痛いものは痛い
魔力吸収の魔法はチートではないかと思えるくらい便利だ。ならば、なぜそれを使わなかっただが、それは……ばれる可能性があったからだ。
あのサソリ型の魔物も感づいた様子だった。ならば、純粋な力だけなら圧倒している彼女ならどうだろうか? 絶対に感づかれるはず。だから、今まで使用しなかった。
だけど、今の状態は違和感があってもそれどころじゃないだろう。
そうして、魔力をたっぷりと蓄える事に成功した。だいたい八割くらいか? 超回復で使用する魔力より吸収する魔力の方が勝るとか、やっぱりチートだよ――なっ!
――血液操作『空斬』
体が動かなくても、能力が使用出来た事に安心する。ただ、これは奴に向けての攻撃ではない。あくまで、この状況から脱出するためである。体が右にぶれた瞬間にその方向に向かって自分の横腹を切り裂いたのだ。
もちろん、痛いか痛くないかと言えば漏らすくらい痛い。だけど、何故か正気を取り戻した高梨 雫の兄が奮闘している今を無駄にするわけにはいかないだろう。
「ぐうっ! がはっ!」
そうして、自分の肉体を引き裂いた俺は空高く舞い上がり本日二度目の背中から地面へと着地する事に成功した。
すぐに傷を塞ぐために、超回復をフルで使用する。
「……助かった」
いや、まだだ。この場から一刻も早く逃げなければ。今は彼がどうにか抑え込んでいるがそれも長くは続かないだろう。現に、少しずつだが彼女の傷が回復しているのが見て分かった。
「やっぱり、そう上手くいかないみたいだな」
ボスと言われるキャラは通常のモンスターに比べて無類の強さを誇る。ゲームの世界特有の話しかと思ったが、それは現実の世界でも変わらないと言うことのようだ。
「――いい加減に……離れろッッッ!」
可愛らしい声とは裏腹に、重く響く声で怒鳴ると、彼の髪の毛を鷲掴みに強引に引き剥がす。
攻撃に使用してなかった、二本の足は彼女の胸に深々と突き刺さっていた。それを、強引に引き抜くと、そこからはホースから水が出るように赤い液体が吹き出す。
そして、遂に彼の攻撃が届かない範囲まで引き剥がすと、そのまま空中に放り投げた。
「――まずいっ! 赤の盾! 三重だっ!」
ボールのように放り投げられた彼を、あの禍々しい腕が襲おうとしていた。それを防ぐため、咄嗟に血液操作で赤の盾を使用した。ただ、前回は彼女の攻撃を受けきれなかったため、今回は三重にしてある。しかも、不可抗力だが周囲には俺の血液がふんだんに巻き散らかしてある。普段の使用方法で、三重の盾は作り出す事ができないが、今のこの状況においては最早――俺の世界と言っていい。
「ぐぅっ! なにっ!?」
その目論み通り彼女の攻撃を弾く事に成功すると、俺の横にぽてりと彼が落ちてきた。すかさず彼を抱きかかえ、後方に一気に退く。
彼女の攻撃範囲は広い。出来る限り遠くに飛ぶと彼の状態を確認する事にした。
「良かった。無事だったか……助かったよ、ありがとう」
彼は無事なようだ。
「いや、こっちこそ助かった」
と、普通の人の言葉で彼は返事を返してくれた。
まさか、正気に戻ったのか? 聞きたい事は山のようにあったが、どうやらそうさせて貰えないようだった。
「――ニゲルナッッッ!」
彼女の普段の装いからは考えられない口調で怒鳴り散らし、錯乱していた。その変に止めてある車を持ち上げると、こちらに向かって放り投げて来た。豪速球と言う言葉がよく似合う――
「――赤の盾」
俺は三度、赤の盾を形成する。
ドンッと低く鈍い音が聞こえると同時にその場から横に大きく飛んだ。
「チッ! 宗田さん、そいつを渡してください」
避けれた……。勘だったが、このまま追い討ちが来るんじゃないかと思いなんとなく横に飛んだんだ。それが、功を奏し俺がいた所には小さいクレーターのような凹みが出来ていた。恐らく、彼女は俺が防ぐ事を見越して、視界を塞ぎその隙に攻撃を仕掛けてきたのだろう。
「もし、渡してくれたら宗田さんは見逃すんで、早く渡して貰えませんか~?」
正直、あの距離を一気に詰められるとは思わなかった。パワーもスピードも彼女が上、この状況は非常にまずい。ただ、彼を渡せば助けてくれると言うならば――
「……分かった」
「あはっ。素直でいい子ですね~」
「唐紅の剣! って、素直に渡す訳ないだろ!」
今しがた俺ごと始末しようとした奴の言葉なんて信じる事はできない。渡すふりをして、彼女の腕に切りかかった。
「アァァッッッ!」
「硬すぎるだろっっっ!」
切断するとまでは行かなかったが、手首から中程まで食い込ませる事に成功する。折れて千切れかかった枝のように、手首から先がだらりと垂れ下がる。
「――イメージは氷結空間」
周囲の温度が急激に低下する。
倒せないなら、動けないようにするまでだ。
吐く息が白く、火照った身体を急激に冷ましていく。空気は氷り、周囲から温度が消えた。
佐川 葵は一瞬にして氷で出来た彫刻のように動かなくなってしまった。
「すげぇ……」
高梨 雫の兄は感嘆の声を上げる。
「いや、まだだ。とりあえず逃げるぞ」
普通の人間であれば、全身が氷付けにされれば呼吸も出来ずお陀仏となるだろうが、彼女は絶対にこれぐらいでは死なない。
ここは一旦引くべきだろう。どうする? 学校に逃げるか? 恐らく彼女は入ってくる事は出来ないだろうし……って、そうなると彼も入れない。
「あぁ……俺の事は見捨てて貰っていいぞ」
彼は悟ったように目を伏せてそう言った。
だけど、それに素直に「はい」と頷くつもりはない。俺は学校と真逆の方へと走り出した。
「おっ、おい! 俺の事は置いていけっ!」
「あー、それは出来ないな。何せ俺は諦めが悪くてさ……助かるなら二人でだ。それに、あれは俺の罪でもあるし、このまま見捨てたら雫さんに合わせる顔がない」
もしかしたら、学校の方では今頃騒ぎになっているかもしれない。あんなに大きな音がしていたんだ、いくら何でも気づかない訳がないだろう。
もしかしたら唯が助けに来るかもしれないし、今は時間を稼ぎたい。
ただ、問題は被害者を出さない事。恐らく普通に戦えば俺は勝てない。だけど、唯の”停止能力”ならば何とかなると思う。あれはおかしい位のチートだ。俺の能力が優秀と言うのであれば、彼女の能力は”規格外”。模倣で決着をつければいいのだが、怪力を同時に使用できないので俺の攻撃は彼女に届かない。
てか、今考えるとパッシブスキルで”魔力半減”が発動しているのに、あまりその恩恵を授かってる気がしないんだが……それだけ燃費が悪いって事なんだろうな。
「ただ、逃げる前に……なんとか、どこに居るか分かるものを仕掛けたいんだが」
と、考えが逸れたが……逃げるにしても彼女の姿を常に見張っていないとダメなんだよな。
「どうやって?」
んー、魔法で何かできないかな?
イメージねー……。
やっぱり発信機とか?
安直な考えかもしれないが、そんな考えが頭に浮かんだ。
できる限り小さくて、モニターで見れるような奴がいいな。
――ならば、早速。
俺はそっと右手を前に出した。