金髪の美女
男の臭いが充満する部屋。自分に与えられたスペースに布団を敷き、そこに横になって何気なく天井を見つめた。今はその役割果たしていない蛍光灯。子供の頃によく見た天井。ぼーっとしながら、さっきの事を思い出す。
急に湧き上がった感情はなんだったのか? それにあの声はなんだったのか?
あの時、自分が自分じゃないような感覚。それについてシーリスに聞こうとしたが、珍しく返事がない。
いつもなら
――イエス、マスター。
と言ってすぐに現れるが、今回は虚しくシーリスを呼ぶ声が心に響くだけだった。
だから、こうして一人で考えるわけだが、一向に答えは出ない。
しいて言えば、紫苑さんとの会話であの異形の存在について話していた事がきっかけだと思っている。魔王に対する怒り、そして憎しみ。それが溢れた結果。紫苑さんを魔王と錯覚するくらいに、俺の心は怒りと言う感情に飲み込まれていた。
それに、あの男の声だ。幻聴にも思ったが、シーリスが反応している所を見るとそう言うわけではないらしい。俺の心が染まる様を楽しそうにしていた。しかも、体を貸せと言った声の持ち主。もし、そこで感情のままに行動していたら――俺は紫苑さんを殺していた。そうとしか思えない。それに、もしかしたら、近くにいた唯も同じようにこの手で殺めていたかと思うと……。
「はぁ……」
天井を見つめながら大きくため息を吐いた。自分の体はどうなっているのだろうか。解決策の見えない不安が俺の心を大きく揺すぶり、息を吐き出す事で誤魔化した。
「寝れないな……」
あれだけ体が疲れていたはずだが、どうにも寝付けない。
「起きるか」
時刻はお昼を回ったくらいだろうか? 一向に睡魔が訪れず、もやもやとした気分だけが心の中に重りのように残ってしまった。
心のように重たくなった上半身を持ち上げる。他の夜勤組みの人達を起こさないように、あまり音を立てずに部屋を後にした。
「さて、どうしようか……」
起きたからと、特にやることがある訳じゃない。教室から出てどちらに向かおうかと、首を右、左に動かした。
「外にでも行くか」
誰もいない空間で一人呟くと、教室から出て左側にある昇降口へと向かった。特に何かあるわけではないが、なんとなく外を見たかったのだ。太陽の光を浴びれば、このどんよりとした気分を少しだけはれるのではないか、足取り重たく外へと出た。
胸を大きく膨らませ、体の隅々に行き渡るよう空気を吸い込み、それを吐き出した。季節は秋の入り口くらい。天気は快晴とはいかないが、肌を焼くにはちょうどいいくらい。ただ、夏と違い、カラッとした空気はじめじめと、まとわり付く不快感を感じさせず心地いい。新鮮な空気を取り込むこと三回。このまま、不安にも似た気持ちも一緒に外に出て行ってくれないものかと思うが、少し楽になった気がしたくらいで黒く重たい物までは完全になくなってはくれなかった。
「はぁー」
どんよりとした気分に嫌気がさした俺は、盛大にため息を吐く。ふと、校庭に目をやると人の姿が見えた。人類領域となった学校にはゾンビが侵入してこない。ここに避難していた人達はずっと、教室の中に隠れ過ごしていたが今となってはその必要もなくなった。ただ、見た目が強烈な事もあり、ゾンビ達の姿を見たくない人は今も教室に閉じこもっているが、こうして校庭で息抜きにスポーツをしている人達もいる。
「元気だなー」
大人と子供が入り混じりながらサッカーをしてる姿を見て呟くと、
「やっほー! 何してるの?」
背後から突然声を掛けられては驚いた俺は、後ろを振り返ると、黒いタンクトップに、カーキ色のハーフパンツを履いた佐藤 アリスが立っていた。
「ちょっとな。寝れなくて、ぼーっとしてたわ。そう言うアリスはどうしたんだ?」
褐色に焼けた肌。それのせいで、金色の髪が際立って見える。
「え? 私? ちょっとそこまでね」
まるで、近くのコンビニに行くような感じで、校庭でサッカーをしている人達を指差した。
ん? つまりはアリスもサッカーをするのだろう。てか、こいつも夜勤組みなのに、こんな昼間に起きてて大丈夫なのか? イギリス人とのハーフの彼女は日本人離れした魅力がある。見た目も体つきも、男を引きつけてやまないだろう。黙っていればお姫様のようにも見えなくないが、褐色の肌に、最近になって髪の毛を切ってショートヘアになった事で可憐なイメージより、負けん気の強そうな雰囲気へと変貌を遂げていた。
そんな彼女は夜勤明けにサッカーをすると言っても、何となく納得してしまう。アリスの言葉に対して「そうか」と返事を返すと、
「ニシシシシ! 何か悩みでもあるのだね! お姉さんに話してごらん」
と、胸を一叩きして自慢気な表情をした。
「いや、大丈夫――って、ちょっと!」
アリスの申し出をやんわりと断ろうとしたが、言い切る前に左腕をぐいっと引っ張られ、そのまま腕を組むような形で連行されるように何処かに向かって連れて行こうとする。
「おい! 待ててって!」
抗議の声を上げるが、
「いいから、いいから。お姉さんに任せとけって!」
年下の癖に生意気にお姉さんと自分の事を言った彼女は、遠慮なしに腕を引っ張ってくる。ただ、俺も振り解こうとすれば出来るが、彼女に怪我を負わせててしまうかもしれないと思うと出来なかった。
押し付けられる胸の感触。意識しないようにしていたが悲しい男の性か、ついつい目がそちらを向いてしまう。生唾を飲み込んで、理性で抑えるが、どうしても気になってしまう邪な考えを持つ自分の頬を心の中で平手打ちをかます。
心の中で葛藤しているうちに、アリスにされるがまま連れてこられたのは体育館の裏側だった。ここなら、校舎からも見えることのない完全な死角。ある意味では、二人だけの空間が完成したと言うわけだ。
まるで、ラブレターをもらって告白をするようなシチュエーション。もちろん、俺が告白される側だが。アリスは鼻歌混じりに後ろでを組んで、体育館の壁に寄りかかり、俺はその姿を横から見ている。
「さてと……、にゃはっ。今なら誰もいないから話してごらんよ」
と、はにかみ、優しげな表情を浮かべて俺を見た。まっすぐに俺の目を見る彼女の目を見つめ返す。
この、こそばゆいような雰囲気に、サソリ型のアンデットと対峙した時とは別種の緊張を感じ、乾燥した下唇を軽く噛んで潤す。
「そう言われてもな……」
できればあの事は隠したいと思うと、なんと話したらいいか迷ってしまう。かと言って、彼女がここまで気を使ってくれた事に対して、なにかしら答えないといけないだろうとは思うのだが……。
そう、口ごもっていると。
「話しにくい事ならいいんだけどさ。斎藤さんが元気ないのはやだなー」
唇をぶーっと尖らせたアリスは少しふてくされてしまったようだ。
「あ、いや。なんだ……ごめん」
「……。斎藤さんが謝る事はないよ。私こそむりやり連れてきてごめんなさい。少しでも役に立ちたくて。あの時――」
一度目線を外して空を見た彼女。その視線がゆっくりと戻り、また俺を見つめた。
「――私と剛を助けてくれてありがとう。だから、命の恩人が困ってるのを見てほっとけなかったんだ」
いつも読んでいただきありがとうございます。
ネット大賞一次選考通過してました。
これも、皆様のおかげだと思っております。ありがとうございます。
もっと面白く書けるように努力しますので、これからもよろしくお願いいたします。
また、更新に関してですが今後の展開に凄く迷う部分がありますので、今しばらくお待ちください。
勝手ながら、更新が遅れてしまい申し訳ありません。