表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/184

夜の会議

 ベリルはそう言うと口を一文字に噤み、俺から視線を外した。

 部屋に来た時と同じように、ランプを見ながら足をパタパタとさせている。その横顔をジッと見つめるがベリルは口を開く事はなかった。

 今の事について聞き出そうとしたが、「これ以上は教えないからねっ!」っと雰囲気を醸し出すベリルを見て諦めた。

 いまだに男の子なのか、女の子なのか判断のつかない中性的な顔立ちをする不思議な人物。きっとこの世界がどうしてこうなったのかを知っているのだろう。本人がそう言った分けじゃないが、俺はそうだと確信している。

 だって、きっと、こいつは――だから。


 「ふぅ」

 

 息を一息吐き出す。

 どうしてこうなったのだろうか……。死と隣合わせになった世界に不意に嫌気が差す時がある。

 特に一人の時や、こうして周囲が静かになると顕著に現れる。この世界に自分だけが取り残されたかのように、不意に寂しく憂鬱になるのだ。

 ほんの数ヶ月前までは普通の会社員。それが、今となってはファンタジーの世界……それもダークな色が濃い世界に様変わりしてしまった。空想の世界のように、第三者として見ていられる立場なら良かった。

 肉切り裂き潰す感触。肉の腐る臭い。甘く不快な血の香り。それが現実となると話は別なのだ。

 時折、こうして思い出しては憂鬱になってしまう。


 「はぁ……」

 

 重く陰鬱な息を吐き出した。

 いっそのこと一人になろうか? このコミュニティーから抜け出して、唯を置いて一人で生きていく……。

 だめだ。ベリルに悟られない程度に小さく首を横に振り、そのモヤモヤとした考えを辞めるように自分に訴えかける。


 「平和……か」


 漏れた声。

 夏が秋へと移り変わろうとしている。「平和」とは最早過去の遺物。時間にして数ヶ月しか経過してないのだが、それだけ濃い時間を過ごした。


 行方不明の佐川 葵。

 異形の魔物。

 敵か味方か分からない竹内 紫苑の存在。


 そして、シーリスに……俺の心に巣くう――│魔物・・

 解決できない問題を抱え、八方塞がり気味の状態だ。思わず頭を抱えたくなる。


 そうこうしていると、部屋の外。カツンカツンと歩く音が聞こえてきた。

 紫苑さんと唯か?

 そう思うと少しして、俺達が待っている校長室の扉が開かれた。


 「んっ? これは?」


 部屋に入ろうとした紫苑の足が、扉の縁の部分で止まった。


 「ふぎゅうっっ!」


 急に立ち止まった事で、唯が紫苑の背中にぶつかったようだ。ぼふんっと言う音と共におかしな鳴き声を上げた。


 「いや……すまない。なんでもない」


 そう一言放つと、何事もなかったかのように部屋の中へと入ってきた。

 顔をぶつけた唯はと言うと、鼻の頭を抑えている。


 「いたたたっ! うー、鼻が取れるよー」


 唯も部屋の中に入るとこっちに近づいてくる。


 「あっ、お姉さん! おはよう」


 「ベルちゃん、おはよう」


 ぶつけた鼻を庇いながら、ベリルに挨拶を返す。「温めておきましたよ。ぐへへへへっ」と小悪党のような言い方で、ソファーから立つと唯に席を譲るそぶりをみせる。

 乾いた笑いを返した唯は、ベリルの座っていたとこにゆっくりと腰を下ろした。


 「よいしょっと!」


 その声の主は唯ではなくベリル。

 若者ならば言わないであろう言葉と共に、唯の膝の上に座った。


 「あれ? ベルちゃん、ここは椅子じゃないよ」


 「いやー、お姉さんのぬくもりを感じたくて……。ぐふふっ!」


 おっさん化したベリルが下品に笑い、唯にセクハラ紛いの発言をしている。


 「んー、そう言うベルちゃんは……少し汗臭いかな」


 「えっ! 嘘っ!」


 唯にそう言われたベリルは自分の体を嗅ぎ始める。


 「嘘だよー」


 姉妹のじゃれ合いのように、嘘を疲れたベリルは頬を膨らませ、それを唯が右手の人差し指で押す。風船みたいに膨らんだ頬から空気がぷしゅっと音を立てて抜けると、「もうっ!」と拗ねたように声を漏らし唇るを尖らせていた。唯はそれを見て意地悪く笑っている。


 「おほんっ……。それではお二人さん、そろそろ話を始めてもいいかね?」


 唯とベリル。二人のじゃれ合いの区切りがついた所でわざとらしく咳払いをすると、紫苑さんは問いかけた。


 「あっ、はい。大丈夫です」


 唯はそう言い、ベリルも「いいよー」と返事を返す。

 俺は黙って二人のやり取りを見ていたが、紫苑さんへと視線を移す事にした。

 ランプの光を反射する黒い縁の眼鏡。薄暗くオレンジ色に照らされた部屋。さっきの出来事と相まってか、少しばかり緊張してしまう。

 膝の上に置いていた手を軽く握ると少し汗をかいている事に気づく。


 ――油断しないようにしよう。

 ベリルが何かしらの抑止力になっているに違いないが……不測の事態がいつ起きるか分からない。だから、紫苑さんの一挙一動を見逃さないようにする。


 「ふむ……」


 その観察するような俺の視線に気づいたのか、ちらりとこちらを見やりすぐに目を伏せた。


 「さて、昨日も伝えはしたが改めて二人が無事で良かった」


 俺の視線に気づいたが特にそれに反応することなく、無事に帰ってきた事に対して安堵した表情を浮かべてねぎらいの言葉をかけてきた。


 「さっそく、昨日もらった魔石――『無限水源』について調査を兼ねて使わせてもらったよ」


 紫苑さんはの格好はほとんどの場合スーツを着ている。むしろ、他の服を着ているのを見たことない気がする……。営業マンのような装い。今の世界では異質な格好ではないだろうか?

 ただ、逆にこのコミュニティーにおいてはそれがいいのかもしれない。

 彼の求心力は中々のもの。誰も彼の事を悪く言う人は居ない。決して力を誇示するわけでもなく、言葉に力強さと安心感を覚える。


 「この魔石はこの学校においてかなり有益となるに違いない」


 スーツの右横のポケットを漁ると、そこから青い石を取り出した。

 机に優しく魔石を置く。

 凹凸のある表面のせいでバランスが取れずに傾いた。ごとりと小さく重たい音を立てて傾くと、ランプの光を反射する。石の表面の青い肌と相まって、不思議な色を奏でた。


 そして、紫苑さんは魔石を使った結果について教えてくれた。

 要約すると

 自分の思い描いた形に変化する。

 いくら水を使ってもなくならない。

 規模は不明だが、複数の蛇口を作成し全ての蛇口から水を供給する事が可能。

 ただし、二つに分離する事はできず必ずどこかしらは魔石部分に接触しなければならない。


 「ここの生活が一変するだろう。特に冬に向けて、井戸の水が凍結する心配もない。水組の作業も減れば他の事にもリソースが割ける。出来れば冬までには壁を作りたいんだ」


 冬までに……か。以前、紫苑さんが演説? をした時にここに避難している人達に壁を作ると宣言した。

 要となるのは俺の│創造魔法・・・・と言うわけである。かなり燃費は悪いが、材料が揃っていれば幾分かは解消されるのだ。

 今は夜の討伐部隊がゾンビを殲滅し、昼間に物資を集めている。俺と唯は討伐部隊に配置され、夜な夜なゾンビを倒して、レベル上げに慎んでいる。ただ、問題があるとすれば人手が足りないと言う事だろう。

 今、この学校に避難している人の数は150人くらい。男女比率的には半々だ。そこに子供と年配の方を混ぜると、討伐部隊と物資回収部隊に回せる人数は50人くらいである。適度な休息と合わせれば時間も人もまったく足りないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ