊れてしまっている。これは予備品。と言っても壊れたハンマーと同一なんだけど、自分の力を加減しながら戦うのは難しいんですよ。
武器に気を使って本気を出せないんですよね。壊れたら迷惑かかりますし困りましたね。よしよしと、ハンマーの頭部分を人の頭を撫でるようにさする。
「ごめんね。君も壊しちゃうかも」
こう言ったホームセンターで売っているような物一つでも、このご時世では貴重品。それを簡単に壊しちゃっては、集めてくれた人に申し訳がたたない。
「今度、宗田さんにお願いしてみますかね」
以前出してくれた氷の斧のように大きくて頑丈なのがいいですね。
「はぁー、宗田さんに会いたいな。今頃何してるのかな?」
少しだけ、探してみてもいいですよね? それで、偶然そこに私が行く予定があって、偶然そこで出会うだけ。
それなら、仕方ないと思うんですよ。ねっ? そう思うでしょ?
「うひひひっ、今行きますから――キャッ」
なに!? 雷? それとも地震? 突然の閃光がほとばしり教室絶対を照らし、遅れてガラスが小刻みに震えた。
慌てて窓から外を見ると誰かが戦っている姿が見えた。
「――宗田さん!」
暗く外に居る人物の顔がはっきりと見えないが、それが宗田と言う事はすぐに分かった。
「行かないと!」
ハンマーを片手に教室を出る。
「あっ、ポーションも持っていかないと」
ポーションの存在は私にとっては欠かせないものだ。宗田さんが作ってくれたのが一番の理由だけど……体がもたなくなった時にこれがないと私、死んじゃうんだよね。
「急げ――」
「――神崎君、どこに行くのかね?」
廊下に出て走ろうとした時、背後から紫苑さんに声をかけられる。
「紫苑さん? すいません。急いでますんで」
「まあ、待ちたまへ」
彼に呼び止められ、あしらってさっさと宗田さんの所に行こうとしたが、再び呼び止められる。
しつこいなー。少しイラッとしちゃったよ。こんな時に何かな。
「君は残って学校を護ってもらいたい」
ァアア? こいつ何ぬかしてんだ。さっさと、宗田さんの所に行かせろよ……と、大変失礼しました。誰に謝ってるか分かりませんが、ここ最近は本性を隠してまして……。だって、宗田さんの前ではこんなはしたない所を見せれません。
だけどさ……。
殺すよ――邪魔するなら。
「……お断りします」
「ほぅ、それは何故かね?」
「――興味ないから。宗田さん以外」
正直、私にとってはこの避難所なんてどうでもいいんですよね。宗田さんがここに居るから私も一緒に居るだけで。でも、彼は優しいから怒っちゃうかもしれませんが、私の全ては宗田さんのもの。
「だから、紫苑さんに何を言われても私は宗田さんの元に向かいます。元々、二人ペアの約束ですよね?」
「むっ、まぁそうだが。君がそう言う考えとなると、ここから出てってもらうことになるぞ? その時に彼は一緒に来てくれるだろうか?」
「あはっ。私を脅すつもりですか? しかもちゃっかり威圧も使ってるんですかね? ゾクゾクしちゃいます」
「これは、真奈も警戒するわけだ」
そこで、宗田さんの元カノの名前が出てくる。だって、彼女邪魔なんですもん。脅したら、やたら警戒するようになって困っちゃいますよね。宗田さんに色目を使って近づかないで欲しいだけなんですよ……。あなたは過去。私は未来なんですから。
「それで? これで終わりですか? ならもう行かせてもらいますね」
紫苑さんに背を向けてスタスタと歩き出す。所で……なんで私が教室に居ることが分かったの? タイミング良すぎるような?
「あれ? 居な……い?」
振り向くと、紫苑の姿はなかった。
「どこに? まあ、いいです。邪魔するなら排除すればいいだけなんで」
これで、やっと宗田さんの所に行く事ができますね。得体のしれない感じに少し不気味さを感じますが、今はそれよりも愛しの宗田さんの所に行くことの方が重要です。どうでもいい事は後回しにしましょう。
さてと、外に出ましたが宗田さんはどこかな?
「くんくん。んー、あっちから宗田さんの濃い匂いがします」
正門から出てすぐに右に回る。校庭の側面をちょうど通る通り、この辺りが匂いが濃い。
「これは、血?」
匂いの元はこれだったのかな? 尋常じゃない血液がそこかしこに飛び散り、赤い水玉模様をそこかしこに作っていた。
「――宗田さんどこ!?」
ここで激しい戦いがあったことが容易に想像できる。宗田さんの能力、血液操作のせいなのか本当に負傷しているか分かりませんが、早く宗田さんの元へ行かないと。だけど、彼を探すが見える範囲には彼の姿もなければ、戦っていたであろう敵の存在も見当たらない。
「だめ……匂いが強すぎて判別できない」
ここには、宗田さんの匂いが充満している。おかげで、本体である彼の場所まで特定できない。
だけど――
「――ああ、いい匂い」
たまらないです! 宗田さんの匂いが充満してまるで包まれているよう。あーん、ここに少し居てもいいでしょうか……と、迷いますが。所詮匂いは匂い。大事なの宗田さん。胸いっぱい空気を吸い込み、彼の匂いを十分に味わうと、
「名残り惜しいですが、行きましょう」
どこに行っちゃったのかな? 無事だといいんですが……。でも、宗田さんがそんな簡単に負けるわけがありません。
宗田さんも凄い強いんですからね。土壇場でいつも敵を圧倒するし……でも、万が一。さっきの血の量はどう考えても普通の人間なら死んでいると思う。
「少し……心配ですね」
ハンマーを右肩に担ぐと、両足に力を込める。
「せいっ!」
重い音と軽い振動がすると共に、空高く跳躍する。二階立ての民家を軽々と越え、視界を遮蔽する物は特にない。
「見当たりませんねー」
ふんわりと浮遊間を味わい、重力によって下に引き戻される。着地と同時に、コンクリートで出来た道路が粉砕されめくれあがり、粉塵が舞った。
「けほけほっ。これじゃ、私が重いみたいじゃないですか……もう」
違うんですよ。これも、私の能力……そう、怪力が悪いんです。じゃなければこんな風になりません。
「それにしても、宗田さんは何処ですかねー?」