まるでリンゴのよう
「座ってくれたまへ」
校長室へと到着した俺とベリルは紫苑さんに促され、椅子へと座った。ベリルが勢いよくポフッと座り、それに続いて俺も腰を降ろす。
「少し待っててくれたまへ。君のパートナーを呼んでこよう」
紫苑さんは、すっと部屋から出て行った。
パートナーとは唯のことだろう。
ベリルと二人きり。デスクの上にあるランプはゆらゆらと揺れ、踊り続けている。ベリルの姿を横目でチラリと見た。揺れるランプを見つめながら、暇そうに足をパタパタとさせている。
視線をすっと戻した俺は、紫苑さんが連れてくるであろう、唯が到着するまでの間にさっきの事について思考を巡らせる事にした。
彼が最初に見せた肌を刺すような敵意のようなもの。その後に現れたベリルを見て明らかに狼狽し、警戒心を剥き出しにしていた。
不思議な事に、唯と共にベリルを引き連れてきた時に紫苑さんへとベリルを紹介したが、特に変わった反応はなかった。
だけど、どうだろうか? 驚愕と言った感じに、恐怖と敵意と言った感情がふんだんに込められているような気がした。
となれば、竹内 紫苑はベリルの正体を知っているのか? それにベリルも俺を助けに来たと言っていた。ならば二人は顔見知り? その可能性もあるが、そうなると最初に紹介した時の事と矛盾する。
「うーん」
と、ソファーに座り組む足に右腕の肘を乗せ、その先端の手の平に顎を乗せると、考える人のようなポーズで、いろいろなパターンを考えてみた。
「神……か」
小さく呟きもう一度ベリルを見やる。
こうして見るとただの子供にしかみえないのだが、内なるものはいかほどか。勝手に神と思っているだけで、もしかしたら別の何かかもしれないが……。
となれば、竹内 紫苑がベリルの内側……要するに本質的な何かに気づいてそれに反応を示したと言うことだろうか?
さてと……ある程度、自分の中で考えがまとまった。となれば、次は――竹内 紫苑の正体だ。
この事に関しては、予想が難しい……。何しろ、今の今までこう言った事はなかったのだから。
それとも、彼の独特な雰囲気、夜の校舎の不気味な雰囲気に飲まれて、そう感じたのだろうか? いや……しかし、あれは。
あの時、ベリルが来ていなければどうなっていたのか? 恐らく戦いになっていた? のか?
確か……彼は、”魔法使い” だったよな? 戦いは苦手と言っていたが……本当か?
この学校の中で、一番の強者は真奈と言っていたが、それもどうか怪しいものだ。ボスと相対した時に感じたような、”死の予感”。絶対的な強者と相対した時のようだった。
アドゥルバにサソリ型のゾンビ。そのどちらも同じように、通常の魔物達と一線を我していたが、彼はそれ以上の――
はぁ……、これ以上考えても今は答えがでないか。何故かベリルを警戒してるし。その本人が今回は横にいる。今すぐどうのとなることはないだろう。
何はともあれ、竹内 紫苑は何か隠しているのは間違いない。唯に後で、この事を伝えておこう。
…………って、唯を紫苑が迎えに行ったけど大丈夫か? 結果として俺はベリルに助けられたけど――
「それは大丈夫だよー」
ソファーに座り、少し前傾姿勢で足をぶらぶらとさせながら俺の方を横目でちらりと見た。心を読まれたことに少しだけ動揺を見せると、ベリルは得意げに鼻を鳴らす。
「お兄さんの考えなんてお見通しなのさっ!」
ビシッと指差すベリルは胸を張り自慢気に仰け反る。
「そっ、そうか……」
「むー。連れない反応だな! もう少し、『えっ、なんで分かったんだ!』とか、驚いてもよくないかな?」
似てない│斎藤 宗田を演じたベリルは不満そうに頬を膨らませる。
コロコロと表情が変わる彼……彼女――性別不明のそいつは言動だけを見ればただの子供。内なる者は……得体のしれない存在かもしれないが、ふてくされたベリル見て少しだけ微笑みが漏れた。
「なに、笑ってるのかなー! もう、教えてあげない!」
「ごめんってば。つい……ね。そう言わないでどう言う事か教えて欲しいなー」
「……ふいっ!」
顔を明後日の方向へと向けたベリルに、
「せっかく今のうちにこれをあげようとしたんだけどなー」
俺は教室を出る時に、一緒に持ってきた腰に着けるタイプのポーチからサソリ型の魔物の魔石と、首の長いゾンビ。ネックリーの魔石を取り出してベリルへと見せた。
「だけど、それなら仕方ないね。ちゃんと、唯が来て、紫苑さんの話が終わるまではお預けかなー……」
「……じゅる……じゅるるる」
この誘惑に勝てないのか、ベリルは興味なさげな反応を見せているが口元から涎を垂らし、ちらちらと魔石に視線が取られがちとなっている。
「それじゃぁ……また後で――」
「話さないなんて言ってないよっ! いただきまーすっ!」
魔石をポーチの中へと戻そうとすると、ベリルが素早い動きで引ったくってきた。
「ボリボリ、んぐっ……あむっ。ボリボリ――あー、美味しい!」
まるでリンゴを丸かじりするかのように、サソリ型の魔石にかぶりつき、それを│咀嚼する。
「お……、おう。それは良かった……な」
予想外の、魔石の吸収方法に若干引いてしまう。石のように硬い魔石を噛み砕くとかどう言う歯をしてるんだ? 普通は折れるぞ。
普段は手をかざして吸収するが、今日に限ってどうしてか噛み砕いて食べ始めた。あっという間に拳程の大きさのサソリ型の魔物の魔石は姿を消し、ベリルの体内へと消えていく。
「あっ、これもちょうだい」
そう言うと、今度はネックリーの魔石に手を伸ばし一つ口に含む。
飴のように口の中で転がし、少しするとガリッとする音と共に喉が動く。
「ふぅ。とりあえず満足。他のは後でちょうだいね」
とお腹をさするベリルはソファーにもたれかかり目を細めている。
「ところで、さっきの事なんだが、なんで唯は大丈夫だと分かるんだ」
「え? あ、ああっとね」
絶対に忘れてたぞ。ここでツッコミを入れると話が長くなりそうなので、ベリルが話すのをおとなしく待つ事にする。
「おっ、ほっほっほん! ベリル先生が教えてしんぜよう!」
そう言って、ソファーから降りると両手を腰に当ててふんぞり返える。
忘れかけてた奴が偉そうに……しらけた目でベリルを見るが気にした様子もなく話始めた。
「まず、僕がお兄さんの前に現れたのは偶然だと思うかい?」
偶然……じゃないのか?
「……違うのか?」
ニヤリと口元を吊り上げて不敵に笑うベリル。異様な雰囲気に部屋の中の空気がひんやりと冷たくなった気がした。
「偶然――じゃないよ」
いつになく真剣な口調のベリル。重々しい雰囲気に俺は生唾を飲み込んだ。
「ちゃんと理由があるんだ。お兄さんは強い奴の放つ雰囲気、プレッシャーって奴は分かるよね?」
「ああ、背筋がぞくぞくすると言うか、重苦しいと言うか。とにかくそいつの前に立っていると体がどうしてか震えそうになるね」
満足そうに頷くベリルは話を続ける。
「そう、それを感じ取ったんだよ。と言っても厳密には違うんだけど、今はそう言う事って思っておいて」
諸事情で中々更新できませんでした。
申し訳ありません。
生存報告に。