それは突然やってくる
「宗田さん。起きてください。朝ですよー」
俺を起こそうとする声が聞こえる。
ゆさゆさと体を揺さぶられているのだが、目が覚めるよりも逆に心地よかった。
「ちっ、ちょっと! 寝ないでください!」
なにやら声の主は焦っているようだ。渋々と目開けた。
「……おは」
「おは、じゃありません。もう、とっくに日が登りきってますよ」
もうそんな時間になっていたのか………何時だか知らんけど。明け方までゾンビを倒していたからな。流石にレベルアップで睡魔まではどうにもならないか。
「起きる——いってーっ!」
「ど、どうしたんですかっ!?」
その声に驚いた様子の神崎さん。体を起こそうとした時、全身に激痛が走ったのだ。
あー、これあれだわ——筋肉痛。確かに痛いが、怪我をした痛みではない。しかし、これは予想外だ。確かに多少は筋肉痛になるだろうと思っていたが、ここまでとは思わなかった。
「――”治して”」
神崎さんがそう言うと、体全体が緑色の光に包まれた。あー、気持ちいい。誰かに抱きしめられる安心感と心地よさに身を委ねる。
すると徐々に体の痛みが引いていった。筋肉痛にも魔法が効くとか便利すぎるだろ。だけど、これなら多少無茶しても大丈夫そうだな。
「神崎さん、助かったよ……」
「それは良かったです。てか、突然どうしたんですか?」
「あー……筋肉痛だわ……」
「……はっ?」
怖い。笑っているけれど目が座っている。ギギギと首ごと視線をそらした。
「筋肉痛ってなんですか?」
誰しもが一度は経験するその現象である。
「いや、昨日神崎さんが寝てから筋トレをしてさ。そしたら、このありさまだよ。はははは……は……っ」
「もうー! 心配して損したっ! 私の魔力を返してくださいよっ! ごっそり持っていかれましたからね」
ぷんすかと怒り出す。頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「ごめんって、自分でもこんなになるとは思わなかったんだよ……」
「はぁー……わかりました。
でも、そんなんに叫ぶくらい痛かったんですか?」
筋肉痛でこんなに痛くなったのは人生で初めてだ。何年も運動しなかった結果がこれか。いろんな意味で初めての戦闘を終えて良かったと思う。
「もう、二度と経験したくないくらいには痛かったよ」
「う……それは嫌ですね……私も少しは筋トレしますかね……」
神崎さんもそう言いながら、白くぷにぷにの二の腕をにぎにぎしていた。いや、筋肉何処にあるんだ?柔らかそうなそれを見て、失礼な事を考える。
「てか、宗田さん。いい匂いしません?」
「へっ! そうかな!? なんでだろうね? 気のせいじゃない?」
やばっ!昨日入念に洗った事が仇となった。石鹸の匂いがしているのだろうか、言われて嫌な汗をかく。
「うーん? そうですかね……
でも、そろそろお風呂に入りたいんで早く極めてくださいね」
だから、俺は給湯器じゃないって言うの。まあ、今ならそれくらいは出来ると思うけど。
「そう言えば、昨日寝ながら魔力をもっと上手く操作できないか考えてたんですよ」
「おっ、それでどうだった?」
「んー、これが魔力か分からないんですど熱いものを感じる事が出来ました。
それで、よくあるラノベみたいに体の中をグルグルさせてみたんですよね」
俗に言う魔力操作と言うやつなのだろうか? 後で試してみよう。
「結果として何かが出来たわけではないですが、動かすのがめちゃくちゃしんどくて……
もしかしたら、それを鍛えればもっと効率よく魔法が使えるんじゃないかと思いまして」
「なるほどね。でも、その可能性はおおいにあるね。
神崎さんはそれをずっと続けてみてよ。治癒は十分効果を発揮できているから、後はそれでもっと最小限に使えればいいと思うんだ」
わざと方向性を伝えた。うまくそっちに誘導できればあのように自分を傷つけて、治癒を繰り返す、そんな事をしなくなるだろうと考えたのだ。
言っていることが嘘と言う分けではない。
こんな世界になって三日。魔法を使えるようになって一日とちょっと。要するに熟練度が全く足りていない。今は少しでもそう言った能力を伸ばす事が重要だと思う。
「そうですね。確かに今の私は何となく使えていると言った感じですし……
もう少し、それを上手く扱えるようにならないとですね。現にさっきのでもうクタクタですよ……」
そう言いながら、恨めしそうにこっちを見る。
何はともあれ誘導には成功したようでほっと胸を撫で下ろした。
「俺も今日は、神崎さんが言っていたそれをやってみようかな」
それから俺と神崎さんは魔法の練習を始めた熱い何か、か? 目を瞑ってそれを感じるように集中する。
心臓付近に何か違和感を感じる。これが魔力なのか? ゆっくりと手の方へと移動させるイメージをする。
「くっ……これは難しいな」
少しでもイメージを崩すとすぐにそれが四散してしまう。数十センチ動かすのですらかなりしんどいのだ。ただ座って集中するだけで、汗がとめどなく流れる。どうにか右手まで持ってくる頃にはだいぶ時間が経っていた。
——ぐぅ。
可愛い音が聞こえた。その音の犯人に目を向けると、恥ずかしそうお腹を押さえていた。
「そろそろご飯にしようか。
神崎さんの腹の虫が飛び出してきたらたまらないからな」
「もうっ!」
抗議してこようとするが、相当お腹が空いているのだろう。食料を探しているのを黙ってみていた。
「じゃあ、今日はこれを食べようか」
パンを何個か取り出した。日持ちの悪いものから食べようと思う。
俺はソーセージの入ったパンにかぶり付いた。
贅沢を言えば電子レンジで温めたいのだが、仕方ない。でも、十分に美味しかった。
何処のコンビニでも売っていそうなパン。もう、これを食べれることはないだろうとそう思うと少し悲しい味がする。
最初に缶詰を食べたのは失敗だったな。
今思うとしっかり優先順位を決めて食料も食べるべきだろう。
一口一口しっかり噛みしめてそれを食べ終える。
「ご馳走様でした」
「え? もう食べたんですか?」
ゆっくり食べたつもりだったが、神崎さんにとってはそうではなかったらしい。まだ、チョコレートのドーナツを半分程食べ終えたところだ。
小さい口でちまちまと食べるその姿は小動物。特にリスやハムスターみたいである。
一口入れてはもぐもぐと、そしてまた一口入れる。
「ちょっと、あんまり見ないでくださいよ」
ついついずっと見てしまった。神崎さんは背を向けてしまった。
束の間の平和なのだろうか。
せめてこの部屋から出るまでの間くらいは、こうして平和を味わっていたいものだ。
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