堕ちた人間
人影が見えた瞬間、何の躊躇いもなく魔法を発動した。
静かな住宅街に雷が落ちた時のような音が響き、周囲が小刻みに揺れた。
俺の放てる魔法――その中で最強の一撃。
鋼のような防御力をもつサソリ型の魔物を木っ端微塵にし、それでも足らずビルを貫通。最終的には地面に大きなクレーターを形成した。
それを超至近距離で撃ち込んだのだ。
衝撃で俺の体は宙を舞い、遠くへと弾き飛ばされた。
何十メートルと飛ばされた俺は、受け身を取る事もできず、民家の屋根へと背中から激突する。
衝撃で屋根の瓦が割れ、肺の空気が外へと押し出された。
「――カハッ! 倒した……か?」
痛む体をどうにか起こすと、佐川 葵の生存を確認する。
あの威力の魔法が直撃していれば、普通の人間なら木っ端微塵だろう。恐らく彼女も原形を留めて居ないはずだ。
「――嘘……だろ?」
渾身の一撃として放った魔法は、彼女の体を貫き木っ端微塵に砕いているはずだった。
だが、あろうことか俺が想像した結末から、遥にかけ離れた結果がそこにあったのだ。
「――ふふーん」
佐川 葵は笑っていた。
「宗田さん、凄いです~」
斎藤 宗田が放った一撃は間違いなく最強の一撃。
少なくとも、サソリ型の魔物に放った時よりも強力だった。
魔力は消耗せず、体調も万全。
あのアドゥルバですら、今の宗田の魔法になすすべ無く命を散らすだろう。
だけど、佐川 葵は笑っていた。
「強くなったんですね~」
宗田は遠くに飛ばされ、彼女の声は決して聞こえる事はない。だけど、嬉しそうに楽しそうに、邪悪に、顔を歪ませ笑顔を見せて宗田を見ている。
この姿はまるで――悪魔。
彼女の異常性は遠く離れた宗田にも感じ取る事が出来た。
「あの姿は……いったいなんだ」
彼女の異常性は今に始まった事じゃない。
ただ、当初は精神面だけだったはず。
それが、今や人間なのかすら怪しい風貌をしていた。
「よいしょっと!」
そして、彼女が可愛らしいかけ声と共に力を込めると宗田が放った魔力の砲弾が砕け散った。
「流石に吸収できませんでしたかー」
ゆっくりと長く伸びた手を折り曲げると、彼女は地面に降り立った。
「おっとっと~。この状態だとバランスが取りずらいですね~。ふむふむ、少し軽量化しますか~」
人間の腕は二本しかないのが普通だ。
だけど、彼女は違った。
それはまるで羽のように――背中から生えていた。
――八つの腕。
それも背丈の何倍も長い手が生えている。
地面に降り立つ姿はまるで、落とされた天使のようだった。アンバランスなその格好にバランスを取るのがやっとなのか、両手に抱えた雫の兄の頭を落としそうになっていた。
「危ない、危ない。落としちゃう所でした~。ちょっと重いんですが、強度的にはちょうどいいんですけどね~」
そう言って、宗田の魔法を防いだ二つの手を見る。黒く焼けてはいるがダメージを追っている様子はなかった。
そう。彼女はこの手を使って宗田の魔法を防いだのだ。
八つあるうちの二本。その二本の手であの凄まじい威力で打ち出された、魔法の弾を受け止めたのである。
両手で握りしめるように、弾丸の両側面を持ち握り締め、最後は一気にその力を相殺した。
しかも、宗田は今の一撃で半分以上の魔力を消費したものの、対する佐川 葵はダメージも魔力も消費していない。
――圧倒的にレベルが違う。
これまで相手にした二対のボスよりも、間違いなく強い。これまでで一番の強敵だと言うことは想像に難なくない。
宗田はそれを遠目から感じとると、戦慄し恐怖した。
「本当は~。まだ生かしておくつもりだったんですが~……殺しちゃいましょうかね~」
ドンっと重低音が鳴り響い時には、佐川 葵は宗田の目の前にいた。
「――まずい。『赤の盾』」
血液操作を使用する。内側からむりやり血液で、手の皮を突き破る。
咄嗟に左側面に展開すると、凄まじい衝撃が全身を襲った。
「――がはっ!」
民家の屋根の上から、道路へと叩き付けられる。
全身の骨がバギボキと音を立てくだけるのが分かった。
――マスターの生命に著しい損害。強制発動”超回復”。
淡々とした口調でシーリスは、主であるマスターの危機を警告する。
強制的に使われた回復により、またも骨がごりごりと音がするのが頭蓋の奥まで響いた。
「がはっ! げぇっ……」
超回復で体は瞬時に治ったものの、血の塊を吐き出した。
涙と鼻水と涎まみれでぐちゃぐちゃになった顔。呼吸も荒く、傷は治ったが彼女からもらった攻撃はそれほど重く、今も体内を壊そうと暴れていた。
「すごーい! 流石、宗田さんですよ~! 私の一撃に耐えれた人を見たの初めてです~。みんな簡単に壊れちゃうんですもん~」
瞳を爛々と輝かせて、宗田の前へと降り立った。
「やっぱり壊さないで、持ち帰っちゃいますかね~。お気に入りとして側に居させてあげます~」
うっとりとした表情の彼女。たれ目で、左の目尻にある涙ボクロが特徴的な彼女。
それをいびつに歪ませ、人が出来る表情の中でもっとも悪意に満ちた表情で今も立ち上がれない宗田を見下ろす。
「――ファイ……ア」
油断している彼女に向かって、彼独自の魔法の発動する言葉を放った。
宗田の頭上で、発砲音が連続して聞こえる。
宗田は佐川 葵にバレないように火球を隠していた。それをゆっくりと彼女の背後に忍び寄らせると、炎弾の魔法を放つ。
威力としては弱いものの、人体にダメージを与えるには十分な威力。倒れ身動きが取れないように見せかけ彼女の油断を誘ったのである。
当てずっぽうな部分はあったが、どうにかそれは彼女へと直撃し
「きゃっ!」
っと、甲高い悲鳴をあげた。
だけど、攻撃の手を緩める事なく火球の魔力が尽きるまで、連続で発射する。
その隙に宗田は後方へと大きく飛んで距離を開けた。
――イメージはアサルトライフル。
即座に追い討ちをかける。今度は乾いた発砲ではなく、重くけたたましく獰猛な音である。
連続で打ち出された、宗田の魔法。一発一発の威力も炎弾を上回り、更には連射もできる。グールですら簡単に蜂の巣になってしまう。
それを数十発と彼女へとおみまいした。
「――やった……か?」
俺は確かな手応え感じた。
全ての弾をうち漏らす事なく彼女へと喰らわせた。残りの魔力は二割。もしもの時のためにこれは取っておこう。
焼ける匂いに、巻き上がる煙り。奴の姿は完全に隠れてしまっている。
静寂が戻る住宅街。
嫌な汗が頬を伝い地面へと落ちた。
巻き上がった煙りが少しずつ空中へと四散する。少しずつ彼女のシルエットが浮かび上がった。
「――まずいっ!」
地をかけようとした時、時既に遅かった。
「がはっ! ぐぎぃッッ!」
熱された鉄を押し当てられたような、激痛に襲われる。
正面から背中に向かって、腹のど真ん中にあの長く伸びた佐川 葵の腕が押しつけられていた。
「まじ……かよ」
足に力が入らず倒れそうになるが、彼女の腕がそれを許さない。
よく見ると殴られたと思っていたそれは、腹を越え、背骨を突き破り、まるで木が生えるかのように背中から伸びていた。
「残念でした~」
深手を負った俺とは対象敵に、無傷の彼女はそう言った。
「いぎぎっ!」
「こっちにおいで~」
串刺しにした俺を持ち上げると、そのまま自分の方へと引き戻す。
「うんうん。まだ生きてるの偉いね~」
彼女がゆっくりと手を伸ばし俺の頭を撫でる。
「戻っていいよ~」
よくみると、八本あるうちの一本だけが異様に長く伸びそれに合わせるかのように他の腕は短くなってた。
それが、彼女の合図と共に元に戻る。
「それじゃあ、お家に帰りましょうか~」
前半部分を修正しながら更新中。