悪の親玉とそのペット
なぁ、普通こう言う時って悪の親玉は後で出てくるもんじゃないのか?
展開早すぎるだろ。昨日の今日であの異形の魔物の犯人が見つかったわけだ。それこそ、さっき紫苑さんにその事を報告したばかりなんだけどね。
それがどう言う訳か、姿を現したと思ったら俺は――敗北した。
「ふふ~。まさか、私の一番欲しかった人が手に入るとか……今日はツイてますね~」
串刺しのまま、宙吊り状態で俺は運ばれようとしている。
どうにか意識は保てているものの、指一つ動かせない。薄れゆく意識の中で、佐川 葵は上機嫌に何かの歌を歌っていた。
「どうしようかな~。このまま最初は保存して~。んー、でも~、あれとこれとを混ぜれば物凄く強くなる気がするんですよね~。それで、私のナイト様が完成です~。あはぁ~楽しみ」
とりあえず俺はすぐには殺されないようだ。ただ、混ぜ合わせるとから訳のわからない事を言っている。
恐らく、その能力でこの頭だけの雫の兄に、あの胴体だけをつなぎ合わせた人間の蜘蛛を作り出したのだろう。
人の心が欠落した人間。今や、心だけじゃなく体も人のそれとは離れてしまっている。
自分の体もそうやって混ぜ合わせたのだろうか?
「こうやって巡り合わせてくれたのは、きっとこの子のおかげですね~。お家についたらご褒美にもっと混ぜ混ぜしてあげますからね~」
よしよしと赤子の頭を撫でるかのように、高梨 雫の兄の頭を撫でる。
「あ……ぅ……ぁ」
すっかり飼い慣らされたペットのように大人しく抱かれていた。
俺の視界からは、彼の後頭部しか見えず彼がどんな表情をしているか分からない。恐らく、俺もこのまま行けば最終的な末路はああなるのだろう。
みんなすまない。
さっき頑張るぞと決め、気合いを入れたのは遠い過去のように思えた。
「い……ぎぃ……」
「どうしたのかな~? 少し抱き方変だったかな? 生前の記憶があると本当にペットみたいで可愛いね~。よしよ~し」
そうして頭だけの彼は、身を捩るとこちらを向いた。
少しだけ横目で観察していると
「宗田さんも撫でて欲しいんですか~。いいですよ~」
「ぐふっ!」
勢いよく引き寄せられたことで、血が逆流し口から溢れた。ぬめぬめと暖かく、鉄の味に更に吐き気を催す。
「げぇっ! ゲホッ……ゴホッ!」
いくら吐いても口の中から血の味は消えない。それどころか、逆流したポンプのように沸いてくる。
なけなしの魔力で超回復を少しずつ使い、どうにか命をつなぎ止めている。ここで反撃した所で勝機はまったくないのだからこれが最善手だと思うが……死ぬに死ねず、意識を失いたくても失えない。それは、地獄のよう。
いっそのこと、回復を止めてしまえば楽になるんじゃないか? この苦しみから逃げ出したい一心でそう思うが、
――マスター、それはダメです。
シーリスが俺の行動を止めてくる。
――まだ、諦めないで。きっと助けが来ます。
だけどさ……。そろそろ辛いんだよ。って、なんだ? 暖かいな。
「よしよ~し。宗田さんもいい子ですね~」
頭に何か触れたと思ったら、それは彼女の右手だった。背中から伸びた不気味な腕とは違い、人間の手で撫でている。
ほんのりと暖かく気持ちが良かった……。
「まだ生きてるんですね~。てっきり死んじゃったかと思ったんですが~。でも、これなら立派なナイト様になってくれそうで安心しました~」
霞む視界の中で、彼女と目があった。
「――ひっ!」
化物……だ。
戦闘の中で気づかなかったが、彼女の瞳は人のそれとはかけ離れていた。
「どうしたんですか~?」
ギョロリと俺を見る何十もの瞳。人の目がまぶたの奥にはぎっしりと詰まり、それが俺を一斉に捉えた。大小異なる瞳は、人間の目が収められている部分にぎっしりと詰まっている。そこに収まらない目は、水道から滴る雫のように垂れ下がり今にも取れそうだ。瞬きをしているのか、瞼がピクピクと動くがその役割を果たせていない。
「あ~この目ですか~。いろいろに人間を混ぜてたらこうなっちゃったんですよね~。あっ、恥ずかしいんであんまり見ないでください~」
「混ぜ……た?」
「そうですよ~。生きた人間を自分にどんどん混ぜてみたんです~。そしたら、こうなっちゃったんですよね~。でも、これ便利なんですよ。視界も広いですし」
何処までも狂ってやがる。
「あっ、でも宗田さんは取り込まないんで心配しないてくださいね~」
「俺を……どうす……る?」
「ん~、できれば生きてて欲しいんですけど。死体でも大丈夫です~。私と一緒で、いろいろと混ぜ混ぜしようと思うんですよね~」
どうにか逃げ出す方法を考えないと……。
目だけを動かし模索する。
たけど妙案浮かばず、更に動かない体に焦りを感じ、それが苛立ちへと変わる。
クソッ! クソッ! クソッ!
こいつのせいで、俺が死ぬのか? いや、雫の兄の事を考えると、それ以上の悪夢……地獄が待ってる。
ひとりしきり俺の頭を撫で、満足した佐川 葵は、またゆっくりと歩みを進める。少しずつ学校から離れ、俺の生存ルートは終わりを告げようとしていた。
「いぎぃ……ぎぎ……」
雫の兄は、佐川 葵の腕と胸の間にすっぽりと収まっている。
あー、ダメか。俺もこんな風になるのだろうか……。そう、諦めかけていると、雫の兄と目があった。
あれ?
俺は違和感を覚える。
なんで、目が合った?
白目を向いているため、彼が何処を見ているか分からないはず。それなのに、普通の人間の目に戻っている。
――逃げろ。
声は聞こえないが、雫の兄の口元が確かにそう言った。
すると
「ギャーーーッッッ!」
キリキリとした音は何度も頭蓋でこだまする。まるで断末魔。その声に俺は思わず耳を塞ぎたくなるが、あいにくと動かない体のせいでそれも叶わない。
「いだいっ! やめっ……」
佐川 葵の悲痛な声。
雫の兄は鋭く尖った足で彼女の両目を串刺しにする。何度も何度も刺され、彼女の両目からは血が吹き出し、肉がえぐれ、悲惨なものとなっている。
彼の攻撃は目以外にも及んだ。
顔の至る所を――刺す、刺す、刺す。
最早誰か判別すらできないくらい、顔がぐちゃぐちゃになっても彼は動きを止めない。背中から生えた、不気味で長く、薄紫色の肌をした手で掴もうとするが、長すぎる腕が仇となり彼を掴む事が出来なかった。
彼が一突きするたびに、彼女は悲鳴を上げると同時に乱暴に手を振るって暴れ回る。癇癪を起こした子供のように暴れられ、俺はなすすべなく上下左右へと振り回される。
「――がふっ!」
口の中に甘ったるく鉄の味をした不快になる味で満たされた。喉の奥へと押しやろうとするが、壊れた蛇口のように、止まる事を知らない。
壊れたポンプのようになった俺は、血液を幾度なく吐き出した。超回復により不足した血液が作られ、傷を治し、遠ざかる意識を繋ぎ止める。
「痛いよーっ! 離して! 辞めて! アァァァアアアッッッ!」
辞めてと叫ぶ彼女に、それはこっちのセリフだと叫んでやりたい。徐々に痛みに神経が麻痺を起こしたのか、口の中の不快感以外はあまり感じなくなる。三半規管がおかしくなるくらい揺さぶられ腹の傷が広がっていく感触があった。
ちょうど腹の真ん中に刺されたため骨はない。恐らくこのままであれば胴体が引き裂かれ逃れる事は可能だろう。ただ、それを回復する魔力がかなり乏しかった。
ならば――
――イメージは魔力吸収。
今なら気づかれないはずだ。彼女と一つになった部分から遠慮なく魔力を吸い上げる。すると、すぐに胸の奥に熱い物が流れ、乾いた喉を潤すように満たされていくのを感じる。
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