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プレッシャー

 「あー、よく寝た」


 目を開けると窓から見える景色は真っ暗である。懇々と眠り続けて夜が訪れたらしい。

 時間は……分からないな。と、ふとした拍子に何時か気になるのは現代病なのだろう。時間と共に生活をしていた俺達は時が経てど、それは変わりなかった。

 今の状況に関係ないことを考えながら背伸びをする。体の節々がポキポキと軽快な音を立て、意識を覚醒させる。 


 「紫苑さんの所に行くか……」


 一言呟き立ち上がる。布団を畳み自分が与えられた”寝室”と言う、段ボールで区切られた空間から一歩外へと出た。


 「あれ? 皆……いない?」


 ふと他の人が寝ているであろう空間に目をやると、そこには誰もいなかった。

 そんなに長く寝てしまったのだろうか? いないと言うことは夜勤組は夜の間引きに出てしまった……のか? 

 寝坊した! その事実に気づくと慌てて教室から外へと出た。


 ガラピシャッ! と慌てたせいで力が入りすぎ、スライド式の扉が大きな音を立ててしまう。

 

 「やべっ!」


 廊下に響き渡った扉の音。寝静まっている人達へ謝罪の意を心で唱えながら、恐る恐る教室の外へと出る。


 「誰もいないな……」


 夜勤組が夜の間引きに出る前に、ミーティングを行う教室へと来たが、唯も真奈もそこにはいなかった。それどころか、まだ完全に打ち解ける事はできていないが、他の仲間の人達もそこにはいない。

 ポツンと部屋の入り口に立って中をぐるりと見渡すが、何度見てもここに存在するのは俺だけだった。すると――


 「――やあ。おはよう。よく寝たかな?」


 不意に背後から声をかけられた。何の気配もなく近づいてきた人物に驚き、前方に飛び退くと勢いよく振り返る。


 「ふむ。その動きなかなかだね」


 そこにはこの避難の責任者たる、紫苑が立っていた。

 突然のことに驚きと警戒を露わにしていた俺だが、敵ではないと分かると全身の力がぐにゃりと抜ける。


 「紫苑さん……ですか。驚かせないでくださいよ」


 「いや。なに、すまない。驚かせるつもりはなかったんだがね」


 あまり感情が表に出ない紫苑さんは、淡々とそう言うと話を続けた。


 「ところで、疲れは少しは抜けたかな? 昨日の話の続きをしようと思うが大丈夫かい? あぁ、今日の夜の間引きに関しては宗田君と神崎さんは休みにしてもらったよ。だから、気にしなくていい」


 話し途中に俺の疑問を悟ったのか、今の状況についても語ってくれた。休みだったのか……。

 内心、寝坊したんじゃないと思ったがそうじゃないことが分かって安心した。

 紫苑さんに大丈夫だ、と伝えると紫苑さんが利用している校長室へと向かった。


 「そう言えば、なんで自分が起きた事が分かったんです?」


 彼の後ろを歩く俺は、素朴な疑問を聞いてみた。


 「あぁ……、この学校での出来事なら――│何でも《・・・》知っている、からね」


 ――ぞわり。


 寒い――体が。


 何の気なしに放った彼の言葉。振り返り際に見えた彼の瞳。

 どうしてか、それが恐ろしく感じられた。

 今まで戦った事のある、ボス級のモンスターから感じられる圧倒的威圧と│死の気配・・・・。それを遥かに凌駕するプレッシャーに思わず体が竦み動かなくなる。


 「んっ? どうしたのかね? そう、引かないでくれたまへよ。ただの冗談さ」

 

 ははっ。と少し声を出し笑う彼だったが、冗談には聞こえなかった。ただ、良かった事に、こうして立ち止まった事を勘違いしてくれた事だろうか。

 反応を示さない俺に困った表情を浮かべると、右の人差し指で頭をポリポリと掻き始める。

 

 「いや、なに。突然大きな音が聞こえたから見に来ただけさ。真奈がいないと守りが手薄になるからね。何かあってからでは困るだろ?」


 「……確かにそうですね。大きな音を立ててすいません」


 紫苑さんが言ったことはごもっともである。筋が通ってるし間違いじゃない。

 だけど、あの一瞬で感じたプレッシャーは冗談には感じられなかった。


 「分かってくれたようで何よりだ。それでは行こうか。ところで……宗田君は…………今何を――」


 紫苑さんがそう言いかけた時だった。


 「やっほー! お兄さんこんばんはっ!」


 不意にベリルが姿を現したのだ。この空気に似つかわしくない陽気な雰囲気で、俺と紫苑さんを見つけると駆け寄って来る。

 闇に染まる学校の廊下、俺達がいる所より前方に、少し離れた所にあった階段からひょっこりとベリルが姿を現す。暗がりでも分かる銀色の髪を揺らしながら、手を後ろで組んでのんびりと歩いてくる。

 その声に紫苑さんが振り向くと、一瞬だけ体が強張ったように体がびくついた。ただ、すぐに体の力が抜け元通りに戻る。


 「やあやあやあ。二人とも何してるのかな? ……おや? 君は? あぁ、君がそうなのか」


 ベリルは紫苑さんを見ながらそう言った。


 「……貴様は……なんだ?」


 「ふむっ。何だとは失礼だな。僕はベリルだよ? こうやって会うのは二回目じゃないか」


 なぜか、紫苑さんは警戒の色を露わにする。


 「そこで怯えている、お兄さんにちゃんと紹介してもらったはずだけど……忘れちゃったのかな?」


 ベリルを連れてきたときに、紫苑さんに紹介をしている。だから、ベリルが言っている事は本当だった。だから、紫苑さんの反応はおかしい。

 ベリルを紹介した時は今みたいに警戒心を剥き出しにして話してはいない。普通に「子供なのに、無事で良かった」と頭を撫でていた事を覚えている。

 だけど――


 「あはははっ! ごめんねー! おじさんが僕の友達をいじめようとしてたからついつい。ベリルアンテナがお兄さんの危機を察知しちゃったんだよねー! てへへへへっ! みんな仲良し!」


 空気を読まないベリルは、親指を立て片方の目を閉じてこちら見てきた。スタスタと強張る紫苑さんの横を通り過ぎ、俺の目の前まで歩いてくる。


 「お兄さん! おはよう! たくさん寝れたかな?」


 緊張する空気が漂う中、俺の目を真っ直ぐ見つめそう言った。


 「あ……あぁ」


 少しどもり気味にそう返すと、


 「えへへっ! なら良かったよ。ところでさ……そろそろお腹空いちゃったな……。│あれ《・・》……持ってるんだよね?」


 恐らくベリルは魔石の事を言ってるのだろう。

最速するように手を出してきた。サソリ型の怪物を倒した魔石は確かに俺が持っている。

 ……もしかして、腹を空かせてベリルの奴はここに来たんじゃないのだろうか? どのみち、渡すつもりではあったからいいのだが、この状況ではなんとなく釈然としない。


 ベリルがこの世界に居るために必要なエネルギーと、魔王の所に行くまでに必要なエネルギー。その両方を魔石から得ている。

 いつもはゾンビの魔石を渡しているが、今回はボスから得た魔石だ。少しだけだが、楽しみである。


 「……持ってるけど、後でな。今から紫苑さんが俺に話があるらしいから、それが終わってから渡すよ」


 と言うと、「そっか……」と少し落ち込んだように萎んだ声が返ってきた。


 「本当は今すぐにでも食べたいんだけど……それならしょうがないよね……しょうがないよね? しょうがない……よね」


 あざとい。上目使いで潤んだ瞳、まるで捨てられたら小犬のような雰囲気を醸し出したベリルが俺を見つめると、


 「うーー、お腹空いた! それなら、早くおじさんとの話終わらせよう! そうしよう!」


 突然、閃いたかのように大きな声を上げると俺の手を握りぐいぐいと引っ張る。


 「ほら、行くよ! おじさんも早く!」


 微妙な雰囲気はなんのその、ベリルはそんな事を気にした様子もなく俺の手を引っ張り歩き出した。

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