帰還
「っと、これが今回手に入れたボス討伐の報酬です」
唯に預けていた、サソリ型のボスを倒した報酬、青い魔石「無限水源」をスーツ姿の男に渡した。そいつは、校長室にある長方形の机を俺達との間に挟むように、椅子へと座っている。
顎の前で組んでいた手をほどくと、それを受け取る。少しだけ予想以上の重さだったのか、受け取った手が少し沈むと、微かに切れ長の目が開いた。顔の近くへと持ってきた魔石を様々な角度からみると、「ふむっ」と声を出して何やら頷きを繰り返していた。
「これが、水源になるのか? 何とも面白いものだ」
俺達は屋上から飛び降りると、ホームセンターから脱出した。三階から飛び降りるのには抵抗があったが、予想通り無傷で地面へと着地する事が出来たのだ。足がじんわりと痺れるような感覚はあったが、唯と共に全速力で学校まで一直線に駆け抜けた。そして、無事に到着した俺達は紫苑さんへとホームセンターでの出来事について報告をしていた。
一通り話終え、今に至ると言うわけだ。
「使い方はさっき説明した通りで、試してないんで、それ以上の事は分かりません」
無限水源の魔石の使い方は、あの神の声から聞いた事以外は俺達も知らない。ただ、説明通りの性能であれば、学校にとってはかなり有益な能力である事は間違いない。どう、利用するかは……紫苑さんに任せるとしよう。俺が考えるよりも上手い使い方を編み出してくれそうだ。
「二人ともご苦労だった。無事で何よりだ。所で、この魔石は自由に使ってもいいのか?」
俺の中では元からつもりだったか、紫苑さんにとってはそう言う訳ではなかったらしい。「もちろんです」と答えると、「すまない。ありがとう」と返事が返ってくる。
「さて、今回も本当に良くやってくれた。人類領域に無限水源、そのどちらも二人が居なければ手に入れる事は出来なかっただろう」
労りの言葉をかけてくる。褒められて、少しだけ誇らしいような、照れくさいような複雑な心境だが、悪い気はしなかった。
「ただ、二人が見た蜘蛛のような魔物……それは気になるが、とりあえず真奈に注意喚起してもらおう。現状、探すために労力を割けるほど余裕はないからな」
本当であれば調査したい所だが、間引きや食料の調達。それに加えて学校を壁で覆うための材料を集めるとなると、人手がまったく足りない状況だ。紫苑さんも、苦虫を噛んだような渋い顔をしながらそう言っている姿から、似たような事を思ってるのじゃないだろうか?
「お願いします。行方不明になった高梨 雫の兄とは関係ないかもしれないですけど、それを見た後に姿をくらましたのが気になるので」
行方不明となった事とは無関係だとは思うが、何故か割り切る事ができなかった。こちらを襲うでもなく、「殺して」と懇願してきた異形の存在。すぐに姿を消してしまったが、俺はその時の事を思い出すと胸がキリキリと痛むような、怒りにも似たような、熱い何かが込み上げてくるような気がした。生きた人間が、どのような方法か分からないが……むりやりと胴体同士を繋ぎ合わされ――生かされている。
あの言葉と様子から察するに、自害する事も出来ず苦しさだけが伝わってきた。これも魔王の仕業なのか? だとすれば、大量殺人だけじゃなく人を玩具のように弄ぶ行為。それを目の当たりにして、改めて世界を一変させた”魔王”と言う名の虐殺者に、嫌悪と憎悪、その感情が、さざ波のように俺の心を小刻みに揺らし、次第に膨らんだ心の波が脳天へと一気に押し寄せてきた。鼻呼吸から口呼吸へ、手を強く握り締め。上下の歯をガチリと噛み合わせる。
――マスター! 落ち着いてくださいっ!
シーリス?
珍しく慌てた様子だった? だけど、俺はその言葉も他人事のように感じてしまう。
――浸食率上昇。50、60。くぅっ! これ以上はマスターの意識が――
――キヒッ!
――シーリスさんよ。邪魔すんなよ。少しだけ、こいつの体を貸してくれればいいんだぜ?
知らない男の声。シーリスとは違い、無機質な声色ではなく”生”を感じる声は俺の体を借りると言った。
シーリスはその声に答えることなく、
――マスター! お願いです! 心を静めてください!
落ち着くように懇願する。
だけど――
「ああ……憎い。どうしてどうして? あいつ等は――邪魔をする」
ドス黒く、ヘドロのようにドロドロと悪臭を放ち心を塗りつぶす。
「んっ? どうした?」
竹内 紫苑が俺に向かって何かを話しているが、何も聞き取れなかった。パクパクと腹話術の人形のように口だけが動き、ただ、それを俺は黙って見つめた。
「お前……が……全てを…………」
どうしてか、それが俺の癪に触る。龍にあると言う逆鱗と呼ばれる部分、それを撫でられているかのように体中の毛が総毛立つ。同時にこれまでに感じた事のない、怒り……”憤怒”と呼んでも差し支えない程の怒りが込み上げてくる。
「――ムカつくな」
――キヒッ! いいぞ! いいぞっ! さぁ、早く俺にその体を渡せっ!
知らない男の声は歓喜の声を上げた。
「こいつが、俺たちの全てを奪った」
目の前で口を動かす竹内 紫苑を睨みつける。まるで、俺達の宿敵。世界を破滅へと向かわせた”魔王”。姿を見ているだけで心の奥底から憎悪が無限に湧き上がってきた。
「死――」
「――宗田さん。どうしたの?」
不意に視界に神崎 唯が現れた。
「さっきから黙って、体調でも悪いのかな?」
下から覗き込むように俺を見上げる彼女。心配そうに眉尻を下げ、不安気な表情を浮かべる。俺はそんな彼女を黙って見つめた。
――チッ! またこいつかよ。
知らない声の男は苛立ったようにそう言った。
どうしたんだと思ったが、彼女の姿を見てからあれだけ俺の心を支配していた負の感情が急速に消え去っていく。
「ふむっ。宗田くんも疲れているようだし、また夜にでもこの件について話そうか」
紫苑さんがそう告げる。まだ、完全にさっきの感情が消えた訳じゃない。俺は口を開かずに頷き返事を返すと、唯と校長室を後にした。
――次こそは……
部屋を出る際に、先ほどの声が聞こえた気がした。