紫苑の謎
前一話分抜けていました。
投稿しました。
申し訳ありません。
いや、今はいい。
言葉にしようとしたのを飲み込んだ。彼は、今のところは何もしてこないだろう。そうであれば、既に事を起こしているに違いない。だから、今の所は信用することにする。
と、こう思うのにも理由があるのだ。現に俺達の実力が知りたかったのは間違いない。だけど、理由は別のところにもあるに違いなかった。
俺は彼の言葉を聞いて信じそうになっていたが、思い出したのだ。とかく、よく考えるとベリルへの反応も彼の言い方では辻褄が合わない。
――シーリス。
生存用プログラムとよばれるシステムに声をかける。
――マスター。お呼びでしょうか?
あぁ、一つ教えて欲しいんだが。喰らう者について――
――…………以上です。
ああ、やっぱりそうか。
となれば彼は何処の世界の人間なのか?
敵か? 味方か? 今ここでその事を暴くとどうなる? 敵だった場合は勝ち目があるのか?
まぁ、待てよ。敵じゃないかもしれない。ここで慌ててボロを出すよりは、まずは情報収集に徹しよう。
彼にばれないように信じたふりをする。確信を得るまでは心に留めておこう。
和解から一点。彼が過去に言っていた言葉を思い出し、信用どころか更なる疑念が生じた。
一難去ってまた一難か……。勘弁して欲しいな。
心の中で盛大にため息をつく。
「誤解が溶けたようで何より。さて……今後の事についてと、見たことない魔物について話をさせてもらってもいいかな?」
いいですよ。と返事をすると紫苑は自分の椅子へと座り直した。一応、何が起きてもいいようにと警戒は怠らないようにする。
ちょこんと膝の上に座るベリルを横目でちらりと見やる。こいつは何かを知っているのだろう。話してはくれないと思うが、後で問いただしてみよう。
「では、さっそく。この無限水源に関してはこちらでどう使うかは任せてもらっていいか?」
「ええ、もちろんです。ただ、誰でもその水を利用できるようにして貰えれば、それでいいです。管理やその他はお任せします」
「……分かった。約束しよう」
こう言う事は彼に任せておけば問題ないだろう。少なくとも、設置は出来てもその後の運用が難しい。
特に人数が多ければ多いほど、それを悪用する人も出てくる可能性もある。設置した後、どう運用するかでこのコミュニティー全体への影響は計り知れない。失敗すれば、不和からの崩壊も考えられるのだ。
で、あればこそ、紫苑さんならその心配もないだろうし、上手く活用してくれるに違いない。
まして、彼が敵だとしてもこんなめんどくさいやり方で害を及ぼさないはずだ。
「この件に関しては以上になるが、他にはあるか?」
紫苑の問いかけに、俺と唯は特にないと返事を返す。
「では……次の話に移ろうか」
サソリ型の魔物を倒した後に見た、不気味な魔物についてのようだ。
人間の上半身を分断して、それをむりやり縫合して繋げたような姿。蜘蛛のような風貌に、手を足のように動かし移動する。特にこちらに攻撃をする事はなかったが、異形の姿を思い出すと、口の中に酸いたような感覚が広がった。
おぞましい姿の人間だったもの。殺してと俺達に懇願する魔物にすぐに行動に移せなかった事は、今でも悔やまれる。
屋上から飛び降りるとネックリーの群れの中へと姿を消し、そのまま消えてしまった。雫のお兄さんが見たであろう魔物だと思うが……この後、俺達に何かが起きるのだろうか? 今の所は特に変化はないが――
「二人が見た魔物。恐らく、今噂になってる蜘蛛のような魔物で間違いないだろう……」
紫苑さんも同じ考えをしているようだった。
「さて、二人とも何か体に変わった事はないかい?」
「俺は大丈夫です。唯は大丈夫?」
「うん。私も特に大丈夫かな?」
「そうか……。なら良かった。雫君……彼女のお兄さんは君達が見たような魔物を見てから姿を消してしまったからね。もし……何か異常があればすぐに教えて欲しい」
高梨 雫の兄は行方不明だ。
俺達も同じようになるのではないかと危惧しているのだろう。
頷きを返すと
「ちなみにその蜘蛛のような魔物を見た時、何か感じた事はあるか? 些細な事でいいから教えて欲しい」
感じた事……か。異様な姿に不気味さを感じはしたが――
「生きていました」
唯がそう言った。
「生きていた? 詳しく教えてくれないか?」
「えっと、なんて言ったらいいか……。ゾンビとかグールとかとは違って――”生命”を感じた気がしたんです。すいません……説明が下手で」
「いや、大丈夫だ。だいたいの事は理解できた。つまりは……私たちと一緒。命があると言うことで合ってるかな?」
「そうです……」
あの時の事を思い出したのか、声が少し震えていた。
異形の魔物は――生きている。
それは俺も感じた事である。ゾンビやグールのような生ける屍とは違う。確かな生命の鼓動があったのだ。
どうして分かったのか? 理由はない。だけど、直感的にそう思った。それを裏付けるように唯も感じたとなれば、俺の感覚は間違いじゃなかったのだろう。
――殺して。
苦悶の声を漏らした、異形の化け物。誰がこんな惨い事を……魔王なのか? それとも別の何かなのか? どちらにせよ普通の人間なら死んでるはずの状態。
魔法か魔術か別の神秘か……。
「宗田君も生きてる思ってるのかい?」
「ええ……。自分もそう思いましたね。特に危害加える事もなく、殺してくれと言って消えてしまいましたが」
「人の言葉も話すのか……。興味深い」
紫苑は俺達の話を聞くと何やら考え始めた。ぶつぶつと独り言のように何かを呟いている。生憎声が小さすぎて上手く聞き取れないが、「どうやったら?」とか「ありえない」とか一人の世界へと旅立ってしまったようだ。
「紫苑さん?」
「んっ? ああ……すまない。少し考え込んでしまったようだ」
俺は旅に出た紫苑さんを強引に連れ戻した。
「今はこれ以上の事が分からない……か。仮に生きていたとして、どうやってその姿で生きていられる? しかも、行方不明との因果関係が分からない」
珍しく眉間にシワを寄せて難しい顔している。
「調査した方がいいですか?」
間引きの時間を利用して、何かしら探した方がいいのだろうか?
もしかしたら、高梨 雫の兄も見つける事が出来るかもしれない。
「いや……今は情報が少なすぎて危険だ。現状は様子見。ただ、もし何かあればすぐに教えてもらいたい」
「分かりました」
俺はそう返事を返す。
「くれぐれも、二人だけで深追いだけはしないでくれ」
心を見透かされているようだ。
現に今、間引きの時間にばれないように探してみようかなと思った所。
無性に気になるのと――胸騒ぎがするのだ。
「私からは以上となるが、他に何かあるかね?」
「いえ、特には。唯も大丈夫」
「うん。大丈夫……かな」
「こんな夜更けにすまなかった。今日はゆっくりと休んでくれ」
最後に感謝の言葉を述べられて、俺達は紫苑さんの元を後にした。