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再会

 特に意味がある訳じゃないが、校庭を歩き出した。ザッっと土を踏みしめる音と、ザラザラとした砂の感覚が、靴を伝ってくる。

 懐かしさを感じながら、とぼとぼと端の方まで到着する。

 道路に面する部分は、コンクリートの塀に囲われ、少し背伸びをしないと街の方が見えない。

 ただ、近づくにつれ独特な匂いが強くなった気がする。


 「嫌な……臭いだな」


 鼻孔の奥底に感じる甘く腐った香り。普通の街ならこんな臭いがすることはないが、今となってはこれがこの街の臭いとなっている。

 強くなった香りに、近くにゾンビが居るのかと身構えるが、人類領域となったこの学校の敷地には入って来れないことを思い出す。

 強張る体をほぐし顔を塀から背け、その場から移動を開始する。


 「ずいぶん増えたな」

 

 ちらりと、校庭の中心に向けると山積みとなったスクラップが大量に積み重ねられていた。

 これは俺が創造の魔法で、この学校を覆うための材料となる。

 車の扉や、鉄のパイプ材料になりそうなのを無作為に集めここに集結していた。


 侵入する事はできなが、壁を作る理由は心理的なものが一番なのだろうと思う。

 紫苑さんはあの演説で、これから何か起こるかもしれないとは言ったが、今に至るまで何も起きていない。


 人類領域――魔物の侵入を防ぐが、攻撃を防ぐ事はできない。


 現に薄くした悪臭が道路側の、今俺の居る場所に漂っている。

 グールにせよ、ネックリーにせよ、飛び道具を使う気配もなければその知能も存在しない。ならば必要ないんじゃないかと思うが、心理的に囲われている方が安心するのだろう。


 「いや、敵はアンデットだけじゃないのか」


 ――人間。


 恐らく佐川 葵のような狂人は少なからず存在するはずだ。そうなれば、知能があるせいで余計厄介な存在となりうる。

 ならばあることに越したことはないし、魔王がこれからどんな手を使ってくるかも分からないなら尚更必要だろう。


 「頑張らないとだな」


 軽く両頬を平手で叩き、少しナイーブになっていた気持ちをかき消す。この役目は俺にしかできないんだから……。


 「皆で生き延びる」


 ここには子供達も避難しているのだ。その子達が平和に暮らせるように、明るい未来を届けるためにも、この学校は何があっても守る。

 

 なんか、考えているうちに熱くなっちゃったな。

 いつの間にか握りしめていた右の拳をゆっくりとほどくと、じわじわとせき止められた血液が解放され、熱を発していた。


 「ふぅ。今日はしっかり休んで明日に備えるか。さてと、戻るか――」


 ――ガサ


 何かが動く音がした。


 「なんだ?」


 振り向くと、謎の黒い物体が堀の上にあった。

 中に入ろうとしているのか、見えない壁に向かって体当たりをしていた。

 領域は塀より内側にあるらしく、そいつは中に入る事が出来ないようだ。目を凝らしそいつの姿を確認する。


 「――っ! なんだよ……こいつ!」


 そこに居たのは今までに見たことがない生物だった。

 ゾンビもそうだが、その存在はそれよりも異質で醜悪。誰がどうしたら、こんな生き物を生み出すのか……。

  

 「あの蜘蛛みたいな魔物の仲間……か?」


 悪意の塊のような存在に吐き気がする。口元を手で抑えそう言うと、恐る恐る近づいた。


 「し……」


 何か言葉を発している。


 「し……ず…………し」


 掠れた声で聞き取りにくいが、誰かの名前だろうか?


 「し……ずく」


 えっ? 聞き間違いかと思ったが――


 「――しずく」


 ああ……。最悪だ。


 「高梨 雫の兄なのか……?」


 信じたくはなかったが、最悪の結果となったと言えるだろう。いや、兄の顔を見たことないから、本当に彼女の兄と決まったわけじゃない。

 俺は試しにそいつに問いかけることにした。


 「お前は高梨 雫の……兄なのか?」


 「う……あ……だれ?」


 「俺は宗田だ。お前は雫の兄なのか?」


 「そう……た。しずくはどこ……に」


 この、頭だけ(・・・)の生き物は、高梨 雫を探している。

 

 ――どうしてこの世界は残酷な事ばかりなのだろう。

 

 頭だけになっても、自分の妹の所に戻ってきた彼を哀れに思うと共に、ここまで残酷な仕打ちをする世界を本気で壊してしまいたいと思った。


 高梨 雫の兄は生きていた。だけど、それは誰も望んだ姿ではない。

 頭だけとなった彼は、妹の元へと戻ってきたのだ。両の目は白目を向き、口からだらりと力なく赤紫色の舌が垂れ下がっている。ぶくぶくと口の端から唾液が泡を立てコンクリートの塀へとこぼれ落ちていた。

 頭だけとなった彼だったが、首のあった部分から四本の細い足のような物が生えてる。その先端は鋭く針のように尖り、コンクリートで出来た塀をガリガリと音を立てて削っていた。


 まるであの時見た、蜘蛛のような魔物のように生をまだ感じる。もしかしたら、このまま捕まえる事が出来ればどうにかなるかもしれないと思ったが、生憎と俺はそれの直し方を知らない。

 仮に創造魔法で人体を生成したとしても、そこから頭をどうやって付けるんだ? 無理だ……絶対に助からない。


 面識はなかったが、こうして目の前で残酷な仕打ちを受けた仲間を見るのは初めてだった。


 「あ……うあ……」


 言葉にならない声が出た。寒くないのに体が震える。

 この悪意の固まりに怖気、恐怖し逃げ出したくなったのだ。


 「あら~、こんな所に居たの~?」


 すると塀の向こう側から人の声が聞こえた。

 ちょうど道路に面する部分は学校の敷地より低く、成人男性でも向こうからこちらを覗くには背伸びをしないといけない。

 そのため、声の主について姿は見えないが――


 「――佐川 葵ッ!」


 姿は見えなくても、この声には覚えがあった。

 あの時、俺達を裏切った女。


 「この声は~……宗田さんですか~? お久しぶりですね~。元気でした~?」


 独特な間延びした声。あの時、裏切った事なんて気にした様子も感じられない。

 

 「なんで……お前がっ!」


 ――俺と唯が残した罪の一つ。


 あの時、どうして殺せなかったのか。

 

 「探し物を探してたんです~。こんな所に居たんですね~。逃げちゃだめよ。さっ、こっちにおいで~」


 すると、雫の兄と思われる頭は4つの足に器用に動かすし方向転換するとそこから飛び降りてしまった。


 ――まさか、佐川 葵がこれをやったのか?


 俺達はまた()を犯した。


 あの時――コロシていれば。


 ――侵食率が上昇。


 ――マスター! 落ち着いて!


 「この子凄いんですよ~! こんなになってもまだ人の記憶があるんです~。こんなの初めてなんですよっ! いつも完全するとみんな、殺してって言うのに~。不思議です~」


 つまりはあの蜘蛛のような生物もコイツの仕業だったのか。


 ――殺す殺す……コロス!


 「――佐川 葵ッッッ! ふざけるなっ!」


 俺は全ての力を足に込めると、一足飛びで塀を飛び越えた。

 距離にして五メートル以上離れていたが、人間を辞めている俺には関係ない。


 俺の顔は酷く歪み怒りと憎悪に支配されている。

 

 ――侵食率が三十パーセント。


 ――安定剤の投与を推奨。


 ――マスター! ダメです! このままじゃ、■■が崩壊します!


 黙れ! 黙れ! 黙れッッ!


 シーリスとは違う声で、警告を鳴らす声がする。

 かく言うシーリスもどうにか俺を止めようしていた。


 だけど、今の俺はそれに従うつもりはない。

 目の前に居る、佐川 葵を殺す為だけに全ての意識を向ける。

 怒涛の如く流れてくる負の感情に抵抗することなく、俺は――イメージする。

 

 ――イメージは鉄の弾。

 ——黒く染まった鋼鉄の弾丸は敵を穿つ。

 ――イメージは大砲。

 ――そして、磁力。

 ――収束した力は如何なる物を破壊する。

 ――音速を越え、飛来する悪魔。

 

 二重に詠唱を重ねた事で頭の奥がドリルでほじくられたように激痛が走る。

 だけど、そんな事どうでもいい。

 

 今は――佐川 葵を殺す。


 ――超電磁砲(レールガン)

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