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夜の廊下

 紫苑の元を後にした俺達は、暗闇色に染まった廊下を歩いている。窓の外に目を向けても闇、前を向いても闇。人の気配をまったく感じず、静けさに支配された学校の廊下に少しだけ恐怖と言う寒気を感じてしまう。


 ――学校の七不思議。

 子供の頃ならいざ知らず、大人になってもそれは本能に刻まれているようだった。


 「なあ、唯」


 「ひっっ! なっ、なに!?」


 どうやら敏感になってるのは俺だけじゃなかったらしい。この空気に耐えれず声を掛けてみると、驚いたような怯えたような、引きつった声で返事が返ってきた。

 暗闇ではっきりとは見えないが、表情も心なしか怯えているようだった。


 「どうした? 大丈夫か?」


 「もっ、もちろん大丈夫だよ! そ、それより何かなっ!?」


 怪力で無類の強さを誇る彼女にも弱点があるようだ。それがどうにも面白く、俺の中の恐怖心は無くなってしまった。


 「ははっ。っと、ベリルにあのサソリの魔物の魔石あげたからね」


 「……笑われた。むぅっ!」


 思わず笑ってしまったが、それがお気に召さなかったのか、膨れっ面になる。


 「ベルちゃんはもう食べちゃったの?」


 「うんっ! 美味しかったなー! もっと食べたいくらい」


 後ろをついて歩くベリルは味に関しては満足と言った感じで、だけどもっと欲しいと催促してくる。


 「美味しかったなら良かったね。ところでどれくらい魔力は溜まったのかな?」


 「えーっとね……。だいたい8パーセントくらいかな? 3パーセントも増えたよ!」


 まだそれしか溜まってないのか。いや、それも仕方ない事か。ネームド級ではないし、純粋な力だけで言えばグールの変異種「アドゥルバ」の方が上だったし。今回厄介だったのはあの不死性のようなギミックだったもんな。

 かと言ってボス級だったには違いないし、苦労もした。だから、この結果に落胆の色を隠せない。と俺は思うのだが……


 「おー! もう少しで一割も溜まるんだ!」


 唯は正反対に喜んでいた。

 こう言う時に男女の違いが出るもんなんだろうか? 俺としてももう少し一気に溜まって欲しいんだが……唯はコツコツ系なのかな? 元々ゲーマー気質もあるし、地味に増やしていくのが好きなのかもしれない。


 「でしょでしょ! もっと褒めていいんだよ!」


 何故か自慢気に胸を張るベリル。


 「ベルちゃん凄いよー!」


 ベリルは唯に抱き締められ、嬉しそうに笑顔を見せている。まるで姉妹だな……性別分からんけど。


 「なぁ、ところで紫苑さんについてどう思う?」


 「えっ? 紫苑さん? んー、特に何か思った事はないけど……。頼れる人って感じかな? さっきの威圧感は少し驚いたけどね。もしかして、宗田さん! ヤキモチを……」


 何やら変な誤解をしているようだが、放置しよう。

 唯は何も気づいてないのか。どなれば話しておいた方がいいのだろうか? だけど、紫苑さんがどう言った能力を持っているか分からない。この会話ですら聞かれている可能性もあるのだ。

 せめて、話すなら学校から出てからがいいか。


 「――お兄さん、その判断は正解だよ」


 唯から解放されたベリルはゆっくりと俺に近づいてくる。


 「ここは彼のテリトリーだからね」


 ――ゴクリ。


 ベリルから放たれる謎の圧に喉を鳴らす。


 「お兄さんの行動で、世界線が分岐(・・・・・)するかもしれないから気をつけてね」


 ぼそりと俺にだけ聞こえるように呟いたベリルは、すっと横を通り過ぎ


 「お兄さん、お姉さん、おやすみー」


 こちらに手を振り、闇に溶けて行った。

 

 「どう言う事なんだ……」

 

 「宗田さん?」


 ベリルが消えていった方を呆然と見ていると、唯が不思議そうに覗き込んできた。


 「お、おう。なんでもないよ」


 クリクリとした瞳と目が合うと、一歩だけ後ろに下がる。驚きと気恥ずかしさがあったのだ。

 

 「どうして逃げるのかなー」


 にやりと口元を歪ませて、一歩下がった俺に追従するような形で唯も前に出た。


 「に、逃げてないよ。ってか、近い近い!」


 まるで、キスをするかのように近づいた彼女の両肩を掴むと、後ろに引き剥がすように力を込める。

 

 「あっ」


 嗚咽のような声を漏らし、残念そうであるが色気の少し籠もったような表情をして後ろへと下がった。

 唇と唇が近づく距離だった。心臓の鼓動がバイクのエンジン音のように重く速く全身へと血液を送り出してくる。それをどうにか抑えようとするが、余計に意識してしまい逆効果だった。


 「もう、そんなに慌てて宗田さん可愛いですね」


 下をペロリと出してこちらを茶化してくる彼女。肩まで伸びた髪は、今や胸を隠すくらいまで伸びている。肌はほんのりと日に焼けて、健康的に見える。クリクリとした瞳に少し幼さの残る頬。童顔なのだが、弱肉強食の世界で生き残るためにサバイバル染みた生活を送る中で、体も引き締まり余分な肉は削ぎ落とされている。白いTシャツが体にピタリとくっついて、それが鮮明に分かる。

 改めて直視すると、女性的な魅力を全面的に醸し思わず抱き締めたくなる衝動に襲われてしまいそうなのだ。


 「はいはい、可愛いくて結構。少し外の空気に当たってくるよ」


 いろいろな意味で火照った体を冷やすため、俺はそそくさと階段へと歩みを進めた。


 「ごゆるりとー」


 唯も一緒に来るかなと思ったが、そうではないらしい。

 落ち着けと繰り返し自問する。

 昇降口へと到着した時にはだいぶ高まった心は落ち着きを取り戻していたが、唯の花のような香りが鼻の奥でくすぶっている感覚がしていた。


 「はぁーー」


 盛大に息を吐き出し、溜まった物を吐き出す。


 「勘弁してくれよ」


 神崎 唯が俺に好意を持っている可能性はある。


 「そう言う俺はどう思っているんだろうか?」


 会社の後輩だった彼女。それが、今や生死を共に乗り越えてきた大切な相棒。それで、彼女が好きなのかと言えば好きである。

 ただ、それが恋のそれかと言えば疑問だ。

 こんな気持ちでは彼女の事を受け入れるのは失礼過ぎるだろう。

 

 「でもな。それはそれで嫌なんだよ」


 他の男と仲良くする姿を想像すると、無性に腹が立つ。

 嫉妬なのだろう。自分の気持ちの整理もついていないのに自分勝手過ぎるな。

 

 「どちらにせよ平和な世界になるまでは、色恋沙汰は無しだな」


 昇降口に到着した俺は、空っとした秋の空気をふんだんに取り込み、少し肌寒くなった外の空気を全身に浴びた事でようやく完全に鎮火した。 

 

 「今日は曇りか」


 空を見上げれば、顔色悪く今にも泣き出しそうな色をしている。

 視線を戻し周囲を見渡すが


 「誰もいない……な」


 それも当たり前。今は深夜。間引きのメンバーは外に出ているし、他の皆は寝ているのだから。

 何もするわけでもないが、校庭へと繋がる階段を下る。

 手入れされず伸び放題の芝も、茶色く変色し横たわっている。季節が完全に移り変わり、あの始まりの日からの時間の経過を改めて実感させられた。

 

 「よっ、と」


 階段の最後三段をジャンプして校庭の地面へと到着した。

 子供の頃は途方もなく広く感じた校庭だが、大人になって見るとこんなに小さかったっけ? と思うくらいの大きさしかない。

 後ろを振り返って校舎を見る。

 明かり一つ見えず、異様な雰囲気と圧迫感を醸し出していた。


 「これは子供が見たら怖いだろうな」


 夜の学校の佇まいは、子供から見たら恐怖でしかないだろう。

 ただ、今となっては俺たちの唯一の安息の場所となっている。


 「さてと、何をしようかな」


 外に出たわいいが、誰もいないし手持ち無沙汰。かと言って戻ってもする事がないんだよな。

 とりあえず校庭でも一周するか。

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